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4.犬の脱走
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雫はメイドたちに抱えられたまま階段を上がり最奥にある部屋の前で解放された。木のドアに牡丹らしき花が彫られている。
「こちらです」
「は、はぁ……」
部屋に入ると大正モダンの趣のある室内だった。床には朱色の鮮やかな色の絨毯が敷き詰められている。壁は焦げ茶に近い黒色の壁で覆われている。見た事はないが吉原の一室を復元したような華やかさだ。牡丹という名の通り朱色と黒をモチーフにしてあるようだ。室内はかなり広く二十畳以上ある……味わいのある古民具たちが並んでおり過去にタイムスリップしたかのような気持ちになる。
「すっごい……」
襖やパーテーションなど当時の物が大切に保管されているようだ。障子のそばにある低めのベッドは素人目から見ても高級なのが分かる。部屋の奥には真っ赤な牡丹が描かれた火鉢や、深みのある箪笥の年輪に思わず見惚れる。
こんな旅館に泊まろうとすれば一泊数十万取られてしまいそうだ。足元の朱色の絨毯に思わず触れる。ふかふかで芝生の上を歩いているようだ。
「ここが雫さまのお住まいです」
「なるほどね……は!?──住まい?」
同世代ぐらいのメイドが淡々とした調子で説明する。左の涙ボクロが色っぽい女性だが雫の反応を見ても感情を押し殺したように佇んだままだ。
「では、私共はこれで──もうすぐ郡司さまがいらっしゃいます。それまでこちらでゆっくりとご寛ぎくださいませ……」
メイドたちが部屋を後にするとドアが閉められた。雫が追いかけて部屋のドアを開けようとするがなぜか外から鍵を閉められてしまった。施錠の音が無情にも響いた。
「ちょっと、ちょっと! 開けて!」
雫がドアを力一杯叩くがドアの外にはもう誰もいないようだった。
何がお客様だ、雫さまだ。ひどいおもてなしだ。
「何なのよ、どうなってるの……」
雫は諦めて寝心地の良さそうなベッドに腰掛けた。やはりこのベッドは特別なものだったらしい。体に沿う感覚は今まで味わった事がない。ベッドを撫でながら乱れの無いシーツに感動する。
いや、嬉しい……嬉しいけれども軟禁されているし、ここに私を連れてきた意図が分からない。それに、あの郡司とかいう男……私の名前を知っていた。なぜ? いつ? 脱走したジャックをここまで連れて来ただけのはず……以前に会ったことがあるのかしら──。
雫がベッドに横になると壁際に自分のスーツケースが置いてあることに気がついた。必死でこの取っ手を握りしめて暗闇の中を歩いたことを思い出す。一気に現実を思い出してしまい心が逆戻りする。あまりの急展開に悲しむ暇さえ与えられなかった。
あぁ、私……淳に捨てられちゃったんだな……。
雫は涙を拭こうとスーツケースからタオルを引っ張り出した。荷物の中に淳に貰ったぬいぐるみを見つけると乾いた笑いが出てきた。我ながら呆れる……あんな酷い事をした男に貰ったものを無意識に大事なものとしてスーツケースに詰め込むだなんて。黒のクマのぬいぐるみは雫を見てにっこりと口角を上げたまま微笑み続けている。壁に向かって投げようかと思ったが、直前で止める。
「……あんたに、罪はないもんね、ごめんね」
雫はクマの頭を撫でるとそのまま抱きしめたままベッドに横になった。目尻から一筋涙が溢れた。いつのまにか雫は眠ってしまった。
しばらくして何やら部屋の外が騒がしい事に気がついた。足音がひっきりなしに聞こえる。どうやら屋敷のメイド達が慌てているようだ。雫は瞼を開けるとぼうっとした頭を起こすべく背伸びをした。
「うーん……あぁ……寝ちゃってた。うーん」
「色気がないな」
「大きなお世話よ……え?」
雫が起き上がると雫と同じようにベッドに横になる男がいた。呆れたように雫の顔を見て薄ら笑う。
「涎は出ているし、寝言も言う。色気もないようだし……スパイにしては鈍臭いな──」
「は、え、ス……スパ──」
ベッドから立ち上がり逃げようとする雫の腕を引き男が雫を組み敷く。ベッドの中央に仰向けで拘束される。男の顔が近付き大きな黒目が雫を捉える。必死で腕を動かすが両手首を掴まれて動けない。
「……っ」
短い黒髪を整髪料で立てた男は狼みたいだった。顔は驚くほど綺麗なのに野蛮で野生的な雰囲気が全身を纏っている。パーティの帰りのような豪華な装いだ。黒のスーツベストに高級そうなポケットチーフが胸元に見える。あきらかに一般庶民ではない。
「あ、あなた……何者なの?」
雫の声が震える。男は雫の瞳が揺れているのを見てほくそ笑む。その笑顔は美しくもあり恐ろしくもあった。
「それは……こっちのセリフだ。俺の屋敷で何をしている──なぜ……この牡丹の間にいる?」
男の顔が雫に近づく……。雫は呼吸を止めてその綺麗な顔を睨みつけた。
「こちらです」
「は、はぁ……」
部屋に入ると大正モダンの趣のある室内だった。床には朱色の鮮やかな色の絨毯が敷き詰められている。壁は焦げ茶に近い黒色の壁で覆われている。見た事はないが吉原の一室を復元したような華やかさだ。牡丹という名の通り朱色と黒をモチーフにしてあるようだ。室内はかなり広く二十畳以上ある……味わいのある古民具たちが並んでおり過去にタイムスリップしたかのような気持ちになる。
「すっごい……」
襖やパーテーションなど当時の物が大切に保管されているようだ。障子のそばにある低めのベッドは素人目から見ても高級なのが分かる。部屋の奥には真っ赤な牡丹が描かれた火鉢や、深みのある箪笥の年輪に思わず見惚れる。
こんな旅館に泊まろうとすれば一泊数十万取られてしまいそうだ。足元の朱色の絨毯に思わず触れる。ふかふかで芝生の上を歩いているようだ。
「ここが雫さまのお住まいです」
「なるほどね……は!?──住まい?」
同世代ぐらいのメイドが淡々とした調子で説明する。左の涙ボクロが色っぽい女性だが雫の反応を見ても感情を押し殺したように佇んだままだ。
「では、私共はこれで──もうすぐ郡司さまがいらっしゃいます。それまでこちらでゆっくりとご寛ぎくださいませ……」
メイドたちが部屋を後にするとドアが閉められた。雫が追いかけて部屋のドアを開けようとするがなぜか外から鍵を閉められてしまった。施錠の音が無情にも響いた。
「ちょっと、ちょっと! 開けて!」
雫がドアを力一杯叩くがドアの外にはもう誰もいないようだった。
何がお客様だ、雫さまだ。ひどいおもてなしだ。
「何なのよ、どうなってるの……」
雫は諦めて寝心地の良さそうなベッドに腰掛けた。やはりこのベッドは特別なものだったらしい。体に沿う感覚は今まで味わった事がない。ベッドを撫でながら乱れの無いシーツに感動する。
いや、嬉しい……嬉しいけれども軟禁されているし、ここに私を連れてきた意図が分からない。それに、あの郡司とかいう男……私の名前を知っていた。なぜ? いつ? 脱走したジャックをここまで連れて来ただけのはず……以前に会ったことがあるのかしら──。
雫がベッドに横になると壁際に自分のスーツケースが置いてあることに気がついた。必死でこの取っ手を握りしめて暗闇の中を歩いたことを思い出す。一気に現実を思い出してしまい心が逆戻りする。あまりの急展開に悲しむ暇さえ与えられなかった。
あぁ、私……淳に捨てられちゃったんだな……。
雫は涙を拭こうとスーツケースからタオルを引っ張り出した。荷物の中に淳に貰ったぬいぐるみを見つけると乾いた笑いが出てきた。我ながら呆れる……あんな酷い事をした男に貰ったものを無意識に大事なものとしてスーツケースに詰め込むだなんて。黒のクマのぬいぐるみは雫を見てにっこりと口角を上げたまま微笑み続けている。壁に向かって投げようかと思ったが、直前で止める。
「……あんたに、罪はないもんね、ごめんね」
雫はクマの頭を撫でるとそのまま抱きしめたままベッドに横になった。目尻から一筋涙が溢れた。いつのまにか雫は眠ってしまった。
しばらくして何やら部屋の外が騒がしい事に気がついた。足音がひっきりなしに聞こえる。どうやら屋敷のメイド達が慌てているようだ。雫は瞼を開けるとぼうっとした頭を起こすべく背伸びをした。
「うーん……あぁ……寝ちゃってた。うーん」
「色気がないな」
「大きなお世話よ……え?」
雫が起き上がると雫と同じようにベッドに横になる男がいた。呆れたように雫の顔を見て薄ら笑う。
「涎は出ているし、寝言も言う。色気もないようだし……スパイにしては鈍臭いな──」
「は、え、ス……スパ──」
ベッドから立ち上がり逃げようとする雫の腕を引き男が雫を組み敷く。ベッドの中央に仰向けで拘束される。男の顔が近付き大きな黒目が雫を捉える。必死で腕を動かすが両手首を掴まれて動けない。
「……っ」
短い黒髪を整髪料で立てた男は狼みたいだった。顔は驚くほど綺麗なのに野蛮で野生的な雰囲気が全身を纏っている。パーティの帰りのような豪華な装いだ。黒のスーツベストに高級そうなポケットチーフが胸元に見える。あきらかに一般庶民ではない。
「あ、あなた……何者なの?」
雫の声が震える。男は雫の瞳が揺れているのを見てほくそ笑む。その笑顔は美しくもあり恐ろしくもあった。
「それは……こっちのセリフだ。俺の屋敷で何をしている──なぜ……この牡丹の間にいる?」
男の顔が雫に近づく……。雫は呼吸を止めてその綺麗な顔を睨みつけた。
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