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27.恋なんて、しない
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美智と雫は手分けして洗濯物を取り入れていた。今日は久しぶりに天気に恵まれて絶好の洗濯日和だった。洗濯物は屋敷の裏にある芝生の干し場に干すことが多い。上空から見ると白い洗濯紐が一面緑の芝生を横断するよう幾つも張られている。美智はカゴを持ちいそいそと動き回る雫に声を掛けた。屋敷の洗濯物は尋常じゃないほどの量だ。
「悪いね、私の仕事なのに。ほら、そんな張り切らなくっていいってば……」
「いいの、いいの。染み抜きだけじゃ申し訳ないもん。しかし洗濯物すごい数だね」
雫は楽しそうに次から次に洗濯物を取り入れる。美智もつられて取り込むペースが早くなる。二人はカゴを持ち屋敷へと運び入れるため渡り廊下を歩いていた。雨の日にでも濡れずに済むこの廊下は有難い。
「メイドさんってやっぱ大変な仕事だよね……すごいね」
「何言ってんの。雫にはもっと重要な仕事があるじゃん。私は調教の方がムリ」
「あ、そっか……。んー、調教っていうか……遊び相手かな? ははは」
「いいわね。愛しの郡司さんのそばにいられるしね?」
美智が雫を揶揄うと周りを見渡し雫が美智の背中を叩く。どこで誰が聞いているか分からないというのに美智の声は大きかった。雫は声を落とすと頬を膨らませた。
「違うってば……愛しくないってば。郡司さんが王子さまみたいだって言っただけじゃないの」
「誠大さまよりまぁ王子っぽいよね、郡司さま。誠大さまはアレだもんね」
「でも、誠大さまは言葉はきついけど、まぁ……優しいし、あぁ見えて真面目で器用だよ。運動神経も──」
「ふーん、やけに誠大さまの肩を持つじゃん。何? もしかして惚れたの?」
美智は雫の言葉にすぐ反応した。雫は湯が沸いたヤカンのように顔を赤らめて否定した。雫が逃げるように立ち去ると美智は笑いを堪えて歩き出した。洗濯部屋のドアを開けた瞬間、廊下の奥の人影に気付いた。その人物は踵を返し立ち去った。
「あら……どこまで聞こえたんだろうね……」
その人影は誠大だった。休日でたまたまトレーニングルームで汗を流した後だった。立ち聞きする気はなかったが、結果的にはそうなってしまった。咄嗟に隠れたものの頭に二人の会話の一部が木霊する。
「愛しの──郡司、か……」
誠大は首に掛けたスポーツタオルで流れ落ちる汗を拭くと部屋へと戻った。
◇
「いや、俺……今日休みなんだけどな……いや、聞いてます?」
「木戸の番だぞ」
全く意味がわからない……。せっかくの休みに突然部屋に呼び出されたと思えばなぜか二人っきりでババ抜きをしている。もちろん二人でするようなゲームではない、ジョーカーの居所が分かってしまう。この屋敷には働き方改革の波は来ないようだ。
誠大の手持ちのカードの一枚が異様に飛び出ている。取れ……さもなくば分かっているな? と言われているようで木戸は渋々そのカードを取る。当たり前のようだがそのカードはジョーカーだった。ジョーカーが二人の間を行ったり来たりするババ抜きの何が楽しいのか分からない。
「どうせなら郡司さんや雫ちゃんも呼べば良くないですか? あの二人はどこへ?」
「……お使いだ。ケーキを買いに行かせた」
誠大は木戸の言葉に反応したがすぐにゲームに集中する。その様子に木戸が吹き出す。誠大は気になって仕方がないらしい、いつも一人の時には本や新聞を読むことに時間を費やすというのに……。
「寂しいんですか? 一緒に行けば──」
「そんなんじゃない……。ただ、調教師にもチャンスをやろうと思ってな」
木戸は誠大の言葉に反応する。木戸が興味を示してカードをシャッフルしながらニヤついた。誠大は見て見ぬふりをしていたが観念して一言呟いた。
「あいつは、郡司が好きらしい」
誠大は表情を変えない。木戸は誠大の瞳を見つめながら最後のカードを引く。その瞳は揺れていた。きっとババ抜きのせいじゃないだろう。木戸は誠大の不器用さに溜息をつく。木戸は引いたカードを誠大に見せると手持ちのカードを机に置いた。誠大の負けだ。木戸はクッションを抱きしめると頬杖をつき呆れたように前を見る。
「誠大さまは良かったんですか?」
「何がだ」
「誠大さまはしず──いえ、好きな女がいるでしょ?」
「は? 女など好きにならない。そんな感情は俺に必要ない」
「えー、嘘でしょ。誠大さまもしかして……童貞ですか?」
「そんな訳ないだろう。バカかお前は」
誠大は腕を組み木戸を睨む。童貞である訳がない。女が勝手に寄ってくるほど誠大はモテている。
「好き、な人……とヤったんですよね?」
「何度も言わせるな。女など好きになる訳ないだろう。そんな感情がなくても抱くことぐらいできる」
誠大の言葉に木戸は絶句する。
本気だ、本気で言っている。恋や愛も知らないくせに筆下ろし済みな大富豪がここにいる……。木戸は声も出ない。この調子なら自分の気持ちも気付いていない可能性もある。
まじかー。じゃあ、雫ちゃん関連のあの激しい嫉妬も気付いてねぇのか……遅咲きも遅咲きだな、オイ。可愛すぎるだろう、誠大さま。
「なんだ、おかしな奴だな……」
「あ、いや、大丈夫です。お使い遅いですね……」
木戸は冷めたコーヒーを啜った。
「悪いね、私の仕事なのに。ほら、そんな張り切らなくっていいってば……」
「いいの、いいの。染み抜きだけじゃ申し訳ないもん。しかし洗濯物すごい数だね」
雫は楽しそうに次から次に洗濯物を取り入れる。美智もつられて取り込むペースが早くなる。二人はカゴを持ち屋敷へと運び入れるため渡り廊下を歩いていた。雨の日にでも濡れずに済むこの廊下は有難い。
「メイドさんってやっぱ大変な仕事だよね……すごいね」
「何言ってんの。雫にはもっと重要な仕事があるじゃん。私は調教の方がムリ」
「あ、そっか……。んー、調教っていうか……遊び相手かな? ははは」
「いいわね。愛しの郡司さんのそばにいられるしね?」
美智が雫を揶揄うと周りを見渡し雫が美智の背中を叩く。どこで誰が聞いているか分からないというのに美智の声は大きかった。雫は声を落とすと頬を膨らませた。
「違うってば……愛しくないってば。郡司さんが王子さまみたいだって言っただけじゃないの」
「誠大さまよりまぁ王子っぽいよね、郡司さま。誠大さまはアレだもんね」
「でも、誠大さまは言葉はきついけど、まぁ……優しいし、あぁ見えて真面目で器用だよ。運動神経も──」
「ふーん、やけに誠大さまの肩を持つじゃん。何? もしかして惚れたの?」
美智は雫の言葉にすぐ反応した。雫は湯が沸いたヤカンのように顔を赤らめて否定した。雫が逃げるように立ち去ると美智は笑いを堪えて歩き出した。洗濯部屋のドアを開けた瞬間、廊下の奥の人影に気付いた。その人物は踵を返し立ち去った。
「あら……どこまで聞こえたんだろうね……」
その人影は誠大だった。休日でたまたまトレーニングルームで汗を流した後だった。立ち聞きする気はなかったが、結果的にはそうなってしまった。咄嗟に隠れたものの頭に二人の会話の一部が木霊する。
「愛しの──郡司、か……」
誠大は首に掛けたスポーツタオルで流れ落ちる汗を拭くと部屋へと戻った。
◇
「いや、俺……今日休みなんだけどな……いや、聞いてます?」
「木戸の番だぞ」
全く意味がわからない……。せっかくの休みに突然部屋に呼び出されたと思えばなぜか二人っきりでババ抜きをしている。もちろん二人でするようなゲームではない、ジョーカーの居所が分かってしまう。この屋敷には働き方改革の波は来ないようだ。
誠大の手持ちのカードの一枚が異様に飛び出ている。取れ……さもなくば分かっているな? と言われているようで木戸は渋々そのカードを取る。当たり前のようだがそのカードはジョーカーだった。ジョーカーが二人の間を行ったり来たりするババ抜きの何が楽しいのか分からない。
「どうせなら郡司さんや雫ちゃんも呼べば良くないですか? あの二人はどこへ?」
「……お使いだ。ケーキを買いに行かせた」
誠大は木戸の言葉に反応したがすぐにゲームに集中する。その様子に木戸が吹き出す。誠大は気になって仕方がないらしい、いつも一人の時には本や新聞を読むことに時間を費やすというのに……。
「寂しいんですか? 一緒に行けば──」
「そんなんじゃない……。ただ、調教師にもチャンスをやろうと思ってな」
木戸は誠大の言葉に反応する。木戸が興味を示してカードをシャッフルしながらニヤついた。誠大は見て見ぬふりをしていたが観念して一言呟いた。
「あいつは、郡司が好きらしい」
誠大は表情を変えない。木戸は誠大の瞳を見つめながら最後のカードを引く。その瞳は揺れていた。きっとババ抜きのせいじゃないだろう。木戸は誠大の不器用さに溜息をつく。木戸は引いたカードを誠大に見せると手持ちのカードを机に置いた。誠大の負けだ。木戸はクッションを抱きしめると頬杖をつき呆れたように前を見る。
「誠大さまは良かったんですか?」
「何がだ」
「誠大さまはしず──いえ、好きな女がいるでしょ?」
「は? 女など好きにならない。そんな感情は俺に必要ない」
「えー、嘘でしょ。誠大さまもしかして……童貞ですか?」
「そんな訳ないだろう。バカかお前は」
誠大は腕を組み木戸を睨む。童貞である訳がない。女が勝手に寄ってくるほど誠大はモテている。
「好き、な人……とヤったんですよね?」
「何度も言わせるな。女など好きになる訳ないだろう。そんな感情がなくても抱くことぐらいできる」
誠大の言葉に木戸は絶句する。
本気だ、本気で言っている。恋や愛も知らないくせに筆下ろし済みな大富豪がここにいる……。木戸は声も出ない。この調子なら自分の気持ちも気付いていない可能性もある。
まじかー。じゃあ、雫ちゃん関連のあの激しい嫉妬も気付いてねぇのか……遅咲きも遅咲きだな、オイ。可愛すぎるだろう、誠大さま。
「なんだ、おかしな奴だな……」
「あ、いや、大丈夫です。お使い遅いですね……」
木戸は冷めたコーヒーを啜った。
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