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24.いつか
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「こんばんは」
「……こん、ばんは」
一瞬違うところへ繋がったのかと思った。結衣がドアを開けるとなぜか牧田は薄い青色のサングラスをかけている。まぁ正直似合ってはいるけれど、今は晩、しかもここは室内だ。触れてはいけないだろう……そう思いぐっと結衣は堪えた。
「そういえば、牧田くんは今は独立しているんですか?」
「ええ、今は自分でオフィスを構えています」
当然といえば当然だ。牧田ほどのデザイナーがブランドを立ち上げないはずはない。ちらっと牧田を見ると牧田はドアの前でゆったりとビールを呑んでいる。すっかり、ドアの前で晩酌が定番になってしまったようだ。この前の泥酔していた時の話はお互いしなかった。牧田はご機嫌なようではにかむような笑顔で缶に口をつける。ずっと聞きたいと思っていた事を思い切って聞くことにする。
「あの……今の牧田くんよりも随分笑顔が増えたように思うんですけど」
牧田はビールを置くと遠い目をして笑う。酔うほど飲んでないがなにがそんなに楽しそうなんだろう。結衣はジンジャーエールをに口をつけるとプハッとビール顔負けの飲み方をする。
結衣は酒は飲めない。もっぱらこのジンジャーエールが飲み会の飲み物だ。牧田に合わせるために買い置きするようになった。
「先輩のおかげですよ。昔、笑えなかったんですけど……先輩が治してくれました」
「そうなの? あー……今はまだ笑わせられてないわ」
結衣が残念そうに言うと、牧田は「そういうんじゃないですけどね」と笑った。
「色々な話をしましたよ、その飲み物の事も、えのき茸の事も知ってます。【影花】のことも……他にも色々知っています。◇@&〓∞◉×✳︎☆!~\$があって……あ、これはNGみたいですね」
牧田はビールを飲み干すと悔しそうに笑った。こんな風に笑えるように自分が変えたなんて嘘みたいだが素直に嬉しい。
「あぁ、そうだ」
牧田は一度部屋から出ると手に何か持ってきた。白のTシャツにアルファベットが書かれている。どこかのバスらしきイラスト付きだ。どうやら自慢したいらしいが生憎このデザインの良さがわからない。
「あぁ……バス最近乗ってないな」としか言えない。牧田はそれでも嬉しそうだった。
◇
ようやく図書館の椅子のデザインが完成した。建築士にサンプルを見せるため牧田は隣の県の工房へと向かうことになった。近場でもいくらでも加工できる工場や工房はあるが、武田の信頼おける職人がそこに居るため、ここぞという時はそこへお願いすることが大半だ。牧田の進捗状況を確認し武田は手帳に書き込む。
「斉藤、悪いけどこのメーカーの卸先調べといて」
「はい」
今日も屋久杉のテーブルには多くのデザイン画が並べられている。結衣が一枚手に取ると何かを考えているようだ。牧田がそれに気付くと結衣に声を掛けた。
「坂上先輩のデザイン画ですね。これは来年の木夜風さんの客室ですっけ」
他のデザイン画を見ていた坂上がこちらに目をやると「あぁ、それね」と言って眼鏡をずり下げる。老舗の旅館の改装で今現存する古材を使ってリニューアルしたいという要望があった。坂上は和モダンなデザインに定評があり最近は坂上に直に依頼が来るようになっていた。結衣も坂上の日本人らしい発想や雰囲気づくりが素敵だと思っていた。
「この感じって坂上さんぽいよねー。なんか老後こんな家に住みたいよね」
木下が坂上のデザインした座卓を見てロマンチックな目で天井を見上げる。
「老後を語る前にお前は早く結婚しろ。坂上この古材だが、耐震に引っかかるかもしれんぞ、建築士に聞いてみておいてくれ」
武田の言葉をメモに取ると坂上は手を止め、障子のデザインを見ていた結衣に目を向ける。
「斎藤さん……その障子のデザイン何か気になるところある?」
「え?──私……」
驚いた。いつもと変わらずデザイン画を見ていただけなのにそんなことを聞くなんて初めてだ。
戸惑っていると横から「思ったこと言ってみれば」としれっとした表情で牧田が続く。皆の目が結衣に集まっているのを感じる。
「この部屋は、西日が入るので眩しいんですけど障子に紅葉の細工を入れると燃えるような紅葉が畳や襖に映えるかなと……ちょうどチェックインされる時間帯なのでそういう演出もいいかなって……」
皆の沈黙でつい熱く話しすぎていたことに気付く。謝ろうと口を開こうとしたら木下が嬉しそうに笑う。
「最高じゃん、いいんじゃん?」
「純日本って感じだな。若い子にも海外からの観光客も多い旅館だ。紅葉の時期でない時でも楽しんでもらえるかもしれんな」
木下と武田が結衣の後に続くように次々とアイデアを出していく。坂上はあわてて手帳に書き込んでいく。三人の様子を見て結衣は戸惑いながらも胸が熱くなる。夢にまで見た光景だ。デザイナーの一員として意見を出して語り合うこと……こんな形で叶うとは思わなかった。
「だから言ったんです……先輩はデザイナーの塊ですよ」
結衣にしか聞こえないように小さな声で牧田が呟いた。その日のミーティングはいつもより長くなったが、実りあるものになった。
結衣が皆のコーヒーを入れに席を立つと、武田が嬉しそうにその背中を目で追う。
「なぁ、気付いたか?」
「ですねぇ、気付かないバカだと思ってました?」
武田と木下がニヤニヤと思い出し笑いをする。坂上が二人を一瞥するとすぐにデザイン画に目を通していく。
「斎藤が、本当に笑ったな……」
「そうっすね……アイツはやっぱ根っからのデザイナーですね」
坂上はペンを止め結衣に視線を送ると微笑んだ。
「……こん、ばんは」
一瞬違うところへ繋がったのかと思った。結衣がドアを開けるとなぜか牧田は薄い青色のサングラスをかけている。まぁ正直似合ってはいるけれど、今は晩、しかもここは室内だ。触れてはいけないだろう……そう思いぐっと結衣は堪えた。
「そういえば、牧田くんは今は独立しているんですか?」
「ええ、今は自分でオフィスを構えています」
当然といえば当然だ。牧田ほどのデザイナーがブランドを立ち上げないはずはない。ちらっと牧田を見ると牧田はドアの前でゆったりとビールを呑んでいる。すっかり、ドアの前で晩酌が定番になってしまったようだ。この前の泥酔していた時の話はお互いしなかった。牧田はご機嫌なようではにかむような笑顔で缶に口をつける。ずっと聞きたいと思っていた事を思い切って聞くことにする。
「あの……今の牧田くんよりも随分笑顔が増えたように思うんですけど」
牧田はビールを置くと遠い目をして笑う。酔うほど飲んでないがなにがそんなに楽しそうなんだろう。結衣はジンジャーエールをに口をつけるとプハッとビール顔負けの飲み方をする。
結衣は酒は飲めない。もっぱらこのジンジャーエールが飲み会の飲み物だ。牧田に合わせるために買い置きするようになった。
「先輩のおかげですよ。昔、笑えなかったんですけど……先輩が治してくれました」
「そうなの? あー……今はまだ笑わせられてないわ」
結衣が残念そうに言うと、牧田は「そういうんじゃないですけどね」と笑った。
「色々な話をしましたよ、その飲み物の事も、えのき茸の事も知ってます。【影花】のことも……他にも色々知っています。◇@&〓∞◉×✳︎☆!~\$があって……あ、これはNGみたいですね」
牧田はビールを飲み干すと悔しそうに笑った。こんな風に笑えるように自分が変えたなんて嘘みたいだが素直に嬉しい。
「あぁ、そうだ」
牧田は一度部屋から出ると手に何か持ってきた。白のTシャツにアルファベットが書かれている。どこかのバスらしきイラスト付きだ。どうやら自慢したいらしいが生憎このデザインの良さがわからない。
「あぁ……バス最近乗ってないな」としか言えない。牧田はそれでも嬉しそうだった。
◇
ようやく図書館の椅子のデザインが完成した。建築士にサンプルを見せるため牧田は隣の県の工房へと向かうことになった。近場でもいくらでも加工できる工場や工房はあるが、武田の信頼おける職人がそこに居るため、ここぞという時はそこへお願いすることが大半だ。牧田の進捗状況を確認し武田は手帳に書き込む。
「斉藤、悪いけどこのメーカーの卸先調べといて」
「はい」
今日も屋久杉のテーブルには多くのデザイン画が並べられている。結衣が一枚手に取ると何かを考えているようだ。牧田がそれに気付くと結衣に声を掛けた。
「坂上先輩のデザイン画ですね。これは来年の木夜風さんの客室ですっけ」
他のデザイン画を見ていた坂上がこちらに目をやると「あぁ、それね」と言って眼鏡をずり下げる。老舗の旅館の改装で今現存する古材を使ってリニューアルしたいという要望があった。坂上は和モダンなデザインに定評があり最近は坂上に直に依頼が来るようになっていた。結衣も坂上の日本人らしい発想や雰囲気づくりが素敵だと思っていた。
「この感じって坂上さんぽいよねー。なんか老後こんな家に住みたいよね」
木下が坂上のデザインした座卓を見てロマンチックな目で天井を見上げる。
「老後を語る前にお前は早く結婚しろ。坂上この古材だが、耐震に引っかかるかもしれんぞ、建築士に聞いてみておいてくれ」
武田の言葉をメモに取ると坂上は手を止め、障子のデザインを見ていた結衣に目を向ける。
「斎藤さん……その障子のデザイン何か気になるところある?」
「え?──私……」
驚いた。いつもと変わらずデザイン画を見ていただけなのにそんなことを聞くなんて初めてだ。
戸惑っていると横から「思ったこと言ってみれば」としれっとした表情で牧田が続く。皆の目が結衣に集まっているのを感じる。
「この部屋は、西日が入るので眩しいんですけど障子に紅葉の細工を入れると燃えるような紅葉が畳や襖に映えるかなと……ちょうどチェックインされる時間帯なのでそういう演出もいいかなって……」
皆の沈黙でつい熱く話しすぎていたことに気付く。謝ろうと口を開こうとしたら木下が嬉しそうに笑う。
「最高じゃん、いいんじゃん?」
「純日本って感じだな。若い子にも海外からの観光客も多い旅館だ。紅葉の時期でない時でも楽しんでもらえるかもしれんな」
木下と武田が結衣の後に続くように次々とアイデアを出していく。坂上はあわてて手帳に書き込んでいく。三人の様子を見て結衣は戸惑いながらも胸が熱くなる。夢にまで見た光景だ。デザイナーの一員として意見を出して語り合うこと……こんな形で叶うとは思わなかった。
「だから言ったんです……先輩はデザイナーの塊ですよ」
結衣にしか聞こえないように小さな声で牧田が呟いた。その日のミーティングはいつもより長くなったが、実りあるものになった。
結衣が皆のコーヒーを入れに席を立つと、武田が嬉しそうにその背中を目で追う。
「なぁ、気付いたか?」
「ですねぇ、気付かないバカだと思ってました?」
武田と木下がニヤニヤと思い出し笑いをする。坂上が二人を一瞥するとすぐにデザイン画に目を通していく。
「斎藤が、本当に笑ったな……」
「そうっすね……アイツはやっぱ根っからのデザイナーですね」
坂上はペンを止め結衣に視線を送ると微笑んだ。
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