KNOCK

菅井群青

文字の大きさ
上 下
24 / 36

24.いつか

しおりを挟む
「こんばんは」

「……こん、ばんは」

 一瞬違うところへ繋がったのかと思った。結衣がドアを開けるとなぜか牧田は薄い青色のサングラスをかけている。まぁ正直似合ってはいるけれど、今は晩、しかもここは室内だ。触れてはいけないだろう……そう思いぐっと結衣は堪えた。

「そういえば、牧田くんは今は独立しているんですか?」

「ええ、今は自分でオフィスを構えています」

 当然といえば当然だ。牧田ほどのデザイナーがブランドを立ち上げないはずはない。ちらっと牧田を見ると牧田はドアの前でゆったりとビールを呑んでいる。すっかり、ドアの前で晩酌が定番になってしまったようだ。この前の泥酔していた時の話はお互いしなかった。牧田はご機嫌なようではにかむような笑顔で缶に口をつける。ずっと聞きたいと思っていた事を思い切って聞くことにする。

「あの……今の牧田くんよりも随分笑顔が増えたように思うんですけど」

 牧田はビールを置くと遠い目をして笑う。酔うほど飲んでないがなにがそんなに楽しそうなんだろう。結衣はジンジャーエールをに口をつけるとプハッとビール顔負けの飲み方をする。
 結衣は酒は飲めない。もっぱらこのジンジャーエールが飲み会の飲み物だ。牧田に合わせるために買い置きするようになった。

「先輩のおかげですよ。昔、笑えなかったんですけど……先輩が治してくれました」

「そうなの? あー……今はまだ笑わせられてないわ」

 結衣が残念そうに言うと、牧田は「そういうんじゃないですけどね」と笑った。

「色々な話をしましたよ、その飲み物の事も、えのき茸の事も知ってます。【影花】のことも……他にも色々知っています。◇@&〓∞◉×✳︎☆!~\$があって……あ、これはNGみたいですね」

 牧田はビールを飲み干すと悔しそうに笑った。こんな風に笑えるように自分が変えたなんて嘘みたいだが素直に嬉しい。

「あぁ、そうだ」

 牧田は一度部屋から出ると手に何か持ってきた。白のTシャツにアルファベットが書かれている。どこかのバスらしきイラスト付きだ。どうやら自慢したいらしいが生憎このデザインの良さがわからない。

「あぁ……バス最近乗ってないな」としか言えない。牧田はそれでも嬉しそうだった。





 ようやく図書館の椅子のデザインが完成した。建築士にサンプルを見せるため牧田は隣の県の工房へと向かうことになった。近場でもいくらでも加工できる工場や工房はあるが、武田の信頼おける職人がそこに居るため、ここぞという時はそこへお願いすることが大半だ。牧田の進捗状況を確認し武田は手帳に書き込む。

「斉藤、悪いけどこのメーカーの卸先調べといて」

「はい」

 今日も屋久杉のテーブルには多くのデザイン画が並べられている。結衣が一枚手に取ると何かを考えているようだ。牧田がそれに気付くと結衣に声を掛けた。

「坂上先輩のデザイン画ですね。これは来年の木夜風さんの客室ですっけ」

 他のデザイン画を見ていた坂上がこちらに目をやると「あぁ、それね」と言って眼鏡をずり下げる。老舗の旅館の改装で今現存する古材を使ってリニューアルしたいという要望があった。坂上は和モダンなデザインに定評があり最近は坂上に直に依頼が来るようになっていた。結衣も坂上の日本人らしい発想や雰囲気づくりが素敵だと思っていた。

「この感じって坂上さんぽいよねー。なんか老後こんな家に住みたいよね」

 木下が坂上のデザインした座卓を見てロマンチックな目で天井を見上げる。

「老後を語る前にお前は早く結婚しろ。坂上この古材だが、耐震に引っかかるかもしれんぞ、建築士に聞いてみておいてくれ」

 武田の言葉をメモに取ると坂上は手を止め、障子のデザインを見ていた結衣に目を向ける。

「斎藤さん……その障子のデザイン何か気になるところある?」

「え?──私……」

 驚いた。いつもと変わらずデザイン画を見ていただけなのにそんなことを聞くなんて初めてだ。

 戸惑っていると横から「思ったこと言ってみれば」としれっとした表情で牧田が続く。皆の目が結衣に集まっているのを感じる。

「この部屋は、西日が入るので眩しいんですけど障子に紅葉の細工を入れると燃えるような紅葉が畳や襖に映えるかなと……ちょうどチェックインされる時間帯なのでそういう演出もいいかなって……」

 皆の沈黙でつい熱く話しすぎていたことに気付く。謝ろうと口を開こうとしたら木下が嬉しそうに笑う。

「最高じゃん、いいんじゃん?」

「純日本って感じだな。若い子にも海外からの観光客も多い旅館だ。紅葉の時期でない時でも楽しんでもらえるかもしれんな」

 木下と武田が結衣の後に続くように次々とアイデアを出していく。坂上はあわてて手帳に書き込んでいく。三人の様子を見て結衣は戸惑いながらも胸が熱くなる。夢にまで見た光景だ。デザイナーの一員として意見を出して語り合うこと……こんな形で叶うとは思わなかった。

「だから言ったんです……先輩はデザイナーの塊ですよ」

 結衣にしか聞こえないように小さな声で牧田が呟いた。その日のミーティングはいつもより長くなったが、実りあるものになった。
 結衣が皆のコーヒーを入れに席を立つと、武田が嬉しそうにその背中を目で追う。

「なぁ、気付いたか?」

「ですねぇ、気付かないバカだと思ってました?」

 武田と木下がニヤニヤと思い出し笑いをする。坂上が二人を一瞥するとすぐにデザイン画に目を通していく。

「斎藤が、本当に笑ったな……」

「そうっすね……アイツはやっぱ根っからのデザイナーですね」

 坂上はペンを止め結衣に視線を送ると微笑んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

初恋の呪縛

泉南佳那
恋愛
久保朱利(くぼ あかり)27歳 アパレルメーカーのプランナー × 都築 匡(つづき きょう)27歳 デザイナー ふたりは同じ専門学校の出身。 現在も同じアパレルメーカーで働いている。 朱利と都築は男女を超えた親友同士。 回りだけでなく、本人たちもそう思っていた。 いや、思いこもうとしていた。 互いに本心を隠して。

私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。

さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。 許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。 幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。 (ああ、もう、) やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。 (ずるいよ……) リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。 こんな私なんかのことを。 友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。 彼らが最後に選ぶ答えとは——?

冷たい彼と熱い私のルーティーン

希花 紀歩
恋愛
✨2021 集英社文庫 ナツイチ小説大賞 恋愛短編部門 最終候補選出作品✨ 冷たくて苦手なあの人と、毎日手を繋ぐことに・・・!? ツンデレなオフィスラブ💕 🌸春野 颯晴(はるの そうせい) 27歳 管理部IT課 冷たい男 ❄️柊 羽雪 (ひいらぎ はゆき) 26歳 営業企画部広報課 熱い女

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

【完結】巻き戻りを望みましたが、それでもあなたは遠い人

白雨 音
恋愛
14歳のリリアーヌは、淡い恋をしていた。相手は家同士付き合いのある、幼馴染みのレーニエ。 だが、その年、彼はリリアーヌを庇い酷い傷を負ってしまった。その所為で、二人の運命は狂い始める。 罪悪感に苛まれるリリアーヌは、時が戻れば良いと切に願うのだった。 そして、それは現実になったのだが…短編、全6話。 切ないですが、最後はハッピーエンドです☆《完結しました》

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

処理中です...