財閥の犬と遊びましょう

菅井群青

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24.天罰を

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「あー、クッソ……東郷グループと繋がってたなんてな……もう仕事ができないかもな……」

 淳は誠大に蹴られた横腹を押さえながら暗い細道を歩いていた。あの後店を出た淳は雫を探したがもうどこにも姿がなかった。淳はもう一度ちゃんと雫に謝りたかった……。

 肩を落とし歩く淳の前から一台のバイクが向かってきた。道幅が狭いのに随分と速度を飛ばしている。淳は出来る限り壁に寄るがなぜかバイクは淳の方へと突進してくる。ブレーキをかけている様子は見受けられない。

「え、ちょ、ちょちょ……ちょっと危な──」

 淳は慌てて横道に逸れると黒のスポーツタイプの二輪にフルフェイスのヘルメット、全身黒ずくめの細身の男が後輪のタイヤを滑らせて角を曲がって追ってきた。バイクのエンジン音とアスファルトの上をタイヤが滑る音が夜の住宅街に響く。淳は階段を上り公園へと逃げ込むが自分の体の一部のようにバイクを操りバイクが階段を駆け上がってくる。まるで真っ黒な馬が追ってくるようだった。淳は後ろを振り返り声を上げる。

「嘘だろう!? バケモンかよ!!」

 淳は公園のフェンスまで追い込まれるとその場にしゃがみ込む。男は一定距離を開けてエンジンをふかした。今にも突進してきそうだ。淳は慌ててポケットを弄ると財布の中身の札を全て男へと差し出した。その手は震えて握られた手から札が数枚地面へと落ちていく。男はじっと淳と対峙したままだ。

「あの子に、雫に金輪際近づくな……さもなければお前を轢いて働けない体にする」

「し、雫……? 一体何人の男に守られているんだ、アイツは──」

 男はエンジンをふかすと淳へと突進していく。淳は恐怖でフェンスへとしがみつき、来る衝撃に備えた。砂利が擦れる音が響く……淳は何かが背中に当たったのが分かった。それは急ブレーキをかけたバイクの前輪のタイヤだった。男の本気を感じ取り淳は震える声で呟いた。

「会わない、もう、絶対に会わない、会わないから、た、助けてくれ!」

 淳の言葉に納得したのかバイクは後退り公園を猛スピードで去った。遠ざかるバイク音が闇夜に吸い上げられるように消えていった。淳は暫く立ち上がることが出来なかった。

 

 屋敷の裏口の門扉が静かに開かれた。真っ黒なバイクを押して闇の中を進む人影があった。黒のライダーススーツにフルフェイスのヘルメットを被った人物は周りを見渡し、誰もいないことを確認する。

 駐輪所の一角にバイクを停車するとフルフェイスのヘルメットを外し頭を振り髪を掻き上げた。

「おかえり」

 暗闇から男の声が聞こえた。振り返ると壁にもたれ掛かる人影が見えた。その男は木戸だった。ゆらりと体を起こすとヘルメットを抱えたその人物に近付く……木戸の存在に気づくとその人物は一瞬怯んだ様子を見せる。木戸はまだ温もりの残った車体を優しく撫でた。

「そんで? 上手く行った?」

「……何の事? 意味分かんねぇな……」

 黒ずくめのライダーは美智だった。長い髪をほぐすように掻き毟ると怠そうに声を出す。その声は別人のように低く掠れていた。言葉遣いも随分荒い。木戸はそれをあえて指摘することはしなかった。

「友達思いの美智ちゃんは、雫ちゃんの元彼を制裁したんだよねぇ? もちろん」

「…………」

 美智は舌打ちをすると木戸の無視して宿舎へと戻ろうとする。その腕を木戸が掴むと壁に押しつけて閉じ込める。一瞬のうちに反転させられ背中に当たる硬く冷たい感覚に戸惑う。暗闇で互いの表情は見えないが、美智は木戸が笑っていると思った。顔を背けると木戸が美智の額から頬をそっと撫でた。

「……あまり派手に暴れるなよ、バレるぞ」

「……っるさい、離せよ」

 木戸は吹き出すと美智の耳元で囁いた。木戸の鍛えられた胸板に押し付けられて美智は動けない。シトラス系の香水の香りが鼻に付く。

「シッ──静かに……そんな話し方じゃ、元暴走族だってバレるぞ。伝説の女総長──」

「黙れ!」 

 美智は木戸の腕を払い除け大股で立ち去った。美智の足音が聞こえなくなると木戸はタバコに火をつけた。

「またやり過ぎたか……ハハッ」

 木戸は犬舎へと踵を返した。
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