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菅井群青

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13.現在の二人

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 朝早く出勤した牧田は急いで資料室へと向かった。誰にもバレずにあることを確認するためだ。内側から鍵を閉めると数ある作品集の本の中から彼の名前を探し出す。

 白川龍樹

 この《Design.mochi》の創立者の一人で、数年前独立し、いまや確固たる地位を確立している男だ。

 牧田も以前仕事で訪れた懐石料理店で顔を合わせたことがある。向こうはプライベートだったが髪をグレーに染めて見るからに金持ちな風格だった。横に綺麗な女を連れていたが女を見る目が下品で不快な男だった。
 挨拶も早々に切り上げたが、昨晩結衣のことが無ければこの男の本など手に取らなかっただろう。ただ、今は違う意味で白川に怒りを抱いていた──。

 ある写真のページで牧田の手が止まった。
 高級日本料理店の天井に結衣の作った影花がある。柔らかな光が土間の土に落ち、御影石の上にぼんやりとした照明の光が降り注ぎ優しげな雰囲気を出している。結衣らしい素朴で優しい、自然に溶け込むデザイン家具だ。それなのに作者の欄には白川龍樹の文字がある。この作品で白川は確固たる地位を手に入れ、このデザインはシリーズ化している。この彫刻技法=白川といわれるぐらいだ。

 牧田は本を床に叩きつけた。思わず踏みつけそうになる。その怒りを必死で堪えた。

「クソ野郎が……」

 デザイナーとしてこの男はタブーを犯した。人が精魂込めて作り出したものを奪った。木屑だらけで笑う結衣を思い出し胸が苦しくなる。
 今はまだ影花は結衣の手元にある。今からどうにかして白川と接触させなければ、未来は変わるかもしれない。

「この男のせいで……この男のせいで先輩は笑顔と夢を失ったんだな……」

 牧田は壁にもたれると力無く床へとずれ落ちる。何も知らなかったとはいえなんて言葉を投げかけてしまった事を後悔していた。

 本当は今も木に対する思いは変わらないのだろう。屋久杉のテーブルに座ると年輪を優しく指でなぞる姿を度々見ていた。
 こんな環境で働き続けるのは辛いだろう。だけど、離れて別の仕事をついてももっと辛いだろう。どこにいても辛いのなら……せめて木のそばに、新たな家具が生まれてくる時を共有したかったのかもしれない。

 牧田が頭を抱えていると資料室のドアがノックされる。どうやら結衣が出勤してきたようだ。慌てて本を本棚に戻し適当に本を手に取り鍵を開ける。鍵が掛けられていることにも驚いたが、中にいる人物が意外だったのか結衣が大きな目を見開いている。

(……? こんなに表情に出る人だったか?)

 牧田が何も言わずにいると、さっと仮面を被り直しいつも通り素っ気なく挨拶をする。
 牧田は部屋の中に入ろうとする結衣の腕を掴む。結衣が立ち止まり振り返ると牧田が口を開く。【影花】の事を聞くためだ。

「…………」

 声が出ない。話そうとしているのに喉から声が全く出ない。引き止めたのに何も言わない牧田に結衣は何かを思い出す。

「あぁ、慈善パーティーですか? 欠席されるんですよね?」

 腕に抱えて持っていたファイルから白い封筒を抜き取り手渡す。

「あぁ、すみません。ありがとうございます」

 要らぬ言葉はすらすらと言えた。神さまは用意周到らしい。【影花】のことは本人に聞くなということか。ならば──他の人間に聞こう。

「慈善パーティーなら、《Design.mochi》の創立者四人も参加するんですね?」

 毎年行われるパーティーは業界の先駆者たちが来賓として呼ばれることが通例だ。特にこの四人は間違いないだろう。先輩は「そうでしょうね」と言った。少し顔に影を落としたように見える。それは俺が理由を知ってしまったからかもしれない。俺が──白川に聞くしかない。

「今回は出ます」
「え!?」

 牧田の返事に結衣は大きな声を出す。牧田のメディア嫌いは有名な話だ。在学の時から注目されていた牧田は新進気鋭の期待の新人デザイナーとして追い回され、プロになる前にすっかり毛嫌いするようになった。これまでパーティーは全て欠席していたが自分から言い出すなど初めての事だ。
 
 結衣が心配して牧田を見上げるとなぜか赤い顔をしていた。もしかしたら熱でもあるのかもしれない。そっと額に手を当ててみるとやはり少し体温が高いような気がする。

「熱、あるかもしれませんね。薬をもらってきますから牧田さん、ご自分の部屋に戻っておいてくださいね」

 真っ赤に固まる牧田を置いて結衣は抱えた荷物をデスクに置き颯爽と資料室を出て行った。
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