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泣く背中
後悔
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紗英は頑張り屋さんだ。
税理士という仕事に誇りとやりがいを持っている。
体を壊すんじゃないか?
今日はもう仕事休めばいいのに……。
大丈夫か?
忙しいシーズンだと紗英はこちらが心配になるぐらい追い込まれている。
街に出てこうして道を歩いていても紗英はどこか上の空だ。抱えてる案件について補足で勉強しなくてはいけないと帰宅後机に向かっているらしい。
「──紗英? 大丈夫? 聞いてる?」
「あ、ごめん……なんかぼうってしてた……ごめん、何?」
「あぁ、いいんだ。ラーメンでも食いに行こうか」
「いいわね! 行こうか」
紗英が遼の腕を取り歩き出す。考え事の靄を打ち消すように紗英は早く歩く。
きっと仕事のことで頭がいっぱいだったんだろう。紗英は笑顔で俺の顔を見上げる。
無理させてるな……。やっとゆっくりできる休みなのに……ラーメン食べたら帰ろう。
仕事をしている紗英はカッコいい。
スーツを着こなして数字や訳の分からない書類の束を捲る姿は普段とは違う。凛としていて、まるで戦士のようだ。自分がスーツとは無縁の仕事だから余計そう思うのかもしれない。
遼はラーメンを美味しそうに啜る紗英の横顔を見つめる。
紗英は、何と戦っているんだろう。夢を追っていたはずなのに、今は何かに追われ、戦っている。
仕事?
夢?
男の同僚?──自分?
ラーメンを食べ終わり暖簾を潜り外へ出た紗英は満足げに腹を摩った。ゆっくり歩き出した二人だったが遼は突然紗英の手を取り走り出した。
「……走ろう」
「え!? え! どうしたの!?」
急に引っ張られながらも紗英も必死で走り出す。こんな昼間から全力で走る人間なんていない。他の通行人が何事かと振り返るが、遼はお構いなしだ。
暫くして立ち止まると、遼も紗英も息が上がり話すこともできない。
「く、ふふふ、あははははっ!」
紗英が腰に手を当てながら笑い出した。その表情は晴れやかだった。
「こんな、に、走ったの久しぶりだわ……ハァハァ……最高!」
紗英の笑顔が眩しい。髪を掻き上げ胸を何度も叩いている。急に走ったせいだろう。
「はは、なんか、走りたく、なったんだ。悪いな……」
そう言って微笑むと、紗英は遼の手を握り歩きだした。
「帰ろっか、家でゆっくりしよう……あ、DVD見ようか? 遼の好きなアクション系を借りて帰ろうよ」
少しは、追われなくなったか?紗英……。俺が出来るのはこんなことしかない。紗英のためにできるのは、こんなことしか……。
寂しくても、一緒にいる時に上の空でも、連絡が取れなくても、紗英がこうして笑っていてくれれば、それでいい……そう思っていた。遼には我慢している感覚は無かった。
あの日まで、紗英だけじゃない、俺まで追い込まれていることに気付けなかった。気付けていれば、紗英の心に深い傷を負わせなくて済んだのに……数年経った今も後悔している。
税理士という仕事に誇りとやりがいを持っている。
体を壊すんじゃないか?
今日はもう仕事休めばいいのに……。
大丈夫か?
忙しいシーズンだと紗英はこちらが心配になるぐらい追い込まれている。
街に出てこうして道を歩いていても紗英はどこか上の空だ。抱えてる案件について補足で勉強しなくてはいけないと帰宅後机に向かっているらしい。
「──紗英? 大丈夫? 聞いてる?」
「あ、ごめん……なんかぼうってしてた……ごめん、何?」
「あぁ、いいんだ。ラーメンでも食いに行こうか」
「いいわね! 行こうか」
紗英が遼の腕を取り歩き出す。考え事の靄を打ち消すように紗英は早く歩く。
きっと仕事のことで頭がいっぱいだったんだろう。紗英は笑顔で俺の顔を見上げる。
無理させてるな……。やっとゆっくりできる休みなのに……ラーメン食べたら帰ろう。
仕事をしている紗英はカッコいい。
スーツを着こなして数字や訳の分からない書類の束を捲る姿は普段とは違う。凛としていて、まるで戦士のようだ。自分がスーツとは無縁の仕事だから余計そう思うのかもしれない。
遼はラーメンを美味しそうに啜る紗英の横顔を見つめる。
紗英は、何と戦っているんだろう。夢を追っていたはずなのに、今は何かに追われ、戦っている。
仕事?
夢?
男の同僚?──自分?
ラーメンを食べ終わり暖簾を潜り外へ出た紗英は満足げに腹を摩った。ゆっくり歩き出した二人だったが遼は突然紗英の手を取り走り出した。
「……走ろう」
「え!? え! どうしたの!?」
急に引っ張られながらも紗英も必死で走り出す。こんな昼間から全力で走る人間なんていない。他の通行人が何事かと振り返るが、遼はお構いなしだ。
暫くして立ち止まると、遼も紗英も息が上がり話すこともできない。
「く、ふふふ、あははははっ!」
紗英が腰に手を当てながら笑い出した。その表情は晴れやかだった。
「こんな、に、走ったの久しぶりだわ……ハァハァ……最高!」
紗英の笑顔が眩しい。髪を掻き上げ胸を何度も叩いている。急に走ったせいだろう。
「はは、なんか、走りたく、なったんだ。悪いな……」
そう言って微笑むと、紗英は遼の手を握り歩きだした。
「帰ろっか、家でゆっくりしよう……あ、DVD見ようか? 遼の好きなアクション系を借りて帰ろうよ」
少しは、追われなくなったか?紗英……。俺が出来るのはこんなことしかない。紗英のためにできるのは、こんなことしか……。
寂しくても、一緒にいる時に上の空でも、連絡が取れなくても、紗英がこうして笑っていてくれれば、それでいい……そう思っていた。遼には我慢している感覚は無かった。
あの日まで、紗英だけじゃない、俺まで追い込まれていることに気付けなかった。気付けていれば、紗英の心に深い傷を負わせなくて済んだのに……数年経った今も後悔している。
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