81 / 131
81.私とあなたの違い
しおりを挟む
牡丹の間のベッドの上で美智が大声を上げて立ち上がった。スプリングのせいで美智の体が大きく跳ねた。今日は美智が牡丹の間に泊りに来ていた。風呂上がりで髪を下ろしている美智はいつもより幼く見える。ヤンキーらしいゴールドのラインが入った黒のジャージがお似合いだ。恒例の女子トークに差し掛かったときに雫から爆弾級の告白が投下された。
「マジか!! マジで!? 誠大さまが好きって言ったの!?」
「み、美智……声が大っきいってば……ダメだよ、黙って!」
美智の口元を必死で押さえる雫は慌てて部屋のドアを開けて誰もいないことを確認した。ここ数日雫は元気があり過ぎた。気になった美智が泊まりに来たのだがまさか……こんなにも事態が変化しているとは思わなかった。
「いや、確かに出張の時誠大さますごく思いつめてたけどさ……いやー、とうとう言ったか」
「え、とうとうって……美智、もしかして知ってたの?」
「あー、うん。たまたまね! たまたーま知ったの」
美智は誰もが誠大の恋のことを知っているとは言えなかった。きっと言えば雫は自己嫌悪に陥るだろう。美智は雫の素直さが好きだがここまで鈍いと大変だ。
「それで? 何て答えたの?」
「それが──」
美智は雫が返事をせずに数日経ったことを知ると雫の頬を掴んで引っ張った。誠大の気持ちを考えるとこれだけじゃ足りない。健気な想いに応えない雫が悪人に思えた。そう思えるぐらい関西への出張中の誠大は雫のことを心配していた。誠大の必死の形相から雫への想いが溢れていた。
「ふい、ふぃたひー(痛い)」
「誠大さまの心の方が痛いわよ。なんで何も言わない訳? あんただって誠大さまのこと好きなくせに何やってんのよ! 小学生なの!?」
頬を常られ雫は上手く話せない。美智の眉間にシワが寄ったのを見て雫は口籠った。雫の瞳から大粒の涙が溢れ出した……美智は掴んでいた手を離すと雫を見つめた。突然泣き始めた雫の表情は泣き笑いに近かった。
美智は最近の雫が空元気だった事に気づいた。いつも笑顔で元気いっぱいなのが当たり前と思っていたがそれは間違っていたようだ……雫は泣きそうになるのを堪えていたのだった。
「何て言えばいいのか、分かんないの。誠大さまが好きなのに……好きだけど、隣にいるべきじゃない。あのお嬢さんが言うように、私は誠大さまにとって何の役にも立たないんだもん。金も、品位も、知性もないし……あの人の言う通り、足枷だもん。でも、断ることもできなくて、何度も言おうとしたけど、誠大さまのあの目を見たら……揺らいじゃって」
「雫……」
「この屋敷も好きだし誠大さまも好き、大好き。だけど舞踏会で美智も見たでしょ? あの世界が……誠大さまの本当の居場所なの。……町の野良猫と魔王の膝の上で眠る毛の長い猫が恋に落ちたらどうなると思う?」
「いや、その例えはさすがの私も分かんないんだけどなぁ……リアルな世界と空想世界が混ざるとなぁ」
美智は困ったように頭を掻いた。雫の言う意味は分かる。実際に最後の財閥言われるほど財力のある誠大の住む世界は我々とは違い過ぎる。そのズレはいつか大きくなっているのは理解できた。雫が誠大の世界に飛び込めたとして……あの世界で生きていくのは辛いだろう。
美智ですらあの煌びやかな世界は眩しいところでもあり、同時に恐ろしさを感じたのも事実だった。鼻を啜る雫の頭を撫でてやる。
「雫があっちの世界に行くんなら、私も行くよ。人間の欲にまみれた世界からアンタを守ってあげる──昔先代の頭から白狐を引き継いだ時もそう……怖かったけど、今は、逃げ出さなくて本当に良かったと思う。後を向いてばっかじゃ、カッコ悪いもん」
「美智……」
「誠大さまはいい人だよ。知らない世界を怖がるより、愛しなよ。無理なら無理でいいじゃん……このまま引き下がっても、本当に後悔しない? 雫は……誠大さまと離れてもいいの?」
美智が赤くなった雫の鼻を突いた。雫はますます泣き出した。誠大に何度素直な気持ちを言おうと思ったか分からなかった。雫は張り詰めていた緊張が一気に解けた気がした。
いつもふわふわした雫がこんなに泣くだなんてよほど思い詰めていたのだと美智は思った。必死で自分の気持ちを押さえ込もうと努力していたのだろう。美智が雫を抱きしめた。
「う……一緒にいたい」
「うん」
「本当は好きだって言いたい」
「うん」
「好き……って言ってくれて、嬉しかった」
「そっか」
「もし、私が恐怖に負けそうになったら……美智、さっきみたいに頬をつねってくれる?」
「……いいわよ、思いっきりやってあげる」
雫は嬉しそうに微笑んだ。美智は雫から離れると、もらい泣きをしそうなのをごまかすように枕に突っ伏した。
誠大さまに伝えよう。遅くなってごめんなさい……臆病でごめんなさい。私も誠大さまが愛おしくて、胸が痛くなるほど好きだって。誠大さまが──好きです。
雫は誠大に想いを伝えることを決めた。
「マジか!! マジで!? 誠大さまが好きって言ったの!?」
「み、美智……声が大っきいってば……ダメだよ、黙って!」
美智の口元を必死で押さえる雫は慌てて部屋のドアを開けて誰もいないことを確認した。ここ数日雫は元気があり過ぎた。気になった美智が泊まりに来たのだがまさか……こんなにも事態が変化しているとは思わなかった。
「いや、確かに出張の時誠大さますごく思いつめてたけどさ……いやー、とうとう言ったか」
「え、とうとうって……美智、もしかして知ってたの?」
「あー、うん。たまたまね! たまたーま知ったの」
美智は誰もが誠大の恋のことを知っているとは言えなかった。きっと言えば雫は自己嫌悪に陥るだろう。美智は雫の素直さが好きだがここまで鈍いと大変だ。
「それで? 何て答えたの?」
「それが──」
美智は雫が返事をせずに数日経ったことを知ると雫の頬を掴んで引っ張った。誠大の気持ちを考えるとこれだけじゃ足りない。健気な想いに応えない雫が悪人に思えた。そう思えるぐらい関西への出張中の誠大は雫のことを心配していた。誠大の必死の形相から雫への想いが溢れていた。
「ふい、ふぃたひー(痛い)」
「誠大さまの心の方が痛いわよ。なんで何も言わない訳? あんただって誠大さまのこと好きなくせに何やってんのよ! 小学生なの!?」
頬を常られ雫は上手く話せない。美智の眉間にシワが寄ったのを見て雫は口籠った。雫の瞳から大粒の涙が溢れ出した……美智は掴んでいた手を離すと雫を見つめた。突然泣き始めた雫の表情は泣き笑いに近かった。
美智は最近の雫が空元気だった事に気づいた。いつも笑顔で元気いっぱいなのが当たり前と思っていたがそれは間違っていたようだ……雫は泣きそうになるのを堪えていたのだった。
「何て言えばいいのか、分かんないの。誠大さまが好きなのに……好きだけど、隣にいるべきじゃない。あのお嬢さんが言うように、私は誠大さまにとって何の役にも立たないんだもん。金も、品位も、知性もないし……あの人の言う通り、足枷だもん。でも、断ることもできなくて、何度も言おうとしたけど、誠大さまのあの目を見たら……揺らいじゃって」
「雫……」
「この屋敷も好きだし誠大さまも好き、大好き。だけど舞踏会で美智も見たでしょ? あの世界が……誠大さまの本当の居場所なの。……町の野良猫と魔王の膝の上で眠る毛の長い猫が恋に落ちたらどうなると思う?」
「いや、その例えはさすがの私も分かんないんだけどなぁ……リアルな世界と空想世界が混ざるとなぁ」
美智は困ったように頭を掻いた。雫の言う意味は分かる。実際に最後の財閥言われるほど財力のある誠大の住む世界は我々とは違い過ぎる。そのズレはいつか大きくなっているのは理解できた。雫が誠大の世界に飛び込めたとして……あの世界で生きていくのは辛いだろう。
美智ですらあの煌びやかな世界は眩しいところでもあり、同時に恐ろしさを感じたのも事実だった。鼻を啜る雫の頭を撫でてやる。
「雫があっちの世界に行くんなら、私も行くよ。人間の欲にまみれた世界からアンタを守ってあげる──昔先代の頭から白狐を引き継いだ時もそう……怖かったけど、今は、逃げ出さなくて本当に良かったと思う。後を向いてばっかじゃ、カッコ悪いもん」
「美智……」
「誠大さまはいい人だよ。知らない世界を怖がるより、愛しなよ。無理なら無理でいいじゃん……このまま引き下がっても、本当に後悔しない? 雫は……誠大さまと離れてもいいの?」
美智が赤くなった雫の鼻を突いた。雫はますます泣き出した。誠大に何度素直な気持ちを言おうと思ったか分からなかった。雫は張り詰めていた緊張が一気に解けた気がした。
いつもふわふわした雫がこんなに泣くだなんてよほど思い詰めていたのだと美智は思った。必死で自分の気持ちを押さえ込もうと努力していたのだろう。美智が雫を抱きしめた。
「う……一緒にいたい」
「うん」
「本当は好きだって言いたい」
「うん」
「好き……って言ってくれて、嬉しかった」
「そっか」
「もし、私が恐怖に負けそうになったら……美智、さっきみたいに頬をつねってくれる?」
「……いいわよ、思いっきりやってあげる」
雫は嬉しそうに微笑んだ。美智は雫から離れると、もらい泣きをしそうなのをごまかすように枕に突っ伏した。
誠大さまに伝えよう。遅くなってごめんなさい……臆病でごめんなさい。私も誠大さまが愛おしくて、胸が痛くなるほど好きだって。誠大さまが──好きです。
雫は誠大に想いを伝えることを決めた。
0
お気に入りに追加
299
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
旦那様は大変忙しいお方なのです
あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。
しかし、その当人が結婚式に現れません。
侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」
呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。
相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。
我慢の限界が――来ました。
そちらがその気ならこちらにも考えがあります。
さあ。腕が鳴りますよ!
※視点がころころ変わります。
※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。
アズやっこ
恋愛
私は旦那様を愛していました。
今日は三年目の結婚記念日。帰らない旦那様をそれでも待ち続けました。
私は旦那様を愛していました。それでも旦那様は私を愛してくれないのですね。
これはお別れではありません。役目が終わったので交代するだけです。役立たずの妻で申し訳ありませんでした。
拝啓 お顔もお名前も存じ上げない婚約者様
オケラ
恋愛
15歳のユアは上流貴族のお嬢様。自然とたわむれるのが大好きな女の子で、毎日山で植物を愛でている。しかし、こうして自由に過ごせるのもあと半年だけ。16歳になると正式に結婚することが決まっている。彼女には生まれた時から婚約者がいるが、まだ一度も会ったことがない。名前も知らないのは幼き日の彼女のわがままが原因で……。半年後に結婚を控える中、彼女は山の中でとある殿方と出会い……。
お飾り公爵夫人の憂鬱
初瀬 叶
恋愛
空は澄み渡った雲1つない快晴。まるで今の私の心のようだわ。空を見上げた私はそう思った。
私の名前はステラ。ステラ・オーネット。夫の名前はディーン・オーネット……いえ、夫だった?と言った方が良いのかしら?だって、その夫だった人はたった今、私の足元に埋葬されようとしているのだから。
やっと!やっと私は自由よ!叫び出したい気分をグッと堪え、私は沈痛な面持ちで、黒い棺を見つめた。
そう自由……自由になるはずだったのに……
※ 中世ヨーロッパ風ですが、私の頭の中の架空の異世界のお話です
※相変わらずのゆるふわ設定です。細かい事は気にしないよ!という読者の方向けかもしれません
※直接的な描写はありませんが、性的な表現が出てくる可能性があります
私が我慢する必要ありますか?【2024年12月25日電子書籍配信決定しました】
青太郎
恋愛
ある日前世の記憶が戻りました。
そして気付いてしまったのです。
私が我慢する必要ありますか?
※ 株式会社MARCOT様より電子書籍化決定!
コミックシーモア様にて12/25より配信されます。
コミックシーモア様限定の短編もありますので興味のある方はぜひお手に取って頂けると嬉しいです。
リンク先
https://www.cmoa.jp/title/1101438094/vol/1/
再会したスパダリ社長は強引なプロポーズで私を離す気はないようです
星空永遠
恋愛
6年前、ホームレスだった藤堂樹と出会い、一緒に暮らしていた。しかし、ある日突然、藤堂は桜井千夏の前から姿を消した。それから6年ぶりに再会した藤堂は藤堂ブランド化粧品の社長になっていた!?結婚を前提に交際した二人は45階建てのタマワン最上階で再び同棲を始める。千夏が知らない世界を藤堂は教え、藤堂のスパダリ加減に沼っていく千夏。藤堂は千夏が好きすぎる故に溺愛を超える執着愛で毎日のように愛を囁き続けた。
2024年4月21日 公開
2024年4月21日 完結
☆ベリーズカフェ、魔法のiらんどにて同作品掲載中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる