財閥の犬と遊びましょう

菅井群青

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60.錯綜

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 花蓮が美しい笑みを浮かべている。誠大はバーテンダーから白ワインを受け取るとその場を立ち去ろうとした。それを予期していたかのように花蓮が立ちはだかると、誠大のグラスに自身のシャンパングラスを傾けた。花蓮は自分の魅力を理解しているのだろう。誠大は足を止めて花蓮を見据えた。

「お越しくださったのね。その節は楽しい時間をありがとうございます」

「ご招待いただきありがとうございます」

 誠大は花蓮の言うが子供達と遊んだ事だと分かったが顔に出さなかった。会話を続ける気はなかった。花蓮は少し残念そうな顔をしつつ誠大を見つめた。その熱い視線に誠大は気付かぬふりをしてワインを口に含んだ。周りの招待客たちの雑談や笑い声が居心地の悪さを緩和してくれた。花蓮は誠大の精悍な横顔に胸の底から愛おしさが溢れてきた。愛など偽りのものと思っていた花蓮にとってそれは新鮮で甘酸っぱい感情だった。

「言っておくが、俺は君に興味がない。父親の頼みを断れ……ムダだ」

「違うわ。お父様の頼みじゃないわ。私あなたの事興味あるのよ。ねぇ、私たちいいカップルになれそうじゃない?」

 花蓮の言葉に誠大は隠す事なく嘲笑する。何度も聞いたような言葉だ。花蓮は誠大に歩み寄りそっとに胸元のジャケットを指で摘んだ。その顔は赤らんでいるように見えたが、感情を読む事は出来ない。恥ずかしそうであり、困ったようであり、怒っているようでもあり……演技にしては複雑な表情だった。誠大は怪訝そうにその手を外す。

「俺は全く興味がない。最初から、今もだ。君には惹かれない」

「少しも? 本当に? 私とあなたなら何もかもが完璧なのに。分かっているでしょ? あんな子よりも綺麗な私を──」

「いや、全く揺れない。彼女は君より魅力的だ──もう、俺に近付かないでくれ、迷惑だ」

 誠大は花蓮の言葉を遮り言い切った。花蓮は息を呑むと微かに唇を噛み締めた。誠大は頭を下げると花蓮のそばを通り過ぎた。花蓮の拳は固く握られ震えていた。瞬きを繰り返し涙が出そうになるのを必死で堪えているように見えた……。




 雫と美智はメイクルームで丸椅子に座り高級ホテルの設備に感銘の声を上げていた。

「はぁー……いや、ここで暮らせるよ、マジで」

「はぁー……だよね。このミラーって女優さん仕様かなぁ?」

 雫がLEDライト付きの巨大な鏡に擦り寄り感動していた。崩れたメイクを直しながら美智は呆れたように雫を見る。手洗いに行きたいと言い出した本人は用も足さず椅子に座ったままだ。美智はルージュを塗り終えると腰に手を当てて雫を嗜めるように見下ろした。今日の美智はエロさが増してどこかの女王様みたいだ。

「用もない手洗いに何しに来たのよ、メイクを直すわけでもなく私の顔ばっか見て何やってんの?」

「ごめん、なんか誠大さまの仕事の邪魔になっちゃいそうで……ちょっとだけ逃避行を……」

 雫がしょぼんと肩を落としていると美智が雫の頬に粉を叩いていく。化粧直しをしてくれる美智は母親のようだった。優しく強く暖かかった。雫にとって美智は特別な存在だった。仕上げにポンっとチークを頬に乗せると雫は照れたように笑った。

「まぁ、あんなにいろんな人から好奇の目で見られたらね。お嬢様が一時避難する理由は分かるよ」

「好奇どころか……殺意もね」

 化粧直しが終わると二人はメイクルームを後にした。出口に向かうと洗面台に立つアクアブルーのドレスが目に留まった……花蓮が洗面台に寄りかかるようにして立っていた。その瞳は充血し、泣いているように見えた。二人と目が合うと花蓮は視線を逸らした。美智が雫の腕を取りをその場を後にしようとするが、雫は花蓮の様子が気になった。だが誠大の忠告を思い出し、後ろ髪を引かれる思いで出て行った。

 花蓮は姿勢を正すと鏡に映る自分を見た。情けないほど弱った表情に花蓮は自分を嘲笑した。雫たちが立ち去った方向を睨みつけた。

「お嬢様……? どこの女なの……絶対に、潰してやるわ。同情の眼差しで私を見た事……後悔すればいい」

 花蓮は震える手で唇に触れた。





 会場に戻ると誠大の周りには見るからに重役の男達がいた。雫が戻ってきたことに気がつくと誠大は一礼し輪の中から出てきた。自分の為にそうしてくれているのだと思うと申し訳ない気持ちと、嬉しい気持ちが湧いた。

「疲れたか? デザート漁りでもするか?」

「食べ物で一喜一憂するとでも? ……メロンありますかね? 甘ーいやつ」

 誠大は雫のために肘を曲げ脇を空けた。雫が腕に触れると誠大が大袈裟にエスコートをする。雫は誠大が気遣ってくれていることが嬉しかった。

 歩き出すと目の前を誰かが遮った。片側の髪を編み込み臙脂色のタキシードを着た天洋が現れた。天洋は雫が誠大の腕に触れているのに気付くと微かだが眉が上がった。

「天洋……」

「お似合いだな、誠大」

 二人は従兄弟同士とは思えないほど冷たい目つきで睨み合っていた。雫はそんな二人を交互に見つめていた。
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