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3.ようこそ宮殿へ
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しばらくするとリムジンが静かに停車した。今までの車よりも居心地がいい。この狭い空間でこれから生活したいぐらいだ。
外を見ると見覚えのある門が目の前にあった。一度見ただけだが見間違えようもない……昨日の脱走犬の屋敷だ。運転席との仕切りが下がると先程の男がにっこりと微笑む。
「思い出して……頂けましたか?」
銀縁眼鏡にグレーのスーツ──あ。
「あ……昨日の犬の飼い主さん……」
雫の言葉に男は何かを言いたそうな顔をしたがそのまま前を向く。真っ暗な庭を車で突っ切るとリムジンが屋敷の前で停車した。エンジンが停止し、後部座席のドアが開かれた。
「どうぞ、雫さま──足元にお気をつけください」
完璧なエスコートで再び誘導され車から降ろされる。目の前にあるヨーロッパの城のような外壁やドアの両脇に置かれたライオンらしき石像を見て茫然とする。暗闇で良く見えないが水音も聞こえる。どこかに噴水があるようだ……本当にここは日本なのか、夢なのかと頰をつねるが痛かった。
「すごい……」
思わずまじまじと周りを見渡す。今は暗くてよく見えないが先程通ったはずの門の街灯が随分離れた位置に見える。今の位置からあの光までのこの空間が全て敷地内、しかもあの昨日見た立派な庭が広がっている。都会の土地をこんな風に贅沢に使っている人間がこの世にいるなんて信じられない。庭だけで野球ドームが建ちそうだ。
屋敷のドアが開かれると中からメイド服を着た女性たちが現れた。黒のメイド服を着た女性たちは皆少し俯きながら道を開ける。一糸乱れぬ動きに目を見張る。女性たちの中で年配の方が一歩前に出て声を出した。おそらく屋敷を取り仕切っている人なのだろう一人だけ真っ黒なワンピースを着て白髪まじりの髪をお団子にしている。
「……お帰りなさいませ、郡司さま」
「雫さまは特別な客人です、牡丹の間にご案内してください。……さ、雫さまどうぞ──」
眼鏡の男は郡司という名らしい。郡司に促されるが雫は怯む。あまりの急展開に動揺を隠しきれない。
「いやいや、あの……親切にして頂いてあれなんですけど、リムジンも最高だったしお庭のナイトツアーも素敵だったです……。だから、その、私……」
嫌な予感しかしない……明らかに騙されている。この日本に路頭に迷う女に優しい金持ちなどいない。
郡司が雫の手を取ると驚くほど近くまで顔を寄せる。思わず黙り込んでしまうと郡司は口元を緩めた。
「私のせいでこの美しい手に傷を負わせてしまいました……お詫びをさせてください。さ──お連れして……」
郡司の声にそこにいたメイドたちが雫の脇に腕を通すとすごい力で引っ張り上げて歩き出した。さっきの郡司の言葉とは逆に荒々しく乱暴だ。うだうだ言ってないで来いと言われているようだ。
「あぁ! ちょ、ちょっと待ってよ! 家はないし貯金もないし新手の詐欺なら──」
エントランスの両脇にある階段から雫の姿が消えると郡司はようやく大きく息を吐いた。その様子に先程郡司に声を掛けた使用人長の梅原が笑った。郡司のそばへ来て労をねぎらうように背中を撫でた。郡司は大きく頷くと梅原を振り返る。
「……桔梗の間で読書をされています。お呼びしますか?」
「いえ。まだ早いでしょう──何も悟られぬよう細心の注意をお願いします。」
梅原は壁に控えていたメイドに目配せすると廊下の奥へと向かった。
外を見ると見覚えのある門が目の前にあった。一度見ただけだが見間違えようもない……昨日の脱走犬の屋敷だ。運転席との仕切りが下がると先程の男がにっこりと微笑む。
「思い出して……頂けましたか?」
銀縁眼鏡にグレーのスーツ──あ。
「あ……昨日の犬の飼い主さん……」
雫の言葉に男は何かを言いたそうな顔をしたがそのまま前を向く。真っ暗な庭を車で突っ切るとリムジンが屋敷の前で停車した。エンジンが停止し、後部座席のドアが開かれた。
「どうぞ、雫さま──足元にお気をつけください」
完璧なエスコートで再び誘導され車から降ろされる。目の前にあるヨーロッパの城のような外壁やドアの両脇に置かれたライオンらしき石像を見て茫然とする。暗闇で良く見えないが水音も聞こえる。どこかに噴水があるようだ……本当にここは日本なのか、夢なのかと頰をつねるが痛かった。
「すごい……」
思わずまじまじと周りを見渡す。今は暗くてよく見えないが先程通ったはずの門の街灯が随分離れた位置に見える。今の位置からあの光までのこの空間が全て敷地内、しかもあの昨日見た立派な庭が広がっている。都会の土地をこんな風に贅沢に使っている人間がこの世にいるなんて信じられない。庭だけで野球ドームが建ちそうだ。
屋敷のドアが開かれると中からメイド服を着た女性たちが現れた。黒のメイド服を着た女性たちは皆少し俯きながら道を開ける。一糸乱れぬ動きに目を見張る。女性たちの中で年配の方が一歩前に出て声を出した。おそらく屋敷を取り仕切っている人なのだろう一人だけ真っ黒なワンピースを着て白髪まじりの髪をお団子にしている。
「……お帰りなさいませ、郡司さま」
「雫さまは特別な客人です、牡丹の間にご案内してください。……さ、雫さまどうぞ──」
眼鏡の男は郡司という名らしい。郡司に促されるが雫は怯む。あまりの急展開に動揺を隠しきれない。
「いやいや、あの……親切にして頂いてあれなんですけど、リムジンも最高だったしお庭のナイトツアーも素敵だったです……。だから、その、私……」
嫌な予感しかしない……明らかに騙されている。この日本に路頭に迷う女に優しい金持ちなどいない。
郡司が雫の手を取ると驚くほど近くまで顔を寄せる。思わず黙り込んでしまうと郡司は口元を緩めた。
「私のせいでこの美しい手に傷を負わせてしまいました……お詫びをさせてください。さ──お連れして……」
郡司の声にそこにいたメイドたちが雫の脇に腕を通すとすごい力で引っ張り上げて歩き出した。さっきの郡司の言葉とは逆に荒々しく乱暴だ。うだうだ言ってないで来いと言われているようだ。
「あぁ! ちょ、ちょっと待ってよ! 家はないし貯金もないし新手の詐欺なら──」
エントランスの両脇にある階段から雫の姿が消えると郡司はようやく大きく息を吐いた。その様子に先程郡司に声を掛けた使用人長の梅原が笑った。郡司のそばへ来て労をねぎらうように背中を撫でた。郡司は大きく頷くと梅原を振り返る。
「……桔梗の間で読書をされています。お呼びしますか?」
「いえ。まだ早いでしょう──何も悟られぬよう細心の注意をお願いします。」
梅原は壁に控えていたメイドに目配せすると廊下の奥へと向かった。
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