20 / 41
20.口説き口説かれ 風香side
しおりを挟む
「あ、えっと……今日は忙しいからまた今度で……あ、ちょうど冷凍庫の整理をしようと思ってたの」
「大掃除にはまだ早いだろ」
風香は部屋を見渡してどうにかこの状況を回避しようと画策するが貴弘には効かないようだ。貴弘は風香との距離を詰める……ソファーが軋む音と布の擦れる音だけが聞こえる。テレビの電源をなぜ消してしまったのか後悔する……全ての感覚が鋭くなってしまう。貴弘の香りや太腿に当たった温もり……。二人掛けのソファーの片側に偏って座る私たちはどうかしている。
風香は必死でどうこの場を切り抜けようか考えるがいい案が浮かばない。
え……? ちょ、ちょっと!
貴弘は私の手をぎゅっと握った。貴弘の視線はずっと私から離れない……あまりに真剣で言葉が出なくなる……。握られた手は大きくて温かくて自分の手とは全く別物だ。貴弘の親指が自分の甲を優しく撫でると恥ずかしさで顔が熱を持ったのが分かった。口説かれるのなんて初めてだし、それが初恋の相手だなんて世の中で私ぐらいだろう。貴弘に顔を赤らめているのがバレないように俯く。
「風香……」
貴弘の柔らかい声が聞こえて顔を上げると頬に手が添えられた。鼻先が触れ合うほどの距離まで貴弘が近づく……風香はキスをされると思い目を瞑るがいつまで経ってもキスをされなかった。貴弘の息遣いは確かに感じる……。
え……な、何?
貴弘は無言のまま指先で私の頬や鼻先……唇へと優しく触れていく……貴弘の手が再び頬に戻ったのが分かると風香はゆっくりと目を開けた──目の前の貴弘はなぜか愛おしそうに私の顔を見つめていた。何も言わないのが余計に胸を高鳴らせた。心臓が痛くて痛くて仕方がない……。これは、口説いているの?
「……可愛い」
貴弘が小さな声で囁いた。その言葉に風香は唇を結び耐える。キスをするよりももっと恥ずかしい。まさか貴弘の口からそんな言葉が出てくるとは思わなかった。自分のことを言われているわけではないはずなのにこんなにもむず痒く、心臓が飛び出しそうだ。触れたい、見つめられたい、キスしたい──。
「風香、好きだ」
「……っ」
貴弘は真剣な表情でそう呟いた。短くて、単純で貴弘らしい告白だ。私が何も言えずにいると体を屈めて額に口付けた。額に感じる貴弘の唇の柔らかさに思わず肩が震える……鳥肌が立つ……。目を閉じていると額、頬へとキスが降りてきた。キスの合間に貴弘は切なそうに言葉を紡ぐ……身を切るように本当に切なげで聞いているこちらまで胸が震える。
「好きだ」
「本当に……」
「頼むから……俺のものになって」
風香は恥ずかし過ぎて目を開けた。思っていたよりも貴弘の顔がそばにあった。視線が合うと貴弘は目を瞑り風香の唇にキスをした。甘い、とにかく甘い。
今までの荒々しいキスじゃない……ゆっくりと沁み込んでいくようなキスだった。風香は抱きしめられて背中を撫でられる。
このままずっとこうしていられたらいいのに。貴弘とこうしていたい──。
自分の心に湧き上がる気持ちに気付く。本当はもっと早くから想っていた。私は、貴弘が好きだ──好きなんだ。昔も、今も。
風香は自分の気持ちに気づくと同時にこの恋は叶わないことを悟った。
貴弘のこんな顔は、見たことが無い。私には見せない顔だ。きっと貴弘はこの口説きを香水の香りの人を思ってしているに違いない。私に向けられたものじゃない……。私の名前が呼ばれても、私を見つめていたとしてもそれは私じゃない……貴弘が口説きたい相手は、私じゃない──。
「……風香……」
「え……あ──」
風香の目尻から涙が溢れると貴弘は驚き、顔を歪ませた。背中に回された大きな手も、触れ合っていた胸板も離れていき一気に寒くなる。
貴弘は困惑していた。前髪をかき上げてじっと何も写っていないテレビ画面を見つめていた。画面には二人の姿が映っているだけだった。きっと意味が分からず困らせてしまった……貴弘は私に口説けと言われて従っただけだ……ただ、私が辛くなってしまった……。貴弘は私の頬に触れて涙を拭った。その表情は悲しそうで辛そうだった。
「ごめん、貴弘……」
「謝らなくていい。やり過ぎたな、悪い」
貴弘は立ち上がると自分の部屋に向かって歩き始めた。風香は思わず立ち上がり貴弘の服の裾を掴んだ。一瞬貴弘が怯んだが、その掴んだ手を離させると吹き出すように笑った。
「風香を口説くなんて間違いだったな、おかしいよな、ただの幼馴染みなのに……忘れてくれ、恥ずかしいから」
風香が声をかけようとすると頭を優しく撫でられた。その温もりはすぐに消えてしまった──貴弘は優しく微笑んだまま部屋へと消えた……その日は貴弘と顔を合わせることは出来なかった。
「大掃除にはまだ早いだろ」
風香は部屋を見渡してどうにかこの状況を回避しようと画策するが貴弘には効かないようだ。貴弘は風香との距離を詰める……ソファーが軋む音と布の擦れる音だけが聞こえる。テレビの電源をなぜ消してしまったのか後悔する……全ての感覚が鋭くなってしまう。貴弘の香りや太腿に当たった温もり……。二人掛けのソファーの片側に偏って座る私たちはどうかしている。
風香は必死でどうこの場を切り抜けようか考えるがいい案が浮かばない。
え……? ちょ、ちょっと!
貴弘は私の手をぎゅっと握った。貴弘の視線はずっと私から離れない……あまりに真剣で言葉が出なくなる……。握られた手は大きくて温かくて自分の手とは全く別物だ。貴弘の親指が自分の甲を優しく撫でると恥ずかしさで顔が熱を持ったのが分かった。口説かれるのなんて初めてだし、それが初恋の相手だなんて世の中で私ぐらいだろう。貴弘に顔を赤らめているのがバレないように俯く。
「風香……」
貴弘の柔らかい声が聞こえて顔を上げると頬に手が添えられた。鼻先が触れ合うほどの距離まで貴弘が近づく……風香はキスをされると思い目を瞑るがいつまで経ってもキスをされなかった。貴弘の息遣いは確かに感じる……。
え……な、何?
貴弘は無言のまま指先で私の頬や鼻先……唇へと優しく触れていく……貴弘の手が再び頬に戻ったのが分かると風香はゆっくりと目を開けた──目の前の貴弘はなぜか愛おしそうに私の顔を見つめていた。何も言わないのが余計に胸を高鳴らせた。心臓が痛くて痛くて仕方がない……。これは、口説いているの?
「……可愛い」
貴弘が小さな声で囁いた。その言葉に風香は唇を結び耐える。キスをするよりももっと恥ずかしい。まさか貴弘の口からそんな言葉が出てくるとは思わなかった。自分のことを言われているわけではないはずなのにこんなにもむず痒く、心臓が飛び出しそうだ。触れたい、見つめられたい、キスしたい──。
「風香、好きだ」
「……っ」
貴弘は真剣な表情でそう呟いた。短くて、単純で貴弘らしい告白だ。私が何も言えずにいると体を屈めて額に口付けた。額に感じる貴弘の唇の柔らかさに思わず肩が震える……鳥肌が立つ……。目を閉じていると額、頬へとキスが降りてきた。キスの合間に貴弘は切なそうに言葉を紡ぐ……身を切るように本当に切なげで聞いているこちらまで胸が震える。
「好きだ」
「本当に……」
「頼むから……俺のものになって」
風香は恥ずかし過ぎて目を開けた。思っていたよりも貴弘の顔がそばにあった。視線が合うと貴弘は目を瞑り風香の唇にキスをした。甘い、とにかく甘い。
今までの荒々しいキスじゃない……ゆっくりと沁み込んでいくようなキスだった。風香は抱きしめられて背中を撫でられる。
このままずっとこうしていられたらいいのに。貴弘とこうしていたい──。
自分の心に湧き上がる気持ちに気付く。本当はもっと早くから想っていた。私は、貴弘が好きだ──好きなんだ。昔も、今も。
風香は自分の気持ちに気づくと同時にこの恋は叶わないことを悟った。
貴弘のこんな顔は、見たことが無い。私には見せない顔だ。きっと貴弘はこの口説きを香水の香りの人を思ってしているに違いない。私に向けられたものじゃない……。私の名前が呼ばれても、私を見つめていたとしてもそれは私じゃない……貴弘が口説きたい相手は、私じゃない──。
「……風香……」
「え……あ──」
風香の目尻から涙が溢れると貴弘は驚き、顔を歪ませた。背中に回された大きな手も、触れ合っていた胸板も離れていき一気に寒くなる。
貴弘は困惑していた。前髪をかき上げてじっと何も写っていないテレビ画面を見つめていた。画面には二人の姿が映っているだけだった。きっと意味が分からず困らせてしまった……貴弘は私に口説けと言われて従っただけだ……ただ、私が辛くなってしまった……。貴弘は私の頬に触れて涙を拭った。その表情は悲しそうで辛そうだった。
「ごめん、貴弘……」
「謝らなくていい。やり過ぎたな、悪い」
貴弘は立ち上がると自分の部屋に向かって歩き始めた。風香は思わず立ち上がり貴弘の服の裾を掴んだ。一瞬貴弘が怯んだが、その掴んだ手を離させると吹き出すように笑った。
「風香を口説くなんて間違いだったな、おかしいよな、ただの幼馴染みなのに……忘れてくれ、恥ずかしいから」
風香が声をかけようとすると頭を優しく撫でられた。その温もりはすぐに消えてしまった──貴弘は優しく微笑んだまま部屋へと消えた……その日は貴弘と顔を合わせることは出来なかった。
1
お気に入りに追加
211
あなたにおすすめの小説
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~
石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。
食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。
そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。
しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。
何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。
扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。
小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。
聖獣の卵を保護するため、騎士団長と契約結婚いたします。仮の妻なのに、なぜか大切にされすぎていて、溺愛されていると勘違いしてしまいそうです
石河 翠
恋愛
騎士団の食堂で働くエリカは、自宅の庭で聖獣の卵を発見する。
聖獣が大好きなエリカは保護を希望するが、領主に卵を預けるようにと言われてしまった。卵の保護主は、魔力や財力、社会的な地位が重要視されるというのだ。
やけになったエリカは場末の酒場で酔っ払ったあげく、通りすがりの騎士団長に契約結婚してほしいと唐突に泣きつく。すると意外にもその場で承諾されてしまった。
女っ気のない堅物な騎士団長だったはずが、妻となったエリカへの態度は甘く優しいもので、彼女は思わずときめいてしまい……。
素直でまっすぐ一生懸命なヒロインと、実はヒロインにずっと片思いしていた真面目な騎士団長の恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID749781)をお借りしております。
傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。
石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。
そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。
新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。
初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
せっかくですもの、特別な一日を過ごしましょう。いっそ愛を失ってしまえば、女性は誰よりも優しくなれるのですよ。ご存知ありませんでしたか、閣下?
石河 翠
恋愛
夫と折り合いが悪く、嫁ぎ先で冷遇されたあげく離婚することになったイヴ。
彼女はせっかくだからと、屋敷で夫と過ごす最後の日を特別な一日にすることに決める。何かにつけてぶつかりあっていたが、最後くらいは夫の望み通りに振る舞ってみることにしたのだ。
夫の愛人のことを軽蔑していたが、男の操縦方法については学ぶところがあったのだと気がつく彼女。
一方、突然彼女を好ましく感じ始めた夫は、離婚届の提出を取り止めるよう提案するが……。
愛することを止めたがゆえに、夫のわがままにも優しく接することができるようになった妻と、そんな妻の気持ちを最後まで理解できなかった愚かな夫のお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID25290252)をお借りしております。

告白さえできずに失恋したので、酒場でやけ酒しています。目が覚めたら、なぜか夜会の前夜に戻っていました。
石河 翠
恋愛
ほんのり想いを寄せていたイケメン文官に、告白する間もなく失恋した主人公。その夜、彼女は親友の魔導士にくだを巻きながら、酒場でやけ酒をしていた。見事に酔いつぶれる彼女。
いつもならば二日酔いとともに目が覚めるはずが、不思議なほど爽やかな気持ちで起き上がる。なんと彼女は、失恋する前の日の晩に戻ってきていたのだ。
前回の失敗をすべて回避すれば、好きなひとと付き合うこともできるはず。そう考えて動き始める彼女だったが……。
ちょっとがさつだけれどまっすぐで優しいヒロインと、そんな彼女のことを一途に思っていた魔導士の恋物語。ハッピーエンドです。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。
人違いラブレターに慣れていたので今回の手紙もスルーしたら、片思いしていた男の子に告白されました。この手紙が、間違いじゃないって本当ですか?
石河 翠
恋愛
クラス内に「ワタナベ」がふたりいるため、「可愛いほうのワタナベさん」宛のラブレターをしょっちゅう受け取ってしまう「そうじゃないほうのワタナベさん」こと主人公の「わたし」。
ある日「わたし」は下駄箱で、万年筆で丁寧に宛名を書いたラブレターを見つける。またかとがっかりした「わたし」は、その手紙をもうひとりの「ワタナベ」の下駄箱へ入れる。
ところが、その話を聞いた隣のクラスのサイトウくんは、「わたし」が驚くほど動揺してしまう。 実はその手紙は本当に彼女宛だったことが判明する。そしてその手紙を書いた「地味なほうのサイトウくん」にも大きな秘密があって……。
「真面目」以外にとりえがないと思っている「わたし」と、そんな彼女を見守るサイトウくんの少女マンガのような恋のおはなし。
小説家になろう及びエブリスタにも投稿しています。
扉絵は汐の音さまに描いていただきました。
あなたのそばにいられるなら、卒業試験に落ちても構いません! そう思っていたのに、いきなり永久就職決定からの溺愛って、そんなのありですか?
石河 翠
恋愛
騎士を養成する騎士訓練校の卒業試験で、不合格になり続けている少女カレン。彼女が卒業試験でわざと失敗するのには、理由があった。 彼女は、教官である美貌の騎士フィリップに恋をしているのだ。
本当は料理が得意な彼女だが、「料理音痴」と笑われてもフィリップのそばにいたいと願っている。
ところがカレンはフィリップから、次の卒業試験で不合格になったら、騎士になる資格を永久に失うと告げられる。このままでは見知らぬ男に嫁がされてしまうと慌てる彼女。
本来の実力を発揮したカレンはだが、卒業試験当日、思いもよらない事実を知らされることになる。毛嫌いしていた見知らぬ婚約者の正体は実は……。
大好きなひとのために突き進むちょっと思い込みの激しい主人公と、なぜか主人公に思いが伝わらないまま外堀を必死で埋め続けるヒーロー。両片想いですれ違うふたりの恋物語。ハッピーエンドです。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる