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泣く背中
瑠璃色
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その日は会社の先輩である兵藤に付き添い出掛けていた。車ではなく電車で乗り継ぎをした方が早いと電車をりようしていたのだが、紗英は立ちくらみを起こしていた。人の多さに酔うなんて事は初めてだった。何とか堪えていたがみるみる顔色が悪くなり手足が震える紗英に兵藤が気が付いた。
「大丈夫か? 菊田、顔色悪いぞ?」
「大丈夫です……すみません」
駅のホームで電車を待っている時に紗英はバランスを崩し掛けた。隣に立つ兵頭が腕を掴み、咄嗟にその体を支えた。夕方の帰宅時間に重なり出しこのままでは悪酔してしまいそうだ。
「大丈夫じゃない……電車一本ずらすぞ」
兵頭は紗英の肩を抱きかかえるようにして電車を待つ列から離脱した。ベンチを見つけて紗英を座らせると隣の自販機で水のペットボトルを購入し紗英に手渡す。
「すみません、兵頭さん……もう帰宅時間なのに──」
「……菊田、気を使いすぎだ。気にするな。大したことじゃない」
紗英は水を一口含むとちょっと楽になった。最近頭痛が続いていた。きっと疲れがうまく取れていなかったんだろう。電車の中の冷房が効きすぎていたのかもしれない。兵藤は紗英の肩を叩くとついでに買った缶コーヒーに口を付けた。
「菊田はさ、ちょっと頑張りすぎちゃうのかもな」
「頑張りすぎ……ですかね」
「無理して頑張るのと、引き出しが増えて頑張るのは違うだろう。まだ若いんだ……焦るな。ちょっとずつでいいし、この仕事は最新の情報も必要だが経験値も大切なんだ。菊田は若い──これからだから無理をするな」
「……兵頭さん……」
無理をするな
頑張るな
若いんだから
女だから
何かを言われれば言われるほど頑張らなきゃと自分を奮い起こしていた。遼の爆発後少し力が抜けたもののまた自然と無意識に無理をしていた。
今の兵頭の言葉は──ストンと胸に嵌った。本当にそこまで頑張らなくてもいいのだと紗英は思った。
落ち着いた紗英は会社に戻り顧客の資料を引き出しに入れ鍵をかけた。パソコン画面に映し出されたカレンダーを見て紗英はあることに気づく……慌ててカバンを持ち会社を出た。
「ただいま」
「おかえり、遅かったね。今ご飯温めるから──」
「遼……ちょっと座って」
電子レンジを操作していた遼は紗英の様子がおかしいことにすぐに気づいた。神妙な面持ちで椅子に座る。
「遼──これ……」
紗英は持っていた鞄から白い何かを取り出した。テーブルの上に体温計らしきものが置かれていた……中央部の小窓にはピンクのラインが浮き出ている。
「これ、何?」
「……妊娠検査薬」
「…………」
「…………」
遼はテーブルの上の妊娠検査薬を見つめたまま動かない。まるで蝋人形のようだ。紗英は何も言わない遼の顔の前で手を振った。
「……おーい、大丈夫かーい、パパになれるのかーい」
紗英の声に遼はようやく覚醒した。呼吸まで止まっていたようで急に息が荒れている。みるみる生気を取り戻した遼が大声で叫ぶ。
「紗英! 紗英! これ、あれだよな!? 陽性なんだよな!?」
「そうよ」
「紗英……俺、父親になるんだよな?」
「……そうよ」
遼が頭を覆うと席を立ち紗英の元へとやってきて優しく抱きしめる。慈しむように背中を上下に撫でる。強く抱くと壊れてしまいそうで我慢しているのが分かった。その気遣いが嬉しかった。
遼は紗英にキスをした。突然のことに感動したようだ、遼の目尻が少し濡れていた。
「遼……泣いてるの?」
「泣いてない。パパだからな」
紗英は遼を抱き寄せて背中を撫でてやる。遼はこの日から事あるごとに「パパだからな」と言うようになる。きっと誇らしいのだろう。守るべき存在が増えることに期待もありつつ、責任感が増え言葉にする事で自分を鼓舞しているようだ。
「遼? 私まだお風呂は一人で入れるわよ?」
「だめだ、俺はパパだから」
……全く、本当に困ったものだ。
「大丈夫か? 菊田、顔色悪いぞ?」
「大丈夫です……すみません」
駅のホームで電車を待っている時に紗英はバランスを崩し掛けた。隣に立つ兵頭が腕を掴み、咄嗟にその体を支えた。夕方の帰宅時間に重なり出しこのままでは悪酔してしまいそうだ。
「大丈夫じゃない……電車一本ずらすぞ」
兵頭は紗英の肩を抱きかかえるようにして電車を待つ列から離脱した。ベンチを見つけて紗英を座らせると隣の自販機で水のペットボトルを購入し紗英に手渡す。
「すみません、兵頭さん……もう帰宅時間なのに──」
「……菊田、気を使いすぎだ。気にするな。大したことじゃない」
紗英は水を一口含むとちょっと楽になった。最近頭痛が続いていた。きっと疲れがうまく取れていなかったんだろう。電車の中の冷房が効きすぎていたのかもしれない。兵藤は紗英の肩を叩くとついでに買った缶コーヒーに口を付けた。
「菊田はさ、ちょっと頑張りすぎちゃうのかもな」
「頑張りすぎ……ですかね」
「無理して頑張るのと、引き出しが増えて頑張るのは違うだろう。まだ若いんだ……焦るな。ちょっとずつでいいし、この仕事は最新の情報も必要だが経験値も大切なんだ。菊田は若い──これからだから無理をするな」
「……兵頭さん……」
無理をするな
頑張るな
若いんだから
女だから
何かを言われれば言われるほど頑張らなきゃと自分を奮い起こしていた。遼の爆発後少し力が抜けたもののまた自然と無意識に無理をしていた。
今の兵頭の言葉は──ストンと胸に嵌った。本当にそこまで頑張らなくてもいいのだと紗英は思った。
落ち着いた紗英は会社に戻り顧客の資料を引き出しに入れ鍵をかけた。パソコン画面に映し出されたカレンダーを見て紗英はあることに気づく……慌ててカバンを持ち会社を出た。
「ただいま」
「おかえり、遅かったね。今ご飯温めるから──」
「遼……ちょっと座って」
電子レンジを操作していた遼は紗英の様子がおかしいことにすぐに気づいた。神妙な面持ちで椅子に座る。
「遼──これ……」
紗英は持っていた鞄から白い何かを取り出した。テーブルの上に体温計らしきものが置かれていた……中央部の小窓にはピンクのラインが浮き出ている。
「これ、何?」
「……妊娠検査薬」
「…………」
「…………」
遼はテーブルの上の妊娠検査薬を見つめたまま動かない。まるで蝋人形のようだ。紗英は何も言わない遼の顔の前で手を振った。
「……おーい、大丈夫かーい、パパになれるのかーい」
紗英の声に遼はようやく覚醒した。呼吸まで止まっていたようで急に息が荒れている。みるみる生気を取り戻した遼が大声で叫ぶ。
「紗英! 紗英! これ、あれだよな!? 陽性なんだよな!?」
「そうよ」
「紗英……俺、父親になるんだよな?」
「……そうよ」
遼が頭を覆うと席を立ち紗英の元へとやってきて優しく抱きしめる。慈しむように背中を上下に撫でる。強く抱くと壊れてしまいそうで我慢しているのが分かった。その気遣いが嬉しかった。
遼は紗英にキスをした。突然のことに感動したようだ、遼の目尻が少し濡れていた。
「遼……泣いてるの?」
「泣いてない。パパだからな」
紗英は遼を抱き寄せて背中を撫でてやる。遼はこの日から事あるごとに「パパだからな」と言うようになる。きっと誇らしいのだろう。守るべき存在が増えることに期待もありつつ、責任感が増え言葉にする事で自分を鼓舞しているようだ。
「遼? 私まだお風呂は一人で入れるわよ?」
「だめだ、俺はパパだから」
……全く、本当に困ったものだ。
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