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87.沼の底のような愛を
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雫は犬舎へと向かった。ジャックの檻の中に入ると優しくジャックの名を呼んだ。眠っていたジャックは雫の存在に気がつくと尾を振り近づいて来た。左右に揺れる尾を見るだけで心が温まる。
シェパードという犬種は体も大きく毛も多い。雫はクシを持ち丁寧にブラッシングをしてあげた。中腰だとしんどいのでクッションに座ると股の間にジャックが気持ちよさそうに腰を下ろした。ジャックの背中を撫でると雫は笑みが溢れた。
「ジャック……ごめんね。また、遊ぼうね……今はそのモフモフ貸してくれる?」
雫は背後からジャックを強く抱きしめた。こみ上げてくる涙をグッと堪えると雫はジャックのブラッシングを再開した。
泣くもんか。よく考えてみて? 雫……。二度も騙されたのよ? あんな人のことなんか嫌いになっちゃえばいいじゃん! あり得ないわ……もう一回平手打ちしてやろうか……いや、でも痛いもんな。
「こんな時まで、心配なんかして……バカ」
背後から金属の擦れる音が聞こえた。誰かが檻の戸を開けたらしい。雫が振り返るとそこに立っていたのは思い描いた人物ではなかった。天洋が難しい顔をして立っていた。檻の中に入るとジャックに警戒しながら雫に近付こうとする。
「……雫、ちょっといいか?」
「え? はい。ジャック……お座りして」
ジャックが天洋を威嚇するが天洋は気にするそぶりを見せない。ジャックに噛まれることなんかどうでも良かった。天洋には雫しか見えていなかった……。
「悪いけど、ジャック……お前大人しくしててくれない?」
天洋の顔を見つめていたジャックはその場で何回転かするとドスンと音を立てて伏せをした。雫も驚いた。あの警戒心の強いジャックが他人の言う事を聞くなんて皆無だ。天洋は雫の表情に気付き眉間にシワを寄せていた。
「何て顔してんだよ……雫……」
「え? いや、別に……本当に平気──」
天洋は雫の目尻に触れると愛おしそうに目を細めた。その表情が本当に切なそうで雫は何も言えなくなってしまった。
「泣いてたんだろうが……婚約の話、本当なんだな」
「あ……そ、そっか。天洋さま……私天洋さまに謝らなきゃいけない事があるんです。実は私──」
「恋人じゃないんだろ。知ってる。ずっと知ってたよ……二人が付き合っていないことも。そして、雫が、誠大のことを好きな事も」
雫は天洋の言葉に目を大きく開いた。まさか既に気付かれていたなんて知らなかった。そうとは知らず騙し続けた事に雫は申し訳ない気持ちが溢れた。天洋に頭を下げると雫は唇を噛み締めた。
「嘘をついてすみませんでした……。誠大さまは悪くないんです。私が……屋敷に残りたいと願ったから……誠大さまのそばに……居たく、て……想いが通じなくても、そばに……居れたらって──っく……ご、ごめんなさい、私……泣くつも、りなんてなかったのに──」
謝りながら涙が止まらなくなった雫は口元を押さえて嗚咽を抑える。天洋は雫の涙に息を呑んだ。本当に辛そうに想いを言葉にする雫が痛々しくて見ているだけで熱いものが込み上げてきた。
「天洋さま……傷つけて、すみませ──」
天洋は雫を抱きしめた。小さな雫の肩がより小さくて弱々しく感じた。強く……強く雫を抱きしめた。
もどかしかった……こんなにもそばにいるのに、こうして抱きとめているのに、雫のひだまりのような香りや温もりを感じるのに……雫の心にいるのは自分じゃない。
「謝るなって……余計に辛くなる……お前に謝られると、どうすればいいか分かんなくなるんだ……」
天洋が苦しげに瞳を閉じた。雫は何も言わなかった。天洋は雫を解放すると誤魔化すように頭を掻いた。
「また来る。じゃあな……」
天洋が犬舎を出ていくと雫は涙を拭き天窓を見上げた。いつのまにか外は激しく雨が降っていた。窓に打ち付ける雨の粒を見て雫は空が泣いているのだと思った。
婚約……か。婚約……。私、ここにいても良いのかな。もう、私の居場所はないのかもしれない。それに、誠大さまの思いを抱えたままこの屋敷に留まることは──許されないだろう。
雫はジャックの背中に顔を埋めた。ジャックの温もりが心地よかった。
◇
天洋が犬舎の外に出ると降り付ける雨の中……木戸が天洋を睨みつけていた。黒のスーツが水分を吸い重そうに見えた。木戸の瞳の奥は暗かった。まるでハイエナのように自分を捉えて離さなかった。
いつものように声を掛けようとしたが木戸の様子がおかしい事に気付いた。天洋も雨に打たれながら木戸の姿から目が離せなかった。腹の底から絞るように木戸が低く小さな声で呟いた。
「これが……目的だったか? 脅して後継者の座から引き摺り落としたかったか?」
「……何──」
「雫ちゃんを捨てて、あんな女と結婚させるほど……誠大さまが憎いのか? そうなのか?」
「木戸……」
木戸が拳を握りしめると力を抑えて天洋の胸を叩いた。胸に押し付けられたの木戸の拳は震えていた。雨に濡れた木戸の表情は暗く泣いているようだった。
「真守さまに泣きついたんだろ……でも、お前らの好きにさせねぇからな……俺が、止めてやる。……アンタのこと、割と、いいヤツだと思ってたのに……」
木戸は天洋の胸をもう一度叩くと天洋の横を通り過ぎた。天洋はじっと足元を見た。足下の砂利にいつのまにか水溜りが出来ていた。雨に濡れて寒いはずなのにどうして何も感じないのか不思議だった。頬に触れると凍るほど冷たいのに体の最も奥が凍ってしまったようだった。
木戸の言葉が天洋の頭を激しく打ち付け続けていた。天洋は車に乗り込むとエンジンを吹かせて中庭を走り抜けた。
◇
屋敷では鶯色のセーターを着た真守が一人晩酌を楽しんでいた。そばに立っていたソムリエが真守のグラスに赤ワインを注ぐと真守は堪らないというように微笑んだ。縦長の食卓テーブルにはチーズやサラミを乗せた皿が置かれている。真守が赤ワインが入ったグラスを回しながら香りを楽しんでいた。
廊下から慌ただしい足音が聞こえてきた。真守は動じることなくワインを口に含むとご機嫌な笑みを浮かべて、美しい葡萄の色に酔いしれていた。
ドアが開かれると真守の前に天洋が現れた。雨に濡れて全身水浸しになって帰ってきた天洋は真守の姿睨んだまま無言で佇んでいた。背後から執事長が駆け寄り、白いバスタオルを天洋の肩に掛けるが、それを掴むと真守に向かって投げつけた。
テーブルに置いていた赤ワインのビンが倒れて白のクロスがみるみるピンクに染まっていく……。
「どうした? 随分と荒れているな。一年ぶりに帰ってきたと思ったら──」
「分かってんだろ。何をしたんだよ……親父。親父の仕業なんだろ?」
天洋の声が震えている事に気付いた真守は執事長に湯船の準備をするように伝えた。部屋に二人きりになったが真守は鼻で笑ったっきり何も話そうとしない。業を煮やした天洋がクロスを引っ張った。テーブルの上の皿が床に落ち激しく砕け散った。息の荒れた天洋を一瞥すると真守はゆっくりと立ち上がった。
「アイツに、誠大に何をした? 説明しろよ!」
「……どうした? 誠大に情が移ったか? お前の為に誠大に首輪を掛けただけだ」
「俺? 俺の為? 何で……」
天洋が信じられない気持ちで真守を見つめる。冷酷な父親にどうすればいいか分からなかった。まさか本気で転覆を企んでいるだなんて思わなかった。
「誠大が後継者になれば、我々は永遠にグループのハンドルを握ることはできない。誠大よりもお前の方が優秀だ。お前にはトップになれる才能がある。俺はそれを守りたい。俺が後継者になってお前に引き継ぐ。だから、誠大には──」
「何を、言ってんの? 俺がそんな事を望んでいると? 俺は誠大から奪いたいと思っていない!」
「誠大が憎いだろう。お前には与えられない力を当たり前のように享受する誠大が。東郷家の劣性御曹司と呼ばれ続けたいのか? そんな事許さない……」
幼い頃から誠大と比べられることが多かった。抱いた女も誠大との接点を求めたし、仕事先ですら誠大との話を絡めようとしていた。皆が誠大を求めていた。俺はいつだって二番手だった、本当に欲しいものは誠大がいつだって持っていた。人望も、仕事も、何もかも──。
でも、それは誠大の努力があってこそだった。仕事を終えて屋敷に戻っても誠大は休まなかった。書類を片手に頭を抱え、国際電話をして東郷グループのためにプライベートなど一切無かった……絶え間ない努力を重ねていたのを知った。今までそんな事知らなかった。
何の努力もせずに得ていたと思っていた。屋敷に出入りするうちに天洋は誠大こそ後継者にふさわしいとさえ思えるようになった。
「俺はそれでいいんだ。誠大ほど重圧に強くない……劣性なんだって今なら分かる。俺は今のままで良いんだ、幸せなんだ。親父自身だろ? 後継者の席は親父が望んでいる物なんだ! 俺を理由にしているだけだ……頼むから、やめてくれ──」
「いや、すべては……お前の為だ。お前の為にした事だ。お前の心の奥にある願いのはずだ。天洋、お前はまだ何も分かっていない」
「違う! 違うんだ! 親父、俺は──」
「もう遅い……賽は投げられた。もう、引き返せない。もう、遅いんだよ」
真守が小さな子供に聞かせるように天洋の頬を撫でた。真守の表情は昔のままだった。優しい微笑みのはずなのに天洋は真守が恐ろしかった。天洋の頬を一筋の涙が伝った。
シェパードという犬種は体も大きく毛も多い。雫はクシを持ち丁寧にブラッシングをしてあげた。中腰だとしんどいのでクッションに座ると股の間にジャックが気持ちよさそうに腰を下ろした。ジャックの背中を撫でると雫は笑みが溢れた。
「ジャック……ごめんね。また、遊ぼうね……今はそのモフモフ貸してくれる?」
雫は背後からジャックを強く抱きしめた。こみ上げてくる涙をグッと堪えると雫はジャックのブラッシングを再開した。
泣くもんか。よく考えてみて? 雫……。二度も騙されたのよ? あんな人のことなんか嫌いになっちゃえばいいじゃん! あり得ないわ……もう一回平手打ちしてやろうか……いや、でも痛いもんな。
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背後から金属の擦れる音が聞こえた。誰かが檻の戸を開けたらしい。雫が振り返るとそこに立っていたのは思い描いた人物ではなかった。天洋が難しい顔をして立っていた。檻の中に入るとジャックに警戒しながら雫に近付こうとする。
「……雫、ちょっといいか?」
「え? はい。ジャック……お座りして」
ジャックが天洋を威嚇するが天洋は気にするそぶりを見せない。ジャックに噛まれることなんかどうでも良かった。天洋には雫しか見えていなかった……。
「悪いけど、ジャック……お前大人しくしててくれない?」
天洋の顔を見つめていたジャックはその場で何回転かするとドスンと音を立てて伏せをした。雫も驚いた。あの警戒心の強いジャックが他人の言う事を聞くなんて皆無だ。天洋は雫の表情に気付き眉間にシワを寄せていた。
「何て顔してんだよ……雫……」
「え? いや、別に……本当に平気──」
天洋は雫の目尻に触れると愛おしそうに目を細めた。その表情が本当に切なそうで雫は何も言えなくなってしまった。
「泣いてたんだろうが……婚約の話、本当なんだな」
「あ……そ、そっか。天洋さま……私天洋さまに謝らなきゃいけない事があるんです。実は私──」
「恋人じゃないんだろ。知ってる。ずっと知ってたよ……二人が付き合っていないことも。そして、雫が、誠大のことを好きな事も」
雫は天洋の言葉に目を大きく開いた。まさか既に気付かれていたなんて知らなかった。そうとは知らず騙し続けた事に雫は申し訳ない気持ちが溢れた。天洋に頭を下げると雫は唇を噛み締めた。
「嘘をついてすみませんでした……。誠大さまは悪くないんです。私が……屋敷に残りたいと願ったから……誠大さまのそばに……居たく、て……想いが通じなくても、そばに……居れたらって──っく……ご、ごめんなさい、私……泣くつも、りなんてなかったのに──」
謝りながら涙が止まらなくなった雫は口元を押さえて嗚咽を抑える。天洋は雫の涙に息を呑んだ。本当に辛そうに想いを言葉にする雫が痛々しくて見ているだけで熱いものが込み上げてきた。
「天洋さま……傷つけて、すみませ──」
天洋は雫を抱きしめた。小さな雫の肩がより小さくて弱々しく感じた。強く……強く雫を抱きしめた。
もどかしかった……こんなにもそばにいるのに、こうして抱きとめているのに、雫のひだまりのような香りや温もりを感じるのに……雫の心にいるのは自分じゃない。
「謝るなって……余計に辛くなる……お前に謝られると、どうすればいいか分かんなくなるんだ……」
天洋が苦しげに瞳を閉じた。雫は何も言わなかった。天洋は雫を解放すると誤魔化すように頭を掻いた。
「また来る。じゃあな……」
天洋が犬舎を出ていくと雫は涙を拭き天窓を見上げた。いつのまにか外は激しく雨が降っていた。窓に打ち付ける雨の粒を見て雫は空が泣いているのだと思った。
婚約……か。婚約……。私、ここにいても良いのかな。もう、私の居場所はないのかもしれない。それに、誠大さまの思いを抱えたままこの屋敷に留まることは──許されないだろう。
雫はジャックの背中に顔を埋めた。ジャックの温もりが心地よかった。
◇
天洋が犬舎の外に出ると降り付ける雨の中……木戸が天洋を睨みつけていた。黒のスーツが水分を吸い重そうに見えた。木戸の瞳の奥は暗かった。まるでハイエナのように自分を捉えて離さなかった。
いつものように声を掛けようとしたが木戸の様子がおかしい事に気付いた。天洋も雨に打たれながら木戸の姿から目が離せなかった。腹の底から絞るように木戸が低く小さな声で呟いた。
「これが……目的だったか? 脅して後継者の座から引き摺り落としたかったか?」
「……何──」
「雫ちゃんを捨てて、あんな女と結婚させるほど……誠大さまが憎いのか? そうなのか?」
「木戸……」
木戸が拳を握りしめると力を抑えて天洋の胸を叩いた。胸に押し付けられたの木戸の拳は震えていた。雨に濡れた木戸の表情は暗く泣いているようだった。
「真守さまに泣きついたんだろ……でも、お前らの好きにさせねぇからな……俺が、止めてやる。……アンタのこと、割と、いいヤツだと思ってたのに……」
木戸は天洋の胸をもう一度叩くと天洋の横を通り過ぎた。天洋はじっと足元を見た。足下の砂利にいつのまにか水溜りが出来ていた。雨に濡れて寒いはずなのにどうして何も感じないのか不思議だった。頬に触れると凍るほど冷たいのに体の最も奥が凍ってしまったようだった。
木戸の言葉が天洋の頭を激しく打ち付け続けていた。天洋は車に乗り込むとエンジンを吹かせて中庭を走り抜けた。
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廊下から慌ただしい足音が聞こえてきた。真守は動じることなくワインを口に含むとご機嫌な笑みを浮かべて、美しい葡萄の色に酔いしれていた。
ドアが開かれると真守の前に天洋が現れた。雨に濡れて全身水浸しになって帰ってきた天洋は真守の姿睨んだまま無言で佇んでいた。背後から執事長が駆け寄り、白いバスタオルを天洋の肩に掛けるが、それを掴むと真守に向かって投げつけた。
テーブルに置いていた赤ワインのビンが倒れて白のクロスがみるみるピンクに染まっていく……。
「どうした? 随分と荒れているな。一年ぶりに帰ってきたと思ったら──」
「分かってんだろ。何をしたんだよ……親父。親父の仕業なんだろ?」
天洋の声が震えている事に気付いた真守は執事長に湯船の準備をするように伝えた。部屋に二人きりになったが真守は鼻で笑ったっきり何も話そうとしない。業を煮やした天洋がクロスを引っ張った。テーブルの上の皿が床に落ち激しく砕け散った。息の荒れた天洋を一瞥すると真守はゆっくりと立ち上がった。
「アイツに、誠大に何をした? 説明しろよ!」
「……どうした? 誠大に情が移ったか? お前の為に誠大に首輪を掛けただけだ」
「俺? 俺の為? 何で……」
天洋が信じられない気持ちで真守を見つめる。冷酷な父親にどうすればいいか分からなかった。まさか本気で転覆を企んでいるだなんて思わなかった。
「誠大が後継者になれば、我々は永遠にグループのハンドルを握ることはできない。誠大よりもお前の方が優秀だ。お前にはトップになれる才能がある。俺はそれを守りたい。俺が後継者になってお前に引き継ぐ。だから、誠大には──」
「何を、言ってんの? 俺がそんな事を望んでいると? 俺は誠大から奪いたいと思っていない!」
「誠大が憎いだろう。お前には与えられない力を当たり前のように享受する誠大が。東郷家の劣性御曹司と呼ばれ続けたいのか? そんな事許さない……」
幼い頃から誠大と比べられることが多かった。抱いた女も誠大との接点を求めたし、仕事先ですら誠大との話を絡めようとしていた。皆が誠大を求めていた。俺はいつだって二番手だった、本当に欲しいものは誠大がいつだって持っていた。人望も、仕事も、何もかも──。
でも、それは誠大の努力があってこそだった。仕事を終えて屋敷に戻っても誠大は休まなかった。書類を片手に頭を抱え、国際電話をして東郷グループのためにプライベートなど一切無かった……絶え間ない努力を重ねていたのを知った。今までそんな事知らなかった。
何の努力もせずに得ていたと思っていた。屋敷に出入りするうちに天洋は誠大こそ後継者にふさわしいとさえ思えるようになった。
「俺はそれでいいんだ。誠大ほど重圧に強くない……劣性なんだって今なら分かる。俺は今のままで良いんだ、幸せなんだ。親父自身だろ? 後継者の席は親父が望んでいる物なんだ! 俺を理由にしているだけだ……頼むから、やめてくれ──」
「いや、すべては……お前の為だ。お前の為にした事だ。お前の心の奥にある願いのはずだ。天洋、お前はまだ何も分かっていない」
「違う! 違うんだ! 親父、俺は──」
「もう遅い……賽は投げられた。もう、引き返せない。もう、遅いんだよ」
真守が小さな子供に聞かせるように天洋の頬を撫でた。真守の表情は昔のままだった。優しい微笑みのはずなのに天洋は真守が恐ろしかった。天洋の頬を一筋の涙が伝った。
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