財閥の犬と遊びましょう

菅井群青

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71.コンパしましょ

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 その日も天洋が雫に会いに屋敷にやってきた。誠大は天洋の姿を見ると面倒臭そうに天を仰いだ。携帯電話を取り出すと淡々と指示を出す。

「あ、俺だ。悪いが外に停まっている白のスポーツカーをゼブラ柄にしてくれるか? ああ、今すぐだ……リアルに? 勿論だ」

「ちょ、ちょちょ、おいおい。お前、あの車高いんだぞ!」

 天洋が慌てて誠大に駆け寄るが誠大はヒラリとかわして細かな指示を出す。誠大は天洋の侵入を防げないので毎回嫌がらせをすることにしたらしい。

 天洋は時間があれば屋敷に足を運ぶようになった。不思議と誠大が屋敷にいるタイミングを狙って来ていた。郡司も呆れているようで仕方なく天洋にお茶を出した。毎回飲み物に注文をつける天洋に内心穏やかではないようだ。

「雫、今日のお団子も可愛いね」

「あ、どうもどうも」

「さも当たり前のように口説くな。ヒョウ柄にするぞ」

 天洋はいつのまにか雫のことも呼び捨てにしていた。今みたいに褒められるのも最初はどうもむず痒かったが、人間慣れというのは恐ろしい……さらりと受け入れるようになった。

 誠大のヒョウ柄発言を鼻で笑う天洋だった。両者黙って郡司の入れてくれたお茶を啜る……沈黙の中に激しい火花が散っている。雫が「火花、あ……逆にすると花火か」と言うと郡司が「ふふ、風情ですね」と言い雫に薄焼きせんべいを渡した。

 一悶着あったが誠大と天洋、郡司と雫がソファーに座ると天洋が高級クラブで使ったというカードを取り出した。まさかこのカードがとんでもない事件の引き金になるとは誰も予想していない。

「あ、そうだ。雫、これ引いて。一枚」

「え? これ……ですか?」

 目の前に数枚カードが並べられた。ハートが散りばめられた絵柄の一枚を雫が指差すと天洋はカードをひっくり返しニタリと微笑んだ。

「なるほど。“この中から最も顔がタイプなのは誰?”だってさ。雫……この中で誰が一番好き?」

「へ?」

 三人の男たちから鋭い視線を一斉に浴びて雫は氷のように固まった。一瞬にして部屋の空気が張り詰めたのが分かった。


「正直に言ってみてよ、ただのゲームなんだからさ……彼氏の前でも気にしなくていいじゃん」

「はぁ……」

 雫は目の前に置かれたカードの文言に息を呑む。ただのゲームの割に部屋の中は変な緊張感が漂う。向かいに座る誠大と郡司に視線を送ると、不機嫌な誠大と微笑みを絶やさない郡司と目が合った。雫は思わず能面のような表情で固まった。これはマズい事に巻き込まれてしまったと冷や汗が止まらない雫だった。

「雫さま……どうか気を楽にしてください。ただのお遊びです。誰の顔がタイプか答えるだけです。大学生のコンパの遊び道具ですから……ね? ただ……私は雫さまにとってアイドルでしたよね?」

「そうだぞ、あくまで個人の見解でいい。ただ、ここが何処で、俺は日本の誰だか……分かっているな?」

 二人の瞳の色と言葉が合っていない。雫は口の中の水分が無くなっていくのを感じていた。イケメン三人から見つめられているというのに全く幸福感はゼロだ。どうしてこんなことになってしまったのだろう……。ここは上手く回避したい……。

「あーっと、仕事が残ってたな、うん。行ってきまーす」

「待って待って、やだな……遊びだろ? カードを変えてみる? ほら、めくって?」

 天洋が雫の肩に優しく触れると促した。さすが遊び人だ、さりげなく触れているだけなのに近すぎて動けなくなる。天洋の距離が近い事が気に入らない誠大が手元の薄焼きせんべいを天洋に向けて投げつけると天洋が手を上げて雫から離れた。

 雫は前回の質問より答えやすいカードになるように祈りを込めて次のカードを捲った。

 “この中で一番好きな人の額にキスをしてください”

 雫は即座にカードを掴んで太腿の下に隠した。乾いた笑いを浮かべるが全員から冷たい微笑を受け雫は視線を逸らした。ばっちり全員にカードの文言が見えてしまった事を知る。雫が誤魔化そうと苦笑いを浮かべると天洋はマダムのような笑みで雫を見下ろしている……誠大は額を押さえつけて頬を赤らめている……郡司は「おやおや」と楽しそうだ。

 私の馬鹿! なんでもっとヤバいカード引いちゃうのよ! 本当なら……誠大さまにすべきよね? 待って、ちょっと待って、誠大さまは──ダメだ、そんなこと出来ない。万が一気持ちがバレたらマズイ。郡司さんは──いかんいかん! 鼻血が止まらないってか……好意を寄せてるって言われた相手にそんな残酷な事出来ない。ダメだ……ちょっと待って、天洋さま──もっとダメ! 告白されたし、恋人って嘘ついちゃってるし。ってか、今思ったけど天洋さまのこのカードって絶対私引いたらダメなやつじゃん! なんてこった……。

 コンマ数秒の間に雫は脳内で自問自答した。そして気付いた……自分の愚かさに。

「雫、一番好きな人って……誠大なの? 誠大と何回キスした? 数え切れないぐらい? 誠大にキスするかと思ったのに……意外な反応だな」

「て、天洋さま、あの──」

 天洋の怪しむような視線に雫は冷や汗を拭く。

「付き合っているんだから当然だ。数え切れないほど、しているに決まっている……なんなら見せてやろうか?」

「誠大さま! ちょ、ちょっと!」

 誠大が天洋を煽るように流し見た。だが若干動揺しているのか瞬きが多くなっている。郡司は笑いを堪えているようでメガネを拭く振りをして顔を逸らしている。郡司は誠大の反応が面白くて仕方がないらしい。

「まぁまぁ、落ち着いてください。ただの“好き”なら雫さまは私のファンであるわけですから、私を選んでいただけますか? 俗に言うファンサービスディですね」

「サービスディ!? おっふ……いや、それは、ダメですって……はは」

 雫は一人妄想し鼻を押さえて天を仰いだ。それはそれで美味しいシチュエーションだ。その気はなくてもタイプはタイプだ。郡司は雫が喜んでいるのを見て楽しそうに微笑んでいる。憤慨する天洋と呆れた誠大を見て郡司は満足そうだ。苛立った誠大が郡司の頭を後ろから叩く。

「「「それで、誰にするんだ(ですか)?」」」

 三人から詰め寄られて雫は顔をひくつかせながら後退りした。その時ドアが開くと雫は一目散に駆け出した。ドアを開けたのはお茶のワゴンを運んできた美智だった。雫は「ゴメン!」と言うと美智の額にキスをしてあっという間に立ち去った。美智の顔がみるみる赤くなるのを見た三人は脱力し一斉にソファーに体を埋めた。三人とも内心ホッとしたような表情をしていた。美智は部屋の空気に首を傾げた。

「えっと……なんか、すみません?」

 美智は苦笑いを浮かべた。その日から天洋の持ってきたカードでは絶対遊ばなくなった雫だった。
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