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39.シャボン玉
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健康診断を終え獣医を送り出した雫は広場にジャックを解き放つ。他の犬たちと遊ぶ時間を逆算し雫は携帯電話のアラームを設定した。
「さてと、え、あー……ま、いいや」
駆け出したジャックは早速地面を掘り遊んでいた。今日も泥だらけになるだろう……ジャックのお風呂決定だ。雫はフェンスの近くに一本だけある大きな木の下に座る。今年の冬は暖冬だ……見上げると枝に残った葉と、その間から真っ白な光が降り注ぎ気持ちがいい。雫は思いっきり背伸びをした。昔祖母の家の縁側で日向ぼっこをした事を思い出した。
あー、気持ちいいな。何か変な夢のせいで寝た気がしないな……。今だったらジャックの夢見れそう。
遠くで地面に体を擦り付けるジャックを見つめて雫は微笑んだ。
しばらくして郡司が犬舎にやって来た。木のそばに雫の姿を見つけるとフェンスのゲートを開けて近付く。
「雫さま、良かった。こちらにいらっしゃいましたか……雫さま?」
木の幹にもたれかかり熟睡する雫の姿があった。郡司は出掛ける準備を終えいつものグレーのスーツに身を包んでいた。今晩の予定を確認し調教の時間を前倒し出来るか雫に確認に来た。雫の隣でジャックが伏せの姿勢で寄り添い、少し早い昼寝をしていた。微笑ましい光景に郡司の口元が緩む。
「無防備でいて、幸せそうな寝顔ですね」
郡司は起こさぬように立ち去ろうとするとジャックが体を起こし郡司のそばにやって来た。その拍子に雫の体が傾き始めた。郡司は咄嗟に雫の体を支える。間一髪木の根で頭をぶつけずに済んでホッとする。
困りましたね……。しかしここまで深く眠れるのも才能ですね。
郡司は仕方なく雫の隣に腰掛けて肩を貸す。安心したのか雫は穏やかな顔で眠り続ける。起こすのも申し訳なく、ただじっとする郡司だった。風が吹き雫が寒そうに身震いした。
「うーん?」
「雫さま、お風邪を引き──」
雫が暖を求めて郡司の腕に体を寄せた。郡司は腕に感じる雫の柔らかな感触に焦る。心を落ち着かせるように空に向けて息を吐いた。周りを見渡し誰もいない事を確認すると雫を見た。小さな体をより縮こませるその姿が小猿のようで郡司は破顔した。
誠大さまに見つかればタダじゃ済まなかったでしょうね……嫉妬の王子が居なくて幸いでした。フフ。
郡司が掴まれた腕を外そうとすると雫のお団子が視界に入った。なんとなく郡司はそのお団子に触れてみた……フワフワの髪は想像よりも柔らかくて優しい香りがした。その瞬間郡司の心臓が激しく暴れ出した。
ドクン ドクン
全力疾走した後のように呼吸が苦しくなる。その時バランスを崩し雫の頭がもげそうなほど後ろに倒れた。後頭部を幹にぶつけても雫に目覚める気配はない。至近距離で見る雫の寝顔に郡司は固まった。ようやくこんなにも近くに居た事に郡司自身気がついた。雫の頬の一部に光が差し込み白い肌が際立って見えた。郡司は前髪の束を優しく退けて雫の顔がよく見えるようにした。淡い桃色の唇を見て雫と誠大のキスの話を思い出した。自分の中で甘く苦い感情が湧き起こった。
唇から細くて白い首……緩やかな弧を描く睫毛へと視線を移す。明らかに視界がぐらつくのを感じた。何もかもがシャボン玉越しに見る世界のように色めいた。
郡司がゆっくりと雫の唇に吸い寄せられていく……あと数センチのところで郡司は止まった。振り切るように目を瞑り頬に添えられた手は芝生へと戻された。郡司は自分に呆れて笑いが出た。
「危ない、ところでした。……どうか、安らかな夢を──」
郡司は眼鏡を外すとそっと雫の額にキスを落とした。
携帯のアラームが鳴り響き雫が目を覚ますとジャックに寄りかかっていた。ジャックの温もりが心地良くて眠ってしまったらしい。雫は両手を挙げて目一杯背伸びをした。睡眠不足が解消され目覚めは最高だった。足元を見ると茶色の毛布がかけられていた。犬舎に置いてある物だった。
誰かが風邪をひかないように掛けてくれたのね。誰かな……美智かな? さてと、他の犬たちを解き放っている間にジャックを洗わなきゃ……。
雫は毛布を畳むとジャックを連れて犬舎に戻った。雫はジャックに近づける人間が限られている事を忘れていた。寝ぼけた頭ではそこまで考えが及ばなかった。その後他の犬たちも泥だらけになり結局その日すべての犬たちをお風呂に入れる羽目になった。夕方になり郡司からメールが来た。雫はメールを確認すると首を傾げた。
【今日は夕食前に調教をお願いいたします。連絡が遅くなり申し訳ございません】
郡司はいつも早めに連絡をくれるが今回は随分と遅かった。雫は慌てて屋敷へと駆け出した。
「さてと、え、あー……ま、いいや」
駆け出したジャックは早速地面を掘り遊んでいた。今日も泥だらけになるだろう……ジャックのお風呂決定だ。雫はフェンスの近くに一本だけある大きな木の下に座る。今年の冬は暖冬だ……見上げると枝に残った葉と、その間から真っ白な光が降り注ぎ気持ちがいい。雫は思いっきり背伸びをした。昔祖母の家の縁側で日向ぼっこをした事を思い出した。
あー、気持ちいいな。何か変な夢のせいで寝た気がしないな……。今だったらジャックの夢見れそう。
遠くで地面に体を擦り付けるジャックを見つめて雫は微笑んだ。
しばらくして郡司が犬舎にやって来た。木のそばに雫の姿を見つけるとフェンスのゲートを開けて近付く。
「雫さま、良かった。こちらにいらっしゃいましたか……雫さま?」
木の幹にもたれかかり熟睡する雫の姿があった。郡司は出掛ける準備を終えいつものグレーのスーツに身を包んでいた。今晩の予定を確認し調教の時間を前倒し出来るか雫に確認に来た。雫の隣でジャックが伏せの姿勢で寄り添い、少し早い昼寝をしていた。微笑ましい光景に郡司の口元が緩む。
「無防備でいて、幸せそうな寝顔ですね」
郡司は起こさぬように立ち去ろうとするとジャックが体を起こし郡司のそばにやって来た。その拍子に雫の体が傾き始めた。郡司は咄嗟に雫の体を支える。間一髪木の根で頭をぶつけずに済んでホッとする。
困りましたね……。しかしここまで深く眠れるのも才能ですね。
郡司は仕方なく雫の隣に腰掛けて肩を貸す。安心したのか雫は穏やかな顔で眠り続ける。起こすのも申し訳なく、ただじっとする郡司だった。風が吹き雫が寒そうに身震いした。
「うーん?」
「雫さま、お風邪を引き──」
雫が暖を求めて郡司の腕に体を寄せた。郡司は腕に感じる雫の柔らかな感触に焦る。心を落ち着かせるように空に向けて息を吐いた。周りを見渡し誰もいない事を確認すると雫を見た。小さな体をより縮こませるその姿が小猿のようで郡司は破顔した。
誠大さまに見つかればタダじゃ済まなかったでしょうね……嫉妬の王子が居なくて幸いでした。フフ。
郡司が掴まれた腕を外そうとすると雫のお団子が視界に入った。なんとなく郡司はそのお団子に触れてみた……フワフワの髪は想像よりも柔らかくて優しい香りがした。その瞬間郡司の心臓が激しく暴れ出した。
ドクン ドクン
全力疾走した後のように呼吸が苦しくなる。その時バランスを崩し雫の頭がもげそうなほど後ろに倒れた。後頭部を幹にぶつけても雫に目覚める気配はない。至近距離で見る雫の寝顔に郡司は固まった。ようやくこんなにも近くに居た事に郡司自身気がついた。雫の頬の一部に光が差し込み白い肌が際立って見えた。郡司は前髪の束を優しく退けて雫の顔がよく見えるようにした。淡い桃色の唇を見て雫と誠大のキスの話を思い出した。自分の中で甘く苦い感情が湧き起こった。
唇から細くて白い首……緩やかな弧を描く睫毛へと視線を移す。明らかに視界がぐらつくのを感じた。何もかもがシャボン玉越しに見る世界のように色めいた。
郡司がゆっくりと雫の唇に吸い寄せられていく……あと数センチのところで郡司は止まった。振り切るように目を瞑り頬に添えられた手は芝生へと戻された。郡司は自分に呆れて笑いが出た。
「危ない、ところでした。……どうか、安らかな夢を──」
郡司は眼鏡を外すとそっと雫の額にキスを落とした。
携帯のアラームが鳴り響き雫が目を覚ますとジャックに寄りかかっていた。ジャックの温もりが心地良くて眠ってしまったらしい。雫は両手を挙げて目一杯背伸びをした。睡眠不足が解消され目覚めは最高だった。足元を見ると茶色の毛布がかけられていた。犬舎に置いてある物だった。
誰かが風邪をひかないように掛けてくれたのね。誰かな……美智かな? さてと、他の犬たちを解き放っている間にジャックを洗わなきゃ……。
雫は毛布を畳むとジャックを連れて犬舎に戻った。雫はジャックに近づける人間が限られている事を忘れていた。寝ぼけた頭ではそこまで考えが及ばなかった。その後他の犬たちも泥だらけになり結局その日すべての犬たちをお風呂に入れる羽目になった。夕方になり郡司からメールが来た。雫はメールを確認すると首を傾げた。
【今日は夕食前に調教をお願いいたします。連絡が遅くなり申し訳ございません】
郡司はいつも早めに連絡をくれるが今回は随分と遅かった。雫は慌てて屋敷へと駆け出した。
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