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16.ほかほか
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「あぁ……イッテェな……いっつもあの人灰皿の角を使うんだよな……」
木戸は長期の仕事終わりという事で一日休みをもらった。殴られた頭を撫でながら重いカバンを肩に掛け直すと屋敷の門を潜る。
木戸はこの東郷家で住み込みで働いていた。誠大と出会ってもう二年が経つ。最初こそ金持ちの考える事は分からなかったがようやく馴染んできた。木戸は犬舎に向かう。
「しばらく留守にしただけで違って見えるな」
木戸の仕事は夜中でも関係ない。素早く動く必要があるので犬舎の二階にある個室を住居にしていた。かなり狭いが寝るだけなので十分だ。木戸自身この部屋が昔住んでいたボロアパートに似ていて居心地がいい。あんな煌びやかな屋敷で寝ても居心地が悪かった。
犬舎に入ると大型犬たちが檻の中で気持ちよさそうに日向ぼっこをしている。ここで飼われている犬は幸せだ。人間が使うようなふかふかのマットが犬用ベッドとして敷かれている。さぞかし首も腰も痛くないだろう。
その様子を見ながら部屋へと向かっているとある檻の中で変わった犬が日向ぼっこをして寝転がっていた。木戸は思わず二度見して目を擦った。
「……寒いから服着てんのか? ん?……んん!?」
オーバーオールを着たお団子頭の女が地面に横たわっていた。そばにはジャックがいてその女の服の裾を咥えていた……。
「服を着た犬──じゃない……うわ、噛まれて……襲われてんのか!?」
木戸は荷物を放り投げて檻の鍵を外す。慌てて女に駆け寄ると体を起こした。
「おい! 大丈夫か! しっかりしろ! おい!」
木戸は首が引っこ抜けそうなほど前後に揺らす。すぐに女の瞼がピクリと動くと目が開いた。
「んにゃ……はい?」
ジャックの檻の中で倒れていたのは雫だった。雫は寝惚けながら木戸を見上げた。犬舎の天窓から降り注ぐ日差しを浴びた白い肌が輝いて見える。木戸はガラス玉のような瞳の奥にある虹彩の模様に見惚れて動けなくなった。天使かと見間違うほど神々しかった。
「あ、え……生きてる……? おいおい、ま、待て……ジャック、勘弁──」
ジャックが唸り声を出した。雫に触れている木戸の腕を大きな口でガブリと噛んだ。
「イッテェーー!!」
その後……ジャックを広場に解き放つと雫と木戸はベンチに腰掛けた。雫は申し訳なさそうに噛まれた木戸の腕を消毒している。消毒液に浸した綿花をピンセットで摘み丁寧に消毒する。木戸は少し傷が滲みるようだ。
「すみません……あの、気持ち良くて眠ってしまっていて……助けようとしてくださってありがとうございます」
雫が申し訳なさそうに頭を下げる。木戸は照れているのかそっぽを向いて口を尖らせる。
格好良く助け出せれば良かったがこうして手当てをしてもらっているのでまぁ良しとしよう。
「いや、いいけどよ……まさかジャックが懐く人間がいるなんて思いもしなかったから……」
木戸が楽しそうに走り回るジャックを見て驚く。雫が赤いボールを手にすると遠くに投げる。嬉しそうにボールを追っかけるジャックを見て高笑いをした。
「すっげぇな……俺のいない間に来た調教師さんか?」
「春日雫と申します。少し前からメイドとしてこのお屋敷でお世話になっています」
雫が微笑むと木戸も微笑む。二人は自然と握手を交わした。
「木戸だ。誠大さまの護衛をしている。この犬舎の二階の部屋に住んでいるんだ」
「あぁ、そうだったんですね」
「あ、そうだ。ところで、昨日誠大さまを殴った女っていうのはどこのどいつか知ってるか? どこかの令嬢か?」
「……いやぁ、全く存じ上げませんです、ハイ」
雫は思わず手当ての手を止めると乾いた笑いでごまかす。木戸は面白そうに顎髭を撫でる。
「誠大さまを殴るなんて命知らずだぜ……誠大さまを怒らせればその辺の大企業の株が下がるって位影響があるのに……何があったのかねぇ……その女、夜道で消されるかもしんねぇな」
「あはは……はは……そうですね……消されちゃうのか……はは」
雫は木戸の腕の傷に絆創膏を貼ってやる。牙が食い込んだので菌が奥に入ってしまったかもしれない。雫は心配そうに木戸の腕を撫でる。その指の動きに木戸は息を飲む。
「腫れなきゃいいですけどね、すみませんでした……」
「い、いや……雫ちゃんが無事なら……その……男冥利に尽きるっていうか……」
木戸の顔が赤くなった。二人の様子を察知したのかジャックがベンチへと慌てて戻ってきた。木戸と雫の隙間に入り込むとベンチの中央に陣取った。
「あら、ジャック。楽しかった?」
「ワン!」
「……さすが、飼い主に似てやがるな……めざといな」
その様子を遠く離れた部屋から見つめる人影があった。桔梗の間の窓からじっと犬舎の方角を見つめていた。ドアをノックする音が響くと誠大は慌てて引き出しからUSBを取り出した。郡司が腕時計を確認しながら部屋に入ってくると誠大に歩み寄る。
「誠大さま、USBは見つかりましたか?」
「ああ……戻るぞ。時間がない」
誠大はデスクの引き出しを閉めると部屋を後にした。探し物を得る前よりも陰鬱な表情をする誠大に郡司は首を傾げた。
木戸は長期の仕事終わりという事で一日休みをもらった。殴られた頭を撫でながら重いカバンを肩に掛け直すと屋敷の門を潜る。
木戸はこの東郷家で住み込みで働いていた。誠大と出会ってもう二年が経つ。最初こそ金持ちの考える事は分からなかったがようやく馴染んできた。木戸は犬舎に向かう。
「しばらく留守にしただけで違って見えるな」
木戸の仕事は夜中でも関係ない。素早く動く必要があるので犬舎の二階にある個室を住居にしていた。かなり狭いが寝るだけなので十分だ。木戸自身この部屋が昔住んでいたボロアパートに似ていて居心地がいい。あんな煌びやかな屋敷で寝ても居心地が悪かった。
犬舎に入ると大型犬たちが檻の中で気持ちよさそうに日向ぼっこをしている。ここで飼われている犬は幸せだ。人間が使うようなふかふかのマットが犬用ベッドとして敷かれている。さぞかし首も腰も痛くないだろう。
その様子を見ながら部屋へと向かっているとある檻の中で変わった犬が日向ぼっこをして寝転がっていた。木戸は思わず二度見して目を擦った。
「……寒いから服着てんのか? ん?……んん!?」
オーバーオールを着たお団子頭の女が地面に横たわっていた。そばにはジャックがいてその女の服の裾を咥えていた……。
「服を着た犬──じゃない……うわ、噛まれて……襲われてんのか!?」
木戸は荷物を放り投げて檻の鍵を外す。慌てて女に駆け寄ると体を起こした。
「おい! 大丈夫か! しっかりしろ! おい!」
木戸は首が引っこ抜けそうなほど前後に揺らす。すぐに女の瞼がピクリと動くと目が開いた。
「んにゃ……はい?」
ジャックの檻の中で倒れていたのは雫だった。雫は寝惚けながら木戸を見上げた。犬舎の天窓から降り注ぐ日差しを浴びた白い肌が輝いて見える。木戸はガラス玉のような瞳の奥にある虹彩の模様に見惚れて動けなくなった。天使かと見間違うほど神々しかった。
「あ、え……生きてる……? おいおい、ま、待て……ジャック、勘弁──」
ジャックが唸り声を出した。雫に触れている木戸の腕を大きな口でガブリと噛んだ。
「イッテェーー!!」
その後……ジャックを広場に解き放つと雫と木戸はベンチに腰掛けた。雫は申し訳なさそうに噛まれた木戸の腕を消毒している。消毒液に浸した綿花をピンセットで摘み丁寧に消毒する。木戸は少し傷が滲みるようだ。
「すみません……あの、気持ち良くて眠ってしまっていて……助けようとしてくださってありがとうございます」
雫が申し訳なさそうに頭を下げる。木戸は照れているのかそっぽを向いて口を尖らせる。
格好良く助け出せれば良かったがこうして手当てをしてもらっているのでまぁ良しとしよう。
「いや、いいけどよ……まさかジャックが懐く人間がいるなんて思いもしなかったから……」
木戸が楽しそうに走り回るジャックを見て驚く。雫が赤いボールを手にすると遠くに投げる。嬉しそうにボールを追っかけるジャックを見て高笑いをした。
「すっげぇな……俺のいない間に来た調教師さんか?」
「春日雫と申します。少し前からメイドとしてこのお屋敷でお世話になっています」
雫が微笑むと木戸も微笑む。二人は自然と握手を交わした。
「木戸だ。誠大さまの護衛をしている。この犬舎の二階の部屋に住んでいるんだ」
「あぁ、そうだったんですね」
「あ、そうだ。ところで、昨日誠大さまを殴った女っていうのはどこのどいつか知ってるか? どこかの令嬢か?」
「……いやぁ、全く存じ上げませんです、ハイ」
雫は思わず手当ての手を止めると乾いた笑いでごまかす。木戸は面白そうに顎髭を撫でる。
「誠大さまを殴るなんて命知らずだぜ……誠大さまを怒らせればその辺の大企業の株が下がるって位影響があるのに……何があったのかねぇ……その女、夜道で消されるかもしんねぇな」
「あはは……はは……そうですね……消されちゃうのか……はは」
雫は木戸の腕の傷に絆創膏を貼ってやる。牙が食い込んだので菌が奥に入ってしまったかもしれない。雫は心配そうに木戸の腕を撫でる。その指の動きに木戸は息を飲む。
「腫れなきゃいいですけどね、すみませんでした……」
「い、いや……雫ちゃんが無事なら……その……男冥利に尽きるっていうか……」
木戸の顔が赤くなった。二人の様子を察知したのかジャックがベンチへと慌てて戻ってきた。木戸と雫の隙間に入り込むとベンチの中央に陣取った。
「あら、ジャック。楽しかった?」
「ワン!」
「……さすが、飼い主に似てやがるな……めざといな」
その様子を遠く離れた部屋から見つめる人影があった。桔梗の間の窓からじっと犬舎の方角を見つめていた。ドアをノックする音が響くと誠大は慌てて引き出しからUSBを取り出した。郡司が腕時計を確認しながら部屋に入ってくると誠大に歩み寄る。
「誠大さま、USBは見つかりましたか?」
「ああ……戻るぞ。時間がない」
誠大はデスクの引き出しを閉めると部屋を後にした。探し物を得る前よりも陰鬱な表情をする誠大に郡司は首を傾げた。
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