忙しい男

菅井群青

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泣く背中

愛を語ろう

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 とうとう俺はマイホームを持つことが出来た。白を基調としたシンプルな家だ。自分の手で建てたかったが、仕事の都合上忙し過ぎてなかなかできなかった。

 今は全国的に職人不足だ。俺も休み返上で現場に赴くことも多くなった。朝早く出て行く俺のために紗英は弁当を作ってくれる。紗英は朝が苦手だ。そんな紗英が寝惚けながら作ってくれる弁当は美味しい。

 ただ、何度か弁当に箸がなかったり、下の段の白飯が入っていなかったことがある。先輩はそんな弁当を見て「愛情詰まってるな」と揶揄った。本当にそうだと思う。感謝の気持ちしか出てこない。寝てていいと何度も言ったが紗英は聞かなかった。

「遼は疲れてても作ってくれてるもん。遼が頑張ってるんだから……」

 ある日紗英は過去の俺たちにそっくりなカップルの話をした。男女の違いはあるものの、俺は紗英が落ち込んでいるのが気になった。……あの晩のことを思い出しているようだ。

 紗英は何年経ってもあの晩のことを忘れていない。俺は気にもしていないのに紗英は今でも思い返すことがあるようだ。言葉には出さないが紗英の瞳にはあの時の色が見えることがある。

 寂しくない?
 幸せにできている?

 不安そうに俺を見つめていた。当たり前だ。紗英がそばにいるんだから。俺はその晩紗英の入浴中に突然風呂場に押しかけた。

「俺めちゃ幸せだー、寂しくないし紗英もいるし」

 風呂場で肩をマッサージをしている時に気持ちを伝えると紗英は泣いていた。紗英の心の中に数年前の俺の姿が残っているんだろう。



 ある晩紗英が遅くなった。職業柄仕事が忙しい時期だ、仕方がない。皆が残業しているのに定時で帰る訳にはいかないのだろう。

 紗英は俺が晩御飯を作って待っていると、ふにゃっと申し訳なさそうに笑う。さすがに疲れているようだ、目が開いていない……頭痛があるのかもしれない。

 紗英が帰ってくると瑠璃が紗英に駆け寄る。

「パパのお魚美味しいよ」

「あら、そう? 楽しみね」

 紗英は微笑み頭を撫でると瑠璃は「ブーン」といい遼の元へと向かう。最近は虫になりきるのが好きだ。ヒロインブームは去った。

 遼が我が家の可愛い虫を捕まえると嬉しそうに笑う。

「捕獲っ!」

 捕まった瑠璃は楽しそうにキャッキャと笑う。二人の笑い方はそっくりだ。遼は紗英を指差して「ほら、巣に戻って!」と瑠璃の背中を押す。すると瑠璃は満面の笑みで紗英の方へと飛んでくる。紗英が小さな体を抱き留めると瑠璃が笑う。

「ほかくー」
「捕獲!」

 遼と瑠璃の声が重なる。紗英は瑠璃を抱き抱え、吹き出した。

「捕獲!」

 紗英は大きな声を出した。頭痛が二人のおかげで楽になった気がした。

 遼の魚の煮物を食べながら紗英は遼に例のカップルについて話し出す。どうやら別れの危機を脱して上手くいっているようだ……。

 遼も他人事のようには思えずホッとする。どうか、幸せになってほしい、諦めずに頑張ってほしい。その先には幸せな日々があるはずだ──。





「おかえり」

「ただいま」

 遼が玄関まで出てくる。いつも一緒のはずの瑠璃の姿が見えない。

「し……瑠璃今日プールだったから疲れて寝ちゃったよ」

「あ……そっか……」

 二人は小声になる。そのまま紗英は晩御飯を食べると満足そうにお腹を撫でる。片付けた後、紗英はソファーに腰掛ける。ようやく、長い一日が終わる──。

 遼は隣に腰掛けると徐ろに紗英の肩を抱き寄せる。遼からは石鹸のいい香りがした。ずっと嗅いでいたいそんな香りだ。

「遼……あったかいね」

「うん、風呂上がりだしね──紗英、もしかして一緒に入りたい?」

 紗英は少し考えた後に頷く。

「そうね、入りたいわ」

 紗英がいつもより素直なので遼は照れているようだ。なぜか既に上のTシャツを脱ぎ始めている。上半身裸になるとニッコリ微笑んだ。

「さぁ、脱いでー行くよ」

「いや、なんでここで? バカなの?……ちょ、ちょっと!……遼!」

「やっぱ屋上にジャグジー欲しかったな……」

 遼は待ちきれないようで、そのまま紗英を抱き抱えると風呂場へと運んでいく。賑やかな声が聞こえていたが、しばらくすると静かになった。

 二人だけの穏やかな時間が流れていく。

 これからも、私たちは愛し合う。思い合える幸せを噛み締めながら……。
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