売り言葉に買い言葉

菅井群青

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14.理性

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 俺の脳はのぼせておかしくなっていたのかもしれない。風香と知らない男が情事の後に一糸纏わぬ姿で抱き合いシャワーを浴びる姿を想像した。気が付けば俺は風香と共にシャワーを浴びていた。壁を背に立つ風香の服が水分を含み色が濃くなっていくのを見つめていた。風香はどうすれば良いかわからず俺を見上げる事しかできない。最初は風香を揶揄うつもりだった。でも、今俺がしていることは度を超えている……。一緒に風呂に入ろうだなんて、大人の幼馴染みではあり得ない。

「肩、痛いんでしょ……手を離して。酷くなる」

 こんな状況でも俺の体を労わる風香に目を細めた。濡れて肌にぴたりとひっついたTシャツに欲情する。布が透けて花のレース……淡いブルーのブラジャーが見えた。そして華奢な割にふくよかな胸に視線が釘付けになる。風香を前にすると俺は大人気ない、余裕がない、嫉妬深く……いけ好かない奴になる。

「悪い……冗談だ」

 貴弘は風香の手を解放するとシャワーを止めた。風香は安堵の表情を見せた。濡れた黒髪の束が頬やうなじにへばりついているのを見て貴弘は情事をした後のように錯覚し眉間にしわを寄せた。火照ったその赤い頬や、濡れた唇に欲情した。正常の男なら当然の反応だ。

「全く……何やってんのよ。こういうのは彼女とやりなさいよ……もう、ずぶ濡れじゃん……」

 風香はジャージの裾を握り水を切るがきりがない。風香の落ち着いた様子に貴弘は自分だけが特別な気持ちになっているのだと感じてもやっとした気持ちになる。

「……互いに、体を洗ったり……キスしたり、そのまま燃え上がって──風呂でヤった?」

「は?……貴弘には関係ないでしょ。聞かないで」

 貴弘はどうしても気になりもう一度風香に聞いてみた。経験がないと言って欲しかった……言葉にしてすぐに後悔した。風香の顔が気まずそうだったからだ。みるみる心の中に靄が広がるのが分かった。風香は濡れた服を引っ張りながら不機嫌そうに腕についた泡をタオルで拭く。


「ふぅん、否定しないんだ。こんな風に……襲われた?」

「ちょっと! ふざけ……んぁ」

 貴弘は風香の首筋に唇を沿わせた。突然感じる貴弘の熱に全身が強張る。

 白くて甘いその首筋は砂糖のようだ。風香が甘い声を出したのを耳にして貴弘はタガが外れた。

 貴弘が風香に噛み付くようにキスをした。

 濡れた二人の唇や肌は境界が曖昧になっているようだ。いとも簡単に一つになる。熱も、唾液も、触れ合った皮膚も……何もかも。呼吸は苦しいが貴弘の体の温もりが心地よくなり風香はキスに応え始める。貴弘は風香の頬を包みこみさらに深くキスをする……気温の高い風呂場で抱き合っているので貴弘の肌がどんどん赤く染まっていく。

「……はぁ、風、香──」
「ん──」

 目を瞑っていた風香の耳元に艶かしい声が下りてきた。その声に風香は脳が煮えそうだ。貴弘が風香の胸を大きな手で包み込んだ。指が沈む感覚に貴弘は衝撃を受けた。風香は恥ずかしすぎて反応できない。

「貴弘……」

 風香に名を呼ばれ、もどかしい気持ちになり風香を抱きしめた。
 風香の首筋に舌を沿わせて舐め上げると風香から声が漏れた。その声は官能の色を多く含んでいた。欲望のままへばりつくシャツを捲り上げて直接風香の胸に触れる。背中に手を回しブラジャーのホックを瞬く間に外すとその柔らかくしっとりした胸を包み込んだ。風香の柔らかな感触に鳥肌が立った。興奮しすぎて目の前に閃光が見えた。

 おかしい……止まらない。ごめん、風香──。

 俺の手の中に風香の柔らかな胸がある。胸なんて皆同じはずなのに、違う。風香の胸を無茶苦茶に形を変えて堪能したい気持ちが溢れる。風香の口内も、首筋も甘い──変な薬を塗り込んでいるみたいだ。触れれば離れ難く、味わえばもっと欲しくなる麻薬だ。両手を服の中に突っ込み激しく揉み上げると風香の顎が上がり切なそうに俺を見つめた。

 女、だ──女の顔をした風香に脳内で何かが弾けた。無我夢中でキスをして胸を揉みしだく。もっと欲しくてもっと触れたくて堪らない……。

「貴、弘……っ」
 
 風香が俺の頬に手を添えた。風香から触れられて初めて風香が俺のしている欲にまみれた行為を見つめていたことに気が付いた。風香は慈しむような瞳をしていた。一気に冷静になり俺は風香から距離を取った。欲情にまみれておかしくなっていた……。風香は自分が頬に触れたのが嫌だったのだと思ったのだろう。驚いた後、頬に触れた手を握りしめていた。

「悪い。先に、あがる──このまま風呂に入って。バスタオル置いとくから。俺、部屋にいる」

「う、うん……ありがとう」

 風香はなぜか感謝の意を伝えた。頭の中がパニックになっているようだ。貴弘はドアを開けて脱衣所に出るとそこはひんやりとしていた。振り返ると風呂場は湯気と自分たちの熱気で曇っていた。バスタオルで下半身を隠すと貴弘は着替えを抱えて脱衣所を出た。

「……危なかった。マジで、ダメだ……俺」


 風呂場では一人残された風香が恥ずかしさや悔しさで地団駄を踏んでいた。

「何なのよ、何してくれちゃってんのよ! なんで私お礼言ってんのよ! あー悔しいぃ!」

 風香はその後ずいぶん経って風呂から出てきたが湯当たりをして額にアイスノンを貼り付けていた。貴弘はそれを見て見ぬふりをした。

「この煮物美味いな」

「そう? 良かった」

 二人は差し障りのない会話を繰り返した。その会話は熟練夫婦のようだった。

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