忙しい男

菅井群青

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 あれから憲司が変わった。
 今まで残業ばかりをしてそのあとは自分の部屋で寝るだけの生活から、帰りに私に会いに来るようになった。今までは会いたいと言っても「次の日もあるしまた今度」と言われてしまうことも多かった。憲司なりに平日だからと気を使ってくれていたのだろう。
 
 あんなにも別れることしか、諦めることしか考えていなかったのにこうして憲司と過ごすと温かい感情が溢れてくる。人間は不思議だ。私のアパートで一緒に過ごしていると憲司が必死で感情を伝えようとしているのがわかる。言葉の端々にその変化を感じている。でも、どこか怖い。憲司の変化に嬉しい自分と怖さを感じている自分がいた。

 無理をしているんじゃないか……。
 本当は仕事に支障がでているのでは……いつか元に戻ってしまうんじゃないか──。憲司は、本当はこんな生活を望んでいないんじゃないか──。

 一気に幸せな気持ちになると人間こんなにも不安になる事を知った。

 だけど、あの日……憲司を信じると約束した。

 やり直してほしい──憲司はそう言った。

 不安な気持ちに陥りそうになるが、里美は目の前にいる憲司だけを見た。私を見つめる瞳や、不器用に言葉を紡ぐ姿、そっと触れる手の温もりや優しい笑顔を。

 まるであの日々が嘘のようにこまめに連絡をして、少しの時間でも顔を見せにきてくれる。随分と甘やかせてくれる憲司に最初は戸惑った。寂しい時間が長すぎて素直になる方法が最初わからなかった。自分から諦めてしまっていたのだろう。でも今は……。

 ピピピッ

 私の携帯電話にメールが届く。どこかの公園で撮った夕日の画像だ。今はすっかり暗くなったので数時間前のものかもしれない。

 今日も一日お疲れ様
 
 添えられた一文に思わず笑ってしまう。憲司をここまでマメな男に変えたのは自分だと思うとなんだか嬉しい。

 携帯電話を充電しつつベッドに横になる。憲司はまだ職場だろう。里美は届いた夕日の写真を見る。憲司から送られてくる写真のアルバムを見返すと思わず笑顔になる。眠りにつく時の新たな習慣は心地良かった。

 それでもやり直すという一歩を踏み出すことは簡単に出来ない。あれから一ヶ月が経ち本当に憲司が変わったのだとは思いたい、でも……。

 里美は自分の中で自問自答を繰り返していた。里美は携帯電話を取り出すとさっきの夕日の写真を待ち受けに設定した。

 ──待ち受けにしたよ
 
 憲司にそう送信しようとして指を止める、少し考えて一文を追加する。

 ──待ち受けにしたよ。あの海の夕日みたいね、またいこう

 二人にしかわからない言葉。きっと憲司には分かるだろう。

 少し変わったのは憲司だけじゃない──。

 携帯電話を枕元に置くと里美はゆっくりと瞼を閉じた。
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