売り言葉に買い言葉

菅井群青

文字の大きさ
上 下
1 / 41

1.私たちそんな関係じゃありませんけど

しおりを挟む
 何故こんなことになってしまったのだろう。確かに最近私はツイていなかった。電車で定期券は落とすし、母の御用達の乳酸菌飲料を強奪すると相性が最悪だったのか下痢で苦しんだ。

 私は渡辺風香、二十四歳の会社員だ。建築資材を現場に下ろす事務の仕事をしている。最近は都市開発の波で仕事は大忙しだ。その反面プライベートの充実はない、もちろん、男性関係の方だが。ところがなぜかそんな私が男と同棲することになった……目の前の頭にお花が咲いた中年女性たちによって。

「よかったわー、初めての一人暮らしでしょ? ふうちゃんがいてくれて助かるわ。大事な一人娘をいいの? 早苗……」

「こちらも大助かり! あの子がいると高級お取り寄せが消えていくのよ、困っちゃって……良子こそごめんね」


 だからといって一人娘を家から滅殺するだなんて恐ろしい母親だ。大体なぜ当事者を差し置いて話が進むのだろうか……。


「いやいや、あのー……職場も遠くなるし、費用だって掛かるし、なによりも私嫁入り前なんだけど、幼馴染とはいえ男と女だけど?」

 風香の言葉に二人の母親は顔を見合わせると一瞬間が空き破顔した。手を叩き可笑しそうに笑う。風香は嫌な予感がした。


「やだ、大丈夫よぉ、二人がどうにかなるわけないわ。ねぇ良子」

「やだ、本当ね。あなた達立派な腐れ縁だもの。何かあるかなんて……ねぇ?」

 高笑いをする母親達を睨んでいると同棲予定相手の腐れ縁、高畑貴弘が我が家へと乗り込んで来た。不機嫌そうにリビングへとやってくると母親の良子に凄む。

「お邪魔します、ちょーっと、いいか? 母さん……なんか変な冗談を小耳に挟んだんだが……」

「……冗談じゃない、本気らしいわよ」

 風香が腕を組み壁にもたれ掛かっている。その姿を見て貴弘は盛大に溜息をついた、いや、溜息しか出て来ない。
 貴弘は仕事の都合で一人暮らしをすることになった。それなのに蓋を開けてみれば二人暮らしをする事になっていた。母親や弟が泊まりに来るときのために大きめの部屋にするように言われていたがまさかこんな事になろうとは思わなかった。


「あんたたち、諦めて住みなさいよ。家賃折半で」

「いや、嫁入り前の娘だよ? おかしくない?」

「絶対無理だ、風香とは住めないって母さん」

 腕を組んだまま仁王立ちする私たちに母親達は顔を近づけ何か耳打ちをし合った。いつも思うがこの母親たちはとんでもなく太い絆で結ばれている。ただ、分譲マンションの隣の部屋同士になっただけだが、それからの縁が続いている。

「そうねぇ、同棲してくれたら半分、家賃を出すわ」

「「え? 半分?」」

 思わず風香と貴弘の声が重なった。衝撃だ、そこまで出て行って欲しかったのかとショックでもある。家賃の半分を出すだなんてドケチ道まっしぐらな母親らしくない。貴弘はそれでも渋る。

「いやー、でもなぁ風香と一緒に住んだら家事大変そうだしな、俺が整理整頓、掃除もするんだろ?」

「は? 何それ、馬鹿にしないでよ自分のことぐらい自分で出来るし。あんたの手を煩わせないわよ」

 風香は腰に手を当てて貴弘に詰め寄り睨み付ける。貴弘も負けじと腕を組み応戦態勢だ。

「なんだ? 俺の方が家事が出来るに決まってんだろ? 風香は親子丼作れんのか?」

「当たり前でしょ。いいわよ、じゃあ作ってやるわよ。貴弘はカツ丼作れるのね、もちろん」

 風香が貴弘の顔の前に指を突きつけると、その手を払い除けて風香の頭を大きな手で掴んで突き放す。風香の肩まである黒髪が揺れた。風香は慣れているのか動じる素振りはない。

「ふ……当たり前だ、問題ない」

「じゃあ晩ご飯に作ってもらうからね!」

「あぁ上等だ! 朝飯でもいいぞ!」

「望むところよ! 胃薬買っておくからね」

 二人が顔を合わせていがみ合っているのを二人の母親は満面の笑みで静観している。顔を見合わせると背後で静かにハイタッチした。どうやら母親たちのミッションはクリアしたようだ。

しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~

石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。 食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。 そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。 しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。 何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。 扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

聖獣の卵を保護するため、騎士団長と契約結婚いたします。仮の妻なのに、なぜか大切にされすぎていて、溺愛されていると勘違いしてしまいそうです

石河 翠
恋愛
騎士団の食堂で働くエリカは、自宅の庭で聖獣の卵を発見する。 聖獣が大好きなエリカは保護を希望するが、領主に卵を預けるようにと言われてしまった。卵の保護主は、魔力や財力、社会的な地位が重要視されるというのだ。 やけになったエリカは場末の酒場で酔っ払ったあげく、通りすがりの騎士団長に契約結婚してほしいと唐突に泣きつく。すると意外にもその場で承諾されてしまった。 女っ気のない堅物な騎士団長だったはずが、妻となったエリカへの態度は甘く優しいもので、彼女は思わずときめいてしまい……。 素直でまっすぐ一生懸命なヒロインと、実はヒロインにずっと片思いしていた真面目な騎士団長の恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID749781)をお借りしております。

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

せっかくですもの、特別な一日を過ごしましょう。いっそ愛を失ってしまえば、女性は誰よりも優しくなれるのですよ。ご存知ありませんでしたか、閣下?

石河 翠
恋愛
夫と折り合いが悪く、嫁ぎ先で冷遇されたあげく離婚することになったイヴ。 彼女はせっかくだからと、屋敷で夫と過ごす最後の日を特別な一日にすることに決める。何かにつけてぶつかりあっていたが、最後くらいは夫の望み通りに振る舞ってみることにしたのだ。 夫の愛人のことを軽蔑していたが、男の操縦方法については学ぶところがあったのだと気がつく彼女。 一方、突然彼女を好ましく感じ始めた夫は、離婚届の提出を取り止めるよう提案するが……。 愛することを止めたがゆえに、夫のわがままにも優しく接することができるようになった妻と、そんな妻の気持ちを最後まで理解できなかった愚かな夫のお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID25290252)をお借りしております。

告白さえできずに失恋したので、酒場でやけ酒しています。目が覚めたら、なぜか夜会の前夜に戻っていました。

石河 翠
恋愛
ほんのり想いを寄せていたイケメン文官に、告白する間もなく失恋した主人公。その夜、彼女は親友の魔導士にくだを巻きながら、酒場でやけ酒をしていた。見事に酔いつぶれる彼女。 いつもならば二日酔いとともに目が覚めるはずが、不思議なほど爽やかな気持ちで起き上がる。なんと彼女は、失恋する前の日の晩に戻ってきていたのだ。 前回の失敗をすべて回避すれば、好きなひとと付き合うこともできるはず。そう考えて動き始める彼女だったが……。 ちょっとがさつだけれどまっすぐで優しいヒロインと、そんな彼女のことを一途に思っていた魔導士の恋物語。ハッピーエンドです。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

人違いラブレターに慣れていたので今回の手紙もスルーしたら、片思いしていた男の子に告白されました。この手紙が、間違いじゃないって本当ですか?

石河 翠
恋愛
クラス内に「ワタナベ」がふたりいるため、「可愛いほうのワタナベさん」宛のラブレターをしょっちゅう受け取ってしまう「そうじゃないほうのワタナベさん」こと主人公の「わたし」。 ある日「わたし」は下駄箱で、万年筆で丁寧に宛名を書いたラブレターを見つける。またかとがっかりした「わたし」は、その手紙をもうひとりの「ワタナベ」の下駄箱へ入れる。 ところが、その話を聞いた隣のクラスのサイトウくんは、「わたし」が驚くほど動揺してしまう。 実はその手紙は本当に彼女宛だったことが判明する。そしてその手紙を書いた「地味なほうのサイトウくん」にも大きな秘密があって……。 「真面目」以外にとりえがないと思っている「わたし」と、そんな彼女を見守るサイトウくんの少女マンガのような恋のおはなし。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しています。 扉絵は汐の音さまに描いていただきました。

あなたのそばにいられるなら、卒業試験に落ちても構いません! そう思っていたのに、いきなり永久就職決定からの溺愛って、そんなのありですか?

石河 翠
恋愛
騎士を養成する騎士訓練校の卒業試験で、不合格になり続けている少女カレン。彼女が卒業試験でわざと失敗するのには、理由があった。 彼女は、教官である美貌の騎士フィリップに恋をしているのだ。 本当は料理が得意な彼女だが、「料理音痴」と笑われてもフィリップのそばにいたいと願っている。 ところがカレンはフィリップから、次の卒業試験で不合格になったら、騎士になる資格を永久に失うと告げられる。このままでは見知らぬ男に嫁がされてしまうと慌てる彼女。 本来の実力を発揮したカレンはだが、卒業試験当日、思いもよらない事実を知らされることになる。毛嫌いしていた見知らぬ婚約者の正体は実は……。 大好きなひとのために突き進むちょっと思い込みの激しい主人公と、なぜか主人公に思いが伝わらないまま外堀を必死で埋め続けるヒーロー。両片想いですれ違うふたりの恋物語。ハッピーエンドです。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

処理中です...