忙しい男

菅井群青

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泣く背中

俺の、私の愛の伝え方

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 二十六、二十七と順調に異世界を踏破していき。
 僕たちは二十八階の転移ゲート付近まで到達していた。
 
「あれは……人の歩いた痕跡かな」

 ぬかるみのある地面に見覚えのある靴跡がある。
 まだ真新しく、このまま歩いてでも追いつく距離だ。

「それも三人組のようですね。私様は種族が目立つので、ひとまず隠れるとします。よいしょ」

 フェアリーの肉体を持つライブラさんは僕の上着に隠れる。
 エルは手のひらを握ってくれる。アイギスさんは後方の茂みに。

 意を決して歩みを進める。それから数分後――

「お前は……ロロア、生きてやがったのか!」

 ――ついに僕たちはクルトンさんたちと合流を果たした。

「クルトンさんたちもご無事だったんですね。こんな上の階層で再会するとは思わなかったです」

 僕はとりあえず軽い挨拶を交わす。反応は悪いけど。
 三人とも魔物との連戦に疲れているようで、傷も増えていた。

「テメェ、よくもその面を見せられたな!? 荷物を奪って俺たちを置いて逃げやがって!」

「運よく別パーティに拾われたみたいだねぇ。くたばっていた方が面白かったのに」

 激昂したシーザーさんに、つまらなそうなローズさん。
 やっぱり僕は臆病者のレッテルを貼られていた。
 この人たちの方こそ、僕を見捨てたのに。

「どうしてそんな酷い事を言うんですか! あるじさまはずっとずっと頑張っていたんですよ!」

(やはりクズです。この者たちには必ず報いを与えます。私様のデータも怒り心頭です)

 大粒の涙を流して、エルは三人に向かって抗議する。
 上着の中でライブラさんも暴れていた。声は聞こえないけど。

「ダメだよエル、挑発に乗ったら!」

 魔塔に挑戦する冒険者たちの多くは、
 近寄りがたい雰囲気を醸し出している。

 常に危険と隣り合わせだからだろうか。
 死に近付き過ぎて、倫理観を失いがちだ。

 無抵抗の相手だろうが、
 子供相手だろうが激高すれば容赦ない暴力を振るいかねない。

「っち、偉そうなガキめ、黙らせてやる!」

「やめろ!」

 シーザーの躊躇いなく振り下ろされた拳が、エルの頭に直撃する。

「いっでえええええええええええええ!?」

 骨が割れる音が鳴り響き、男の拳から血が噴き出していた。
 そうか不死身の器だ。規格外すぎていつも存在を忘れてしまう。

「もう、何するんですか、もぅ! 頭が揺れました!」

「ひでぇ石頭だ……ストーンゴーレムを殴るよりも骨に響いた……」

「失礼です!」

 頭を殴られたエルは、平然と頬を膨らませていた。

「この階層まで生き残ったガキだ。シーザー、見掛けで判断したお前も悪い。ロロア、新しい寄生先が見つかって良かったじゃねぇか。俺たちにお別れの挨拶でもしてくれるのか?」

 クルトンさんはそう言って僕を見下ろしてくる。
 皮肉を交えこちらの感情を揺すぶり、優位に立とうとする。
 
「クルトンさん、ここはお互い協力してまずは地上へ戻る事に専念しましょう」

 僕は相手の思惑には乗らない。冷静さを保つ。
 本心では一緒に行動したいとは思わない、お断りだけど。
 地上に出て悪い噂を流されないよう、隣で監視しておきたい。

「何を言い出すかと思えば、今さら足手纏いを連れていけるか! ここで三人も増えたら余計物資が足りなくなるだろうが! あぁん!?」

 シーザーさんが拳に包帯を巻いて睨んでくる。

「お前のような荷物持ちすら満足にこなせない屑はいらないよ。さっさと魔物の餌にでもなっちまいな」

 ローズさんの反応も冷ややかなままだ。

「さっきから聞いていれば……貴方たちは何様なのよ!? ロロアが何をしたっていうのよ!?」

 遠巻きに話を聞いていたアイギスさんが乱入してくる。
 みんなが僕の為に怒ってくれている。それだけで十分だった。

「落ち着いて、僕は何を言われても気にしないよ」

 エルもアイギスさんも、人の悪意というものに慣れていない。
 このままだと言いように弄ばれてお終いだ。一度冷静にならないと。

「お前たちと協力する必要性は感じない。俺たちは先に進ませてもらう」

 ◇

「おい、失った金の生る木が向こうから戻ってきやがったぞ!」

 ロロアたちと別れ、しばらく進んだ先でクルトンは仲間の二人を呼び止める。

「あの女子供はロロアの【擬人化】で生み出された存在だ。この異世界は無駄に広いからな、都合よく他パーティと合流なんてできるはずがない」

 貴重なユニークスキルである【擬人化】。
 持ち主の少年は気弱で、大した能力もない子供。

「つまりあのガキを殺せば、国宝級のアイテムが手に入るってことよね?」

「ユニークスキルは手に入らなかったが、とんでもない財宝が舞い込んできたな」

 クルトンたちは邪悪な笑みを浮かべる。
 実のところ、彼らは能力喰らいであったのだ。
 
 能力喰らいスキルイーターとはその名が示す通り、冒険者のスキルを狙った犯罪者だ。

 スキル付け替えの自由化を悪用して、
 自分たちの欲しいスキルを無理やり奪い取る。

 汎用スキルでもそれなりの価値で売れ。
 それがユニークなら巨万の富へと変わる。

 三人で固定のパーティを作り、残りの一枠に狙った獲物を招く。
 そして魔塔奥地で犯行に及ぶ。問題が起きても表沙汰にはなりにくい。
 
 クルトンたちは最初からロロアの【擬人化】を目的としていた。
 しかし、ユニークスキルは魂に紐づいているので付け外しはできない。
 
 その重大な事実を、クルトンたちは知らなかったのだ。 
 ロロアから【擬人化】を奪おうと何度も試み、失敗に終わっていた。

 ユニークスキルは希少価値故に、冒険者ギルドでも情報を隠されている。 
 一般冒険者では、付け外しができない基本すら共有されていなかったのだ。

 よってクルトンたちは、
 ロロアがユニーク持ちを騙った詐欺師なのだと思い込んでいた。

 腹いせに虐めを行っていたのもそのせいだ。
 対価も得られないのに殺すリスクは取れない。

 だが今になって、
 ロロアは【擬人化】したアイテムたちを連れていた。
 自ら本物の証明をしてくれたのだ。

「あのガキを殺すならトドメは俺にやらせろよ。まだ殴った痕がいてぇんだよ」

「死に際に見せてくれる顔が面白ければいいんだけどねぇ」

「いいか、最優先でロロアを殺せばそれで終わる楽な仕事だ。しくじるんじゃねぇぞ」
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