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泣く背中
静かだ 紗英side
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会社内では午後を過ぎてから急な顧客の相談が入り急ぎの仕事まで手がつけられなかった。
「小林、出来るか? 今日中に投函だぞ?」
「大丈夫です。今日中に終わらせます」
紗英は先輩に頭を下げると自分のデスクに戻った。壁にかかった時計を見る。今日は金曜日で遼が家にやってくる予定だ。
約束の時間に間に合わないかもしれない、急がなきゃ……。
紗英は書類を慌ただしく捲ると目の前の仕事に集中した。同僚たちが帰宅していくタイミングで紗英は遼に電話をかけた。
「もしもし? ごめん、遼……ちょっと残業になっちゃった」
『あぁ、そうか、なら待っておくよ』
──いつになるかわからないけど待っててくれる?
その言葉は言えなかった。散々今まで待たせ続けている。
今まで何回もこのやり取りを繰り返している……何度も謝って、何度も遼を待ちぼうけさせている。そんな私を遼は優しく包んでくれている。
急ごう、きっとお腹を空かせて待ってる。
紗英は背伸びをすると再び目の前の書類に集中した。
「お、終わった……帰らなきゃ」
ようやく急ぎの仕事が終わった。これを郵便ポストに投函すれば終了だ。
なんとか間に合った……。
パソコンの電源を落としセキュリティを掛けて会社を出る。ジャケットを手に持ったまま駅へ向かうと電車に飛び乗りアパートへと急ぐ。
電車に揺られている間に携帯電話で遼にメールをしてみたが、返事がなかった。
怒っているのだろうか、眠っているのだろうか、帰ってしまったか?
いつ、愛想を尽かされるかなんて分からない。こんな可愛げのない女は自分以外に知らない。自分でもこんなことじゃダメだとは分かってはいる……だけれど、自分でも突破口が見出せない。
アパートへ着くとそっと鍵を開けてドアを開ける。部屋の明かりがついたままだが、人の気配はない。テレビも何も付いていないが調理をした後の匂いがする。
「……遼?」
遼に声をかけながら靴を脱ぐと部屋へと入る。
台所の電子レンジの上に山盛りの野菜炒めらしきものがラップに包まれている。そのまま奥の部屋へと向かうと私のベッドで横向きに眠る遼の姿があった。風呂に入ったのだろう、ジャージ姿で髪から私の使うシャンプーの香りがした。こんなにも大きな体なのに寝顔は子供のように幼い。
紗英は遼のそっと鼻筋と唇に指を添わす。しっとりした肌に愛おしさが込み上げる。やっと遼に会えた……。
「ごめん、遼──」
「ん……」
遼が薄目でこちらを見た気がしたが、そのまままた瞼を閉じた。気持ちが良さそうで起こすのが申し訳なく感じる。
ベッドへ腰掛けると頭を撫でる。愛おしい気持ちが溢れる。今日仕事で疲れた気持ちがすうっと引いていく。不思議だ……遼に会えない日は、よく寝ても、ビタミン剤を飲んでもここまで疲れを忘れることは無い。
遼が、好きだ。
遼が起きると私へ抱きつく。嬉しそうに、まるで久しく会うようだった。
「遼……どうしたの?」
「ちょっと、このままで……あぁ、やっと本物の紗英だ」
本物って何なんだろう。遼の表現は面白い。
「本物って何よ、こんな人間がこの世に二人もいないわよ」
遼の言葉の意味を知ったのはあの日だ。少しずつ、少しずつ遼は我慢していたんだ。
遼は寂しい気持ちを出すまいとしていた。言えなくしたのは、私のせい。笑顔で「ごめんね」「ありがとうね」そう言って遼に納得させていた。
──俺は男だ
──遼は男だから大丈夫
何も大丈夫じゃない。男も女も関係ない……寂しいものは寂しいし、その気持ちをぶつけていい。
遼も、紗英も──分かっていなかった。
「小林、出来るか? 今日中に投函だぞ?」
「大丈夫です。今日中に終わらせます」
紗英は先輩に頭を下げると自分のデスクに戻った。壁にかかった時計を見る。今日は金曜日で遼が家にやってくる予定だ。
約束の時間に間に合わないかもしれない、急がなきゃ……。
紗英は書類を慌ただしく捲ると目の前の仕事に集中した。同僚たちが帰宅していくタイミングで紗英は遼に電話をかけた。
「もしもし? ごめん、遼……ちょっと残業になっちゃった」
『あぁ、そうか、なら待っておくよ』
──いつになるかわからないけど待っててくれる?
その言葉は言えなかった。散々今まで待たせ続けている。
今まで何回もこのやり取りを繰り返している……何度も謝って、何度も遼を待ちぼうけさせている。そんな私を遼は優しく包んでくれている。
急ごう、きっとお腹を空かせて待ってる。
紗英は背伸びをすると再び目の前の書類に集中した。
「お、終わった……帰らなきゃ」
ようやく急ぎの仕事が終わった。これを郵便ポストに投函すれば終了だ。
なんとか間に合った……。
パソコンの電源を落としセキュリティを掛けて会社を出る。ジャケットを手に持ったまま駅へ向かうと電車に飛び乗りアパートへと急ぐ。
電車に揺られている間に携帯電話で遼にメールをしてみたが、返事がなかった。
怒っているのだろうか、眠っているのだろうか、帰ってしまったか?
いつ、愛想を尽かされるかなんて分からない。こんな可愛げのない女は自分以外に知らない。自分でもこんなことじゃダメだとは分かってはいる……だけれど、自分でも突破口が見出せない。
アパートへ着くとそっと鍵を開けてドアを開ける。部屋の明かりがついたままだが、人の気配はない。テレビも何も付いていないが調理をした後の匂いがする。
「……遼?」
遼に声をかけながら靴を脱ぐと部屋へと入る。
台所の電子レンジの上に山盛りの野菜炒めらしきものがラップに包まれている。そのまま奥の部屋へと向かうと私のベッドで横向きに眠る遼の姿があった。風呂に入ったのだろう、ジャージ姿で髪から私の使うシャンプーの香りがした。こんなにも大きな体なのに寝顔は子供のように幼い。
紗英は遼のそっと鼻筋と唇に指を添わす。しっとりした肌に愛おしさが込み上げる。やっと遼に会えた……。
「ごめん、遼──」
「ん……」
遼が薄目でこちらを見た気がしたが、そのまままた瞼を閉じた。気持ちが良さそうで起こすのが申し訳なく感じる。
ベッドへ腰掛けると頭を撫でる。愛おしい気持ちが溢れる。今日仕事で疲れた気持ちがすうっと引いていく。不思議だ……遼に会えない日は、よく寝ても、ビタミン剤を飲んでもここまで疲れを忘れることは無い。
遼が、好きだ。
遼が起きると私へ抱きつく。嬉しそうに、まるで久しく会うようだった。
「遼……どうしたの?」
「ちょっと、このままで……あぁ、やっと本物の紗英だ」
本物って何なんだろう。遼の表現は面白い。
「本物って何よ、こんな人間がこの世に二人もいないわよ」
遼の言葉の意味を知ったのはあの日だ。少しずつ、少しずつ遼は我慢していたんだ。
遼は寂しい気持ちを出すまいとしていた。言えなくしたのは、私のせい。笑顔で「ごめんね」「ありがとうね」そう言って遼に納得させていた。
──俺は男だ
──遼は男だから大丈夫
何も大丈夫じゃない。男も女も関係ない……寂しいものは寂しいし、その気持ちをぶつけていい。
遼も、紗英も──分かっていなかった。
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