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95.魔女の拉致
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雫は重たいスーツケースを引き摺りながら歩いていた。そしてその足取りは重い……。
「あぁ、疲れた……どこか座るところないのかな……ふぅ……」
雫は駅の近くの公園にいた。落葉樹だらけの公園でランナー用に補整された道の上を歩いていた。特別今日は冷え込んでいてスーツケースを持つ手が悴んで感覚が無くなった。どうしてこんな公園にいるのか、直接新たな職場に向かわないのか……その答えは簡単だ。新しい職場も、住まいも存在しないからだ。
郡司に次の就職先を聞かれて、ネットで見た求人先を伝えていたが、この不景気で住み込みで働く従業員に提供していた寮は売り払ったそうだ。郡司に報告しようと思ったが余計な心配を掛けてしまうと思いそのまま黙っていた。
雫は公園内のベンチを見つけると脱力したように腰掛けた。自分でも驚く程無鉄砲だった。でも、これ以上あの屋敷にいるのは辛かった。屋敷のみんなを安心させる為についた嘘だった。本当は今からホテル住まいをしながら求職活動を行う予定だった。スーツケースが良く肥えているので肩が凝ってしまった……雫は腕をぐるぐると回すと背伸びをした。
「さてと……どうしようかな。あ、さっき駅で見つけたやつ……」
雫はカバンの中に放り投げたフリーペーパーをめくり出した。住み込みの仕事はさすがにこのご時世にはないようだ。雫は必死で求人情報を見ていた。だから気がつかなかった……隣に人が座っていて雫同様真剣な表情で求人情報を見ているだなんて。雫は途中でどこからか薔薇の香りがする事に気がついた。顔を上げたときにすぐそばに女性の顔がありびっくりして声を上げた。グラデーションのブラウンのサングラスが雫の姿を捉えていた。
「うわ!……え、ええ? いつから、そこに?」
「ずっとよ? あなた全然気がつかないんだもの。ところでさっき折り目つけた求人はやめておきなさいな、ブラック企業だから」
厚化粧で真っ赤な唇の中年女性が座っていた。ツバが広いベロアのハットを被り真っ白のトレンチコートを着ていた。ウエストを絞り着こなす女性は見るからに悪い魔女のようだ。赤紫のピンヒールも悪女感たっぷりだ。見るからに海外のセレブのような女性だが、いろいろな面で目立ちすぎて圧迫感がすごい。こんな人間が隣から覗き込んでいたのにどうしてすぐに気が付かなかったのだろうと不思議だった。
「ちょっと散歩に来たら12月だっていうのに家出をしたお嬢さんがいるからつい気になっちゃって……早くお家に帰りなさいよ、親御さん心配するわよ?」
「いや、私自立してますんで……ご心配お掛けしました……じゃ、失礼します」
ピンヒールで散歩をする魔女なんて怪しすぎる。雫はスーツケースを握りしめて立ち上がると魔女は高笑いをしながら雫のダッフルコートのフードを掴み引っ張った。意外にも力があるようだ。
「自立してるのに行く所ないの? ちょうど良かったわ。今から買い物に行くのよ、荷物持ちのバイトとして雇ってあげるわ。良かったわー、私買い物袋持つの嫌なのよ、さ……行くわよ!」
魔女が雫のフードを掴んだまま歩き出した。雫は抵抗をする間も、考える間も与えられず連行された。公園のそばに停まっていた真っ黒なセダンに押し込まれると雫は逃げるチャンスを失った。
なんでこうなるの? っていうか、私いつもなんで無理矢理連行されるんだろう……。このシュチュエーションどこかであった気がする……。ってか、この魔女……もしかして只者じゃないのかしら? この車、たぶん高級車だよね? あれ? 運転手さん付きだ。
魔女は車に乗り込むとサングラスを外した。雫は魔女の素顔を見てギョッとする。何となくはわかっていたが魔女は芸能人のように美しかった。いや、舞台女優のような貫禄がある……雫はあまりテレビを見ないので分からないがもしかしたら有名な人なのかも知れない。
「あ、あの……もしかして女優さんですか?」
「……何ですって?」
「いや、だって巷にこんな美人──え、あ……すみません」
魔女が鋭い眼光を雫に向けた。流し目の目尻から紫のリキッドアイラインが見える。雫は反射的に謝ると余計なことを聞いてしまったと姿勢を正した。魔女は雫の顎を掴むと妖艶な目つきで雫を見据えた。雫はゴクリと唾を飲んだ。
「……可愛いわ、合格」
「は、い?」
「すっとぼけながらも私の美しさを称えるそのナチュラルな感じ……悪くないわ。決めた、あなた私の正式な荷物持ちね! お駄賃は一割増しておくわ」
魔女は雫の頬を撫でると高笑いしご機嫌だ。雫はただの荷物持ちのバイトから正社員へと格上げされたらしい。よく分からないが魔女に気に入られてしまった雫だった。
「あぁ、疲れた……どこか座るところないのかな……ふぅ……」
雫は駅の近くの公園にいた。落葉樹だらけの公園でランナー用に補整された道の上を歩いていた。特別今日は冷え込んでいてスーツケースを持つ手が悴んで感覚が無くなった。どうしてこんな公園にいるのか、直接新たな職場に向かわないのか……その答えは簡単だ。新しい職場も、住まいも存在しないからだ。
郡司に次の就職先を聞かれて、ネットで見た求人先を伝えていたが、この不景気で住み込みで働く従業員に提供していた寮は売り払ったそうだ。郡司に報告しようと思ったが余計な心配を掛けてしまうと思いそのまま黙っていた。
雫は公園内のベンチを見つけると脱力したように腰掛けた。自分でも驚く程無鉄砲だった。でも、これ以上あの屋敷にいるのは辛かった。屋敷のみんなを安心させる為についた嘘だった。本当は今からホテル住まいをしながら求職活動を行う予定だった。スーツケースが良く肥えているので肩が凝ってしまった……雫は腕をぐるぐると回すと背伸びをした。
「さてと……どうしようかな。あ、さっき駅で見つけたやつ……」
雫はカバンの中に放り投げたフリーペーパーをめくり出した。住み込みの仕事はさすがにこのご時世にはないようだ。雫は必死で求人情報を見ていた。だから気がつかなかった……隣に人が座っていて雫同様真剣な表情で求人情報を見ているだなんて。雫は途中でどこからか薔薇の香りがする事に気がついた。顔を上げたときにすぐそばに女性の顔がありびっくりして声を上げた。グラデーションのブラウンのサングラスが雫の姿を捉えていた。
「うわ!……え、ええ? いつから、そこに?」
「ずっとよ? あなた全然気がつかないんだもの。ところでさっき折り目つけた求人はやめておきなさいな、ブラック企業だから」
厚化粧で真っ赤な唇の中年女性が座っていた。ツバが広いベロアのハットを被り真っ白のトレンチコートを着ていた。ウエストを絞り着こなす女性は見るからに悪い魔女のようだ。赤紫のピンヒールも悪女感たっぷりだ。見るからに海外のセレブのような女性だが、いろいろな面で目立ちすぎて圧迫感がすごい。こんな人間が隣から覗き込んでいたのにどうしてすぐに気が付かなかったのだろうと不思議だった。
「ちょっと散歩に来たら12月だっていうのに家出をしたお嬢さんがいるからつい気になっちゃって……早くお家に帰りなさいよ、親御さん心配するわよ?」
「いや、私自立してますんで……ご心配お掛けしました……じゃ、失礼します」
ピンヒールで散歩をする魔女なんて怪しすぎる。雫はスーツケースを握りしめて立ち上がると魔女は高笑いをしながら雫のダッフルコートのフードを掴み引っ張った。意外にも力があるようだ。
「自立してるのに行く所ないの? ちょうど良かったわ。今から買い物に行くのよ、荷物持ちのバイトとして雇ってあげるわ。良かったわー、私買い物袋持つの嫌なのよ、さ……行くわよ!」
魔女が雫のフードを掴んだまま歩き出した。雫は抵抗をする間も、考える間も与えられず連行された。公園のそばに停まっていた真っ黒なセダンに押し込まれると雫は逃げるチャンスを失った。
なんでこうなるの? っていうか、私いつもなんで無理矢理連行されるんだろう……。このシュチュエーションどこかであった気がする……。ってか、この魔女……もしかして只者じゃないのかしら? この車、たぶん高級車だよね? あれ? 運転手さん付きだ。
魔女は車に乗り込むとサングラスを外した。雫は魔女の素顔を見てギョッとする。何となくはわかっていたが魔女は芸能人のように美しかった。いや、舞台女優のような貫禄がある……雫はあまりテレビを見ないので分からないがもしかしたら有名な人なのかも知れない。
「あ、あの……もしかして女優さんですか?」
「……何ですって?」
「いや、だって巷にこんな美人──え、あ……すみません」
魔女が鋭い眼光を雫に向けた。流し目の目尻から紫のリキッドアイラインが見える。雫は反射的に謝ると余計なことを聞いてしまったと姿勢を正した。魔女は雫の顎を掴むと妖艶な目つきで雫を見据えた。雫はゴクリと唾を飲んだ。
「……可愛いわ、合格」
「は、い?」
「すっとぼけながらも私の美しさを称えるそのナチュラルな感じ……悪くないわ。決めた、あなた私の正式な荷物持ちね! お駄賃は一割増しておくわ」
魔女は雫の頬を撫でると高笑いしご機嫌だ。雫はただの荷物持ちのバイトから正社員へと格上げされたらしい。よく分からないが魔女に気に入られてしまった雫だった。
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