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129.黄色の約束
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夜遅くに誠大からメールが来た。数時間前まで一緒に古今東西をしていたというのに何かあったのだろうか。雫はすでにベッドに入り微睡み始めていたが携帯電話の充電のコードを引っこ抜いて画面を見た。
朝から何も食べるな
たった一文だった。しかも、内容が脈絡もない。ダイエットしろとも言われてもいないし、明日は胃カメラの抜き打ち検査とも言われていない。
一体なぜ誠大さまは私の幸せな時間を奪おうとしてるのかしら……はて、なぜでしょう。明日は確か洋食のモーニングだって献立表に書いてあったし……スクランブルエッグだって大好物だ。コンソメスープにハードパンにホテルバターが最高に美味い。
雫は最高の朝食を思い浮かべて一人微笑む。だが、しかし……誠大の命令は絶対だ。雫は暫くしかめ面だったが諦めたように眠りについた。
明くる朝、オーバーオールを着るとジャックの散歩のために犬舎に向かった。ジャックは雫の姿を見ると尾をブンブンと振り回した。だが、檻の中には先客がいた。
「来たか」
「あれ、誠大さま……おはようございます、早いですね」
週末で休みだが、いつものようにスーツを着た誠大がジャックのそばに立っていた。雫はジャックの頭を撫でながら誠大の頭から足先を見て首を傾げた。
「あれ? 会社ですか?」
「いや、休みだ。朝食は食べてないな?」
「もっちろんですよ! 大好きなスクンブルエッグやその他諸々の誘惑に打ち勝って来ましたよ。なんですか? 週末だけ断食しようってことですか?」
「フッ……そんな発想が良く出てきたな。こっちに来い」
誠大は雫の手を握ると檻の外へと出た。ジャックも広場へ放たれると嬉しそうに走り回っている。その生き生きとした姿を見て誠大も微笑む。二人ががいつもの大きな木の下へとやってくるとそこにはシートが引かれておりお重箱が真ん中に置かれていた。まさに、THE ピクニックの絵面だ。雫が不思議そうに近づくと誠大が腕を組み自慢げにほくそ笑む。
「用意した朝食だ。とにかく座れ」
「え? 誠大さまが? あ、ど、どうも……」
お重箱に向かい合うように座ると誠大は悪戯っぽい笑みを浮かべお重箱の蓋を開けた。中身は、真っ黄色のおにぎりが敷き詰められていた。薄焼き卵に覆われたおにぎりだった。その下の段は雫の大好きな塩握りだ。炭水化物祭りだが、雫のテンションはマックスだ。
「わぁ! すっごい……美味しそう……」
「食え」
誠大がおにぎりを箸で小皿に乗せると雫に渡した。黄色い色が太陽の日を浴びて気持ち良さそうだった。一口頬張ると雫が頰に手を当てた。その仕草で誠大が笑顔になる。
「美味い! 梅原さん早起きしてくれたんですね」
「……俺だ」
「ん?」
「聞こえてるだろう、俺が作ったと言ったんだ」
「ええぇ?!」
実はこのおにぎりは全て誠大の手作りだった。料理なんてしたこともなかったが、一から勉強した。梅原の白の割烹着をつけた誠大は強烈に可愛かった。もちろん、スパイ梅原の手によってその写真はフランスにいる麗子へと渡った。
米を炊くところ、おにぎりを握る技、卵の割り方、コンロの使い方──全てが初めてでこのおにぎりを完成させるまでかなりの時間を要した。約一週間、雫が寝た後にシェフや梅原に教わっていた。最初は薄焼き卵を焦がしたり、炊き立ての米が握れなかったり、三角や俵型に上手く握れなくてすぐに分解してしまったりした。だが、雫に食べてもらいたい一心で乗り越えていった。
雫を傷つけたあの日一生懸命作ってくれたお重箱の御礼をしたかった。
そして今日、誠大は早起きをして一人でこのお重を完成させた。背後から心配そうなシェフや梅原の視線を受けながら最後までやり切った。お重箱に詰め終わると梅原とシェフがハイタッチをしたのが見えた。誠大は思わず笑顔になった。
雫はお重箱を食い入るように見つめる……誠大が作ったなんて信じられなかった。きっとものすごく苦労しただろう……きっと料理などしたこともないだろうし、これからの人生でもあり得ない。専属のシェフがいる財閥なのだから。
「すごい……誠大さまの手料理を食べられるなんて……」
「そうだろうな。今回の件がなければ絶対にしなかった」
誠大は水筒に入れたお茶を注ぐと雫に手渡す。それすらも信じられなくて雫はおにぎりとコップを持ったまま動けない。誠大に促されモグモグと食べ始めたが噛み締めるようにゆっくりと食べる。
おにぎりを食べ終わると雫は満足げにお腹を摩った。お重箱にはまだおにぎりが残っているが食べきれない。もう胃袋はおにぎりで一杯だ。冷凍保存して少しずつ食べるつもりだと誠大に言うと嬉しそうだった。
「ごちそうさまでした! あぁ……幸せ」
「いい表情だな」
「だって、幸せですもん。あぁ……春だなぁ……」
雫がクスノキの木を見上げていると誠大が雫の手を握る。手の甲をなぞられて雫は何とも言えない感覚になった。
「ちょ──」
「俺は、人間としてダメな男だった。思いやりもない、そもそも他人を信用しない。それなのに人の上に立つだなんて……今考えると、恐ろしい」
「誠大さま……」
誠大は少し握る手の力を強めた。
「そこへ、雫が現れた。最初はとんでもない奴が現れたと思ったが……気が付けば笑顔一つで癒されて、啀み合っているのに愛おしくて、初めて恋に落ちていた。雫の前で俺は情けない姿もカッコ悪くて恥ずかしい姿も全て見せている……殴られてプールに落とされたりもしたな」
「あ! あれは──その、日本経済の未来を背負う男とは知らなくて……。す、すみません」
雫は顔を赤らめたり青ざめたりと忙しい。誠大は百面相の雫の頬を撫でると微笑んだ。
「いいんだ。それで。財閥としてではなく、一人の人間として向き合ってくれた。感謝しても仕切れない──雫……」
「はい?」
「これから先、どうやら雫がそばにいないと日本経済が破綻しそうだ」
「……はい?」
「俺と、一生一緒に……生き続けてくれるか?」
「…………」
誠大の言葉に雫はマネキンのように固まった。誠大の真剣な眼差しが雫を捉えていた。
朝から何も食べるな
たった一文だった。しかも、内容が脈絡もない。ダイエットしろとも言われてもいないし、明日は胃カメラの抜き打ち検査とも言われていない。
一体なぜ誠大さまは私の幸せな時間を奪おうとしてるのかしら……はて、なぜでしょう。明日は確か洋食のモーニングだって献立表に書いてあったし……スクランブルエッグだって大好物だ。コンソメスープにハードパンにホテルバターが最高に美味い。
雫は最高の朝食を思い浮かべて一人微笑む。だが、しかし……誠大の命令は絶対だ。雫は暫くしかめ面だったが諦めたように眠りについた。
明くる朝、オーバーオールを着るとジャックの散歩のために犬舎に向かった。ジャックは雫の姿を見ると尾をブンブンと振り回した。だが、檻の中には先客がいた。
「来たか」
「あれ、誠大さま……おはようございます、早いですね」
週末で休みだが、いつものようにスーツを着た誠大がジャックのそばに立っていた。雫はジャックの頭を撫でながら誠大の頭から足先を見て首を傾げた。
「あれ? 会社ですか?」
「いや、休みだ。朝食は食べてないな?」
「もっちろんですよ! 大好きなスクンブルエッグやその他諸々の誘惑に打ち勝って来ましたよ。なんですか? 週末だけ断食しようってことですか?」
「フッ……そんな発想が良く出てきたな。こっちに来い」
誠大は雫の手を握ると檻の外へと出た。ジャックも広場へ放たれると嬉しそうに走り回っている。その生き生きとした姿を見て誠大も微笑む。二人ががいつもの大きな木の下へとやってくるとそこにはシートが引かれておりお重箱が真ん中に置かれていた。まさに、THE ピクニックの絵面だ。雫が不思議そうに近づくと誠大が腕を組み自慢げにほくそ笑む。
「用意した朝食だ。とにかく座れ」
「え? 誠大さまが? あ、ど、どうも……」
お重箱に向かい合うように座ると誠大は悪戯っぽい笑みを浮かべお重箱の蓋を開けた。中身は、真っ黄色のおにぎりが敷き詰められていた。薄焼き卵に覆われたおにぎりだった。その下の段は雫の大好きな塩握りだ。炭水化物祭りだが、雫のテンションはマックスだ。
「わぁ! すっごい……美味しそう……」
「食え」
誠大がおにぎりを箸で小皿に乗せると雫に渡した。黄色い色が太陽の日を浴びて気持ち良さそうだった。一口頬張ると雫が頰に手を当てた。その仕草で誠大が笑顔になる。
「美味い! 梅原さん早起きしてくれたんですね」
「……俺だ」
「ん?」
「聞こえてるだろう、俺が作ったと言ったんだ」
「ええぇ?!」
実はこのおにぎりは全て誠大の手作りだった。料理なんてしたこともなかったが、一から勉強した。梅原の白の割烹着をつけた誠大は強烈に可愛かった。もちろん、スパイ梅原の手によってその写真はフランスにいる麗子へと渡った。
米を炊くところ、おにぎりを握る技、卵の割り方、コンロの使い方──全てが初めてでこのおにぎりを完成させるまでかなりの時間を要した。約一週間、雫が寝た後にシェフや梅原に教わっていた。最初は薄焼き卵を焦がしたり、炊き立ての米が握れなかったり、三角や俵型に上手く握れなくてすぐに分解してしまったりした。だが、雫に食べてもらいたい一心で乗り越えていった。
雫を傷つけたあの日一生懸命作ってくれたお重箱の御礼をしたかった。
そして今日、誠大は早起きをして一人でこのお重を完成させた。背後から心配そうなシェフや梅原の視線を受けながら最後までやり切った。お重箱に詰め終わると梅原とシェフがハイタッチをしたのが見えた。誠大は思わず笑顔になった。
雫はお重箱を食い入るように見つめる……誠大が作ったなんて信じられなかった。きっとものすごく苦労しただろう……きっと料理などしたこともないだろうし、これからの人生でもあり得ない。専属のシェフがいる財閥なのだから。
「すごい……誠大さまの手料理を食べられるなんて……」
「そうだろうな。今回の件がなければ絶対にしなかった」
誠大は水筒に入れたお茶を注ぐと雫に手渡す。それすらも信じられなくて雫はおにぎりとコップを持ったまま動けない。誠大に促されモグモグと食べ始めたが噛み締めるようにゆっくりと食べる。
おにぎりを食べ終わると雫は満足げにお腹を摩った。お重箱にはまだおにぎりが残っているが食べきれない。もう胃袋はおにぎりで一杯だ。冷凍保存して少しずつ食べるつもりだと誠大に言うと嬉しそうだった。
「ごちそうさまでした! あぁ……幸せ」
「いい表情だな」
「だって、幸せですもん。あぁ……春だなぁ……」
雫がクスノキの木を見上げていると誠大が雫の手を握る。手の甲をなぞられて雫は何とも言えない感覚になった。
「ちょ──」
「俺は、人間としてダメな男だった。思いやりもない、そもそも他人を信用しない。それなのに人の上に立つだなんて……今考えると、恐ろしい」
「誠大さま……」
誠大は少し握る手の力を強めた。
「そこへ、雫が現れた。最初はとんでもない奴が現れたと思ったが……気が付けば笑顔一つで癒されて、啀み合っているのに愛おしくて、初めて恋に落ちていた。雫の前で俺は情けない姿もカッコ悪くて恥ずかしい姿も全て見せている……殴られてプールに落とされたりもしたな」
「あ! あれは──その、日本経済の未来を背負う男とは知らなくて……。す、すみません」
雫は顔を赤らめたり青ざめたりと忙しい。誠大は百面相の雫の頬を撫でると微笑んだ。
「いいんだ。それで。財閥としてではなく、一人の人間として向き合ってくれた。感謝しても仕切れない──雫……」
「はい?」
「これから先、どうやら雫がそばにいないと日本経済が破綻しそうだ」
「……はい?」
「俺と、一生一緒に……生き続けてくれるか?」
「…………」
誠大の言葉に雫はマネキンのように固まった。誠大の真剣な眼差しが雫を捉えていた。
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