財閥の犬と遊びましょう

菅井群青

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81.私とあなたの違い

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 牡丹の間のベッドの上で美智が大声を上げて立ち上がった。スプリングのせいで美智の体が大きく跳ねた。今日は美智が牡丹の間に泊りに来ていた。風呂上がりで髪を下ろしている美智はいつもより幼く見える。ヤンキーらしいゴールドのラインが入った黒のジャージがお似合いだ。恒例の女子トークに差し掛かったときに雫から爆弾級の告白が投下された。

「マジか!! マジで!? 誠大さまが好きって言ったの!?」

「み、美智……声が大っきいってば……ダメだよ、黙って!」

 美智の口元を必死で押さえる雫は慌てて部屋のドアを開けて誰もいないことを確認した。ここ数日雫は元気があり過ぎた。気になった美智が泊まりに来たのだがまさか……こんなにも事態が変化しているとは思わなかった。

「いや、確かに出張の時誠大さますごく思いつめてたけどさ……いやー、とうとう言ったか」

「え、とうとうって……美智、もしかして知ってたの?」

「あー、うん。たまたまね! たまたーま知ったの」

 美智は誰もが誠大の恋のことを知っているとは言えなかった。きっと言えば雫は自己嫌悪に陥るだろう。美智は雫の素直さが好きだがここまで鈍いと大変だ。

「それで? 何て答えたの?」

「それが──」

 美智は雫が返事をせずに数日経ったことを知ると雫の頬を掴んで引っ張った。誠大の気持ちを考えるとこれだけじゃ足りない。健気な想いに応えない雫が悪人に思えた。そう思えるぐらい関西への出張中の誠大は雫のことを心配していた。誠大の必死の形相から雫への想いが溢れていた。

「ふい、ふぃたひー(痛い)」

「誠大さまの心の方が痛いわよ。なんで何も言わない訳? あんただって誠大さまのこと好きなくせに何やってんのよ! 小学生なの!?」

 頬を常られ雫は上手く話せない。美智の眉間にシワが寄ったのを見て雫は口籠った。雫の瞳から大粒の涙が溢れ出した……美智は掴んでいた手を離すと雫を見つめた。突然泣き始めた雫の表情は泣き笑いに近かった。

 美智は最近の雫が空元気だった事に気づいた。いつも笑顔で元気いっぱいなのが当たり前と思っていたがそれは間違っていたようだ……雫は泣きそうになるのを堪えていたのだった。

「何て言えばいいのか、分かんないの。誠大さまが好きなのに……好きだけど、隣にいるべきじゃない。あのお嬢さんが言うように、私は誠大さまにとって何の役にも立たないんだもん。金も、品位も、知性もないし……あの人の言う通り、足枷だもん。でも、断ることもできなくて、何度も言おうとしたけど、誠大さまのあの目を見たら……揺らいじゃって」

「雫……」

「この屋敷も好きだし誠大さまも好き、大好き。だけど舞踏会で美智も見たでしょ? あの世界が……誠大さまの本当の居場所なの。……町の野良猫と魔王の膝の上で眠る毛の長い猫が恋に落ちたらどうなると思う?」

「いや、その例えはさすがの私も分かんないんだけどなぁ……リアルな世界と空想世界が混ざるとなぁ」

 美智は困ったように頭を掻いた。雫の言う意味は分かる。実際に最後の財閥言われるほど財力のある誠大の住む世界は我々とは違い過ぎる。そのズレはいつか大きくなっているのは理解できた。雫が誠大の世界に飛び込めたとして……あの世界で生きていくのは辛いだろう。

 美智ですらあの煌びやかな世界は眩しいところでもあり、同時に恐ろしさを感じたのも事実だった。鼻を啜る雫の頭を撫でてやる。

「雫があっちの世界に行くんなら、私も行くよ。人間の欲にまみれた世界からアンタを守ってあげる──昔先代の頭から白狐を引き継いだ時もそう……怖かったけど、今は、逃げ出さなくて本当に良かったと思う。後を向いてばっかじゃ、カッコ悪いもん」

「美智……」

「誠大さまはいい人だよ。知らない世界を怖がるより、愛しなよ。無理なら無理でいいじゃん……このまま引き下がっても、本当に後悔しない? 雫は……誠大さまと離れてもいいの?」

 美智が赤くなった雫の鼻を突いた。雫はますます泣き出した。誠大に何度素直な気持ちを言おうと思ったか分からなかった。雫は張り詰めていた緊張が一気に解けた気がした。

 いつもふわふわした雫がこんなに泣くだなんてよほど思い詰めていたのだと美智は思った。必死で自分の気持ちを押さえ込もうと努力していたのだろう。美智が雫を抱きしめた。


「う……一緒にいたい」

「うん」

「本当は好きだって言いたい」

「うん」

「好き……って言ってくれて、嬉しかった」

「そっか」

「もし、私が恐怖に負けそうになったら……美智、さっきみたいに頬をつねってくれる?」

「……いいわよ、思いっきりやってあげる」

 雫は嬉しそうに微笑んだ。美智は雫から離れると、もらい泣きをしそうなのをごまかすように枕に突っ伏した。

 誠大さまに伝えよう。遅くなってごめんなさい……臆病でごめんなさい。私も誠大さまが愛おしくて、胸が痛くなるほど好きだって。誠大さまが──好きです。

 雫は誠大に想いを伝えることを決めた。

 

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