KNOCK

菅井群青

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31.その時

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「悪い、斉藤……先方が建築資材の関係で先に家具の取り付けを終わらせたいそうなんだが──」

「オッケーです。あ、坂上さんから預かっているトイレの鏡を後に回す形で──」

「あ、俺手が空いてるから先にデータ起こしといてやるよ。どうせついでだし」

《Design.mochi》のアンティーク部は大忙しだ。以前もそれなりには忙しかったが、結衣がデザイナーになり、【影花】が再度注目される事になり和モダンの流行と共にオファーが殺到している。うれしい悲鳴とはこの事だ。

「先輩、この日に最終工程なんで一緒に行っていただけますか」

「この日の──」

 手帳を牧田の方に近づけると互いの肘がコツンと当たる。それだけなのに結衣は胸がドキドキしてしまう。年甲斐もなくこんな事で何考えているんだか……自分でも呆れてしまうが胸のときめきはコントロール出来ない。バレぬように瞬きを繰り返すがバチっと牧田と目が合うとお互いにそらす。

「あぁ……不穏だねぇ……」

 木下が持っていたカタログを丸めると牧田を覗く。すぐさま横にいる結衣にも照準を合わせる。坂上が覗き穴に手をやると「いいから、はいはい」と言い中川の連絡事項の報告が再開した。
結衣と牧田は目配せをしてそのまま手帳へと視線を移した。お互いの口元は少し微笑んだままだった。


 その日の晩は結衣の部屋で晩御飯を一緒に食べていた。牧田は結衣よりも手際が良くあっという間に和風の食卓がテーブルに並ぶ。今まで一人で食べていたので二人でこのテーブルは厳しい。手を合わせて食べ始めると結衣が思い出したように冷蔵庫から例の物を出した。ギチギチに皿が置かれた一角に控えめにそれが置かれると牧田は待ってましたと言わんばかりにえのき茸に手を伸ばす。

「それ、好き?」

「……えぇ、好きです」

 牧田の答えに思わず結衣が微笑んだ。




 工房の最終工程の確認のため二人は一緒に行くことになった。今回ようやく図書館に置く予定のイスの完成品が見られることになる。本当は牧田一人だったが、牧田たっての希望で結衣も同伴することになった。

「すみません、どうしてもこの作品は確認して欲しくて……」

「いえ、大丈夫です」

「斉藤さん、これ先方にお渡しください。あと、手土産も買っといたんで」

 中川が書類と紙袋を手渡すと笑顔で二人を送り出した。

 前回と同様隣の県にまで行かなくてはいけない。最寄りの駅から少し距離があり、山手にあるのでタクシーに乗ることにした。

「ちょっと待っててね……」

 最寄り駅に着くと結衣はお手洗いに行くことにした。向こうについてから行きたくなってしまっては先方に失礼だ。
 
 鏡の前に立ち、化粧が崩れてないかを確認していると随分古い駅舎だからだろう、鏡の角が欠けて割れていた。結衣は最後に会った五年後の牧田のことを思い出していた。
 最後に何かを伝えたがっていたのに、神さまに邪魔をされてしまった。ふぅっと大きなため息をつくと牧田待つ改札へと急いだ。

「じゃあ、行きましょう……」

 二人がタクシー乗り場に向かう途中に急いでいたのだろう一人の少女にぶつかった。コンサートに行くのだろう、大荷物で重たそうだ。そのままバスを通り越し、タクシー乗り場へとついた。目の前に立っていた革ジャンを着た男性のデザインを見て牧田が「なるほどな」と感心している。やはりデザイナーはこういうところからもインスピレーションが降りてくるのだろう。その男性が到着したタクシーに乗ると、すぐに道の向こうから乗り場に向かってくるタクシーが見える。

「ラッキーですね、いつもここで時間がかかるんですけど」

 タクシーが着くと男性運転手が私たちの持っていたスーツケースをトランクに乗せて後部座席のドアを開けてくれた。後部座席に乗り込むと、夕方に差し掛かっていたので夕日が眩しい。運転手は胸元にあったサングラスをかけて「行き先はどうしましょう?」と尋ねた。

「△△工房でおねがいします」

 運転手は元気よくサイドブレーキを下ろして出発した──。
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