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菅井群青

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12.夢追い

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「不穏だねぇ……」

 目の前の男は結衣のデスクにやってきて電子タバコを咥えている。座ろうともせずうろちょろと結衣の周りを練り歩く。

 木下は会社員らしくない服装のことが多い。イギリスの名探偵のような服の時もあれば軍隊に入隊したかのような迷彩服で出勤する。なんでもありな男だ。ちなみに今日はちょい悪テレビPD風だ。背中に掛けた赤のカーディガンが気になる。真夏には必要ない物だ。
 結衣のデスクは個室ではなく過去のデザインの資料室や世界の美術館カタログが置かれたいわゆる資料室の一角にある。
 さっきから木下は溜息をつきネガティブ発言をしている。無視を決め込んでいたがあまりにしつこいので仕方なく声を掛ける。

「何よ、どうしたの?」

 ようやく自分に構ってもらえて嬉しいのかすぐさま結衣の背後に立ち肩を揉み始める。この男の機嫌伺いの時はロクなことがない。

「絶対嫌だからね。納期とか動かさないよ」

 先に先制攻撃を行うと木下が「俺って信用ないのな」と言って笑う。アーティストとしても活躍する木下はこの資料室によく足を運ぶ。今日もその用事でここに来たはずなのにいつまで経っても部屋に戻ろうとしない。

「あいつと、なんかあった? 牧田と」

 結衣は木下から牧田の名前が出たことに驚く。

「何もトラブってないけど……」

「それだよ、それ。気付いてるか? ここ数日お前達やり合ってないだろう?」

 そういえばそうだ。うっかりしていたが、なぜか牧田も大人しく、結衣も文句の一つも言わなかった。平和な日々だったのを指摘されて気付いた。

「気付いてなかったかぁ……不穏だねぇ……」

 呆れたように木下は同じ言葉を繰り返すと部屋を出て行った。





「やっほー、元気してた?」

 牧田が窓を開けると結衣がちゃぶ台に山盛りのご飯とえのき茸らしきものをぶっかけて食べていた。木屑を服や髪にたくさん付けたまま食べる姿に一瞬どこから突っ込むべきか悩む。
 今回は物置ではなく結衣の台所があった場所に繋がったようだ。

「こんばんは、晩御飯の時間帯にすみません」

「大丈夫よ! 今日は日曜日で休みだからゆっくりしてたのよ。あなたも?」

「いえ、こちらは水曜日ですので……」

 昨日と今日続けて会っているのだが、どうやら久し振りに会ったらしい。二人の時間の進み方は全く異なるようだ。

 牧田と話している間にも白ご飯に追加のえのき茸を乗せて美味しそうに頬張っている。食べながらえのき茸の素晴らしさを語る結衣に声を出して笑った。

(──まただ、今度は完璧に笑えた)

 結衣といると笑顔が自然に出ることに驚いていた。結衣が自然体だからだろうか。

「先輩、えのき茸って蕎麦と一緒に食べると美味いですよ」

 俺の言葉に「くぅー、食べたかったな」と悔しそうな顔をする。どうやら蕎麦アレルギーらしい。軽いから心配ないらしいが蕎麦のアレルギーは重症化することがあるらしいので未だに食べれないと嘆く。

「ざる蕎麦すする音って、なんか夏だなぁって感じよね! えのき茸と一緒に食べるなんて最高」

 よほど好きなのかと牧田は感心していると、あっという間にご飯を平らげた。手のひらを合わせてえのき茸の瓶を大事そうに摩る。

 結衣からはベッドの上に座る牧田が見える。ベッドの枕元に最近悩みのデザイン画が置かれていた。
 結衣はそのデザイン画に興味が出たのかガラス越しに見せて欲しいと言ってきた。言葉も聞き取れるしデザイン画にモザイクが入らなかったことが不思議だったが、神さまのジャッジは的確だから問題ないのだろう。

 牧田はデザイン画を三枚を縦にしてガラスに押し付けた。結衣はゆっくりと一枚一枚なぞっていく。数日前に現在の結衣に同じものを見てもらったことを思い出していた。あの時もこうして見ていた。

「回転してくれる?」

 やはりデザインの見方は五年前も変わらないらしい。やはりというべきか、最後のデザイン画に興味を示したようだ。指でガラスを七回叩いた。デザインに少し気になるところがあると言い、結衣は部屋の物置に向かう。引き戸を開け放つとクロッキー帳と鉛筆を持って帰ってきた。さらさらと椅子のデザインを描いていく。
 手帳のメモ書きにも驚かされたが、こうして描く結衣の能力の高さに驚かされる。ものすごいスピードで全方位のデッサンが数枚出来上がった。

「ここ、ほら……横に並べるとラインが重なるじゃない? 図書館の椅子ならここを削って前傾にしたらいい──」

 牧田は結衣のデッサンとアドバイスに釘付けだった。五年前の結衣は牧田が有能だと知らないから遠慮なく言ってくれているのだろう。結衣の助言は的確かつ新鮮なものだった。女性らしい、柔らかなデザインで木目や木を愛でる気持ちが溢れている。

 牧田の中で疑問がどんどん膨れる。どうしてこんなにもデザイナーとしての熱意と才能に溢れた先輩がマネージャーをしているのか。

(この時の先輩は生き生きとしていて眩しいぐらいなのに。どうして、あの人は変わってしまったんだろう──)

「言うべきじゃないけど──悩んでるみたいだったし、ごめんね! 先輩風吹かせちゃった」

 結衣はボサボサのお団子頭をぽりぽりと掻く。牧田がお礼を言うと頰を赤らめて破顔した。つられて牧田も微笑んでしまう。
 二人を隔てるガラスに自分の手形が付いてしまい慌てて首に掛けていたタオルで熱心に拭いている結衣の姿は幼くて可愛らしい。今更ながらなぜこんなにも木屑だらけなのだろうか。牧田が頭を見ていることに気付いたようで結衣がハッとした顔をする。前髪を叩くと大きめの木屑が落ちてきた。それを摘んで牧田に見せた。

「あ。コレ? 今ね、創作活動最終段階だったの……あ、見せても良いのかな? あ、でも未来だからどうせ分かってることだもんね、ちょっと緊張するなー、まだ誰にも見せてないの」

 結衣はバタバタと物置に入っていくとかなり大きな木の板を抱えて戻ってきた。

「……え──?」

 固まる牧田に嬉しそうな結衣が作品を掲げて見せる。なにやら細かい説明をしているが牧田の耳には入ってこない。神さまのせいで言語が変換されているわけでもない。

 結衣の手にあるのはシーリングライトカバーだ。家庭用ではなく、商業用の長いタイプだ。板を彫刻刀で削り、多くの花々が彫られている。照明を通すために何重にも彫り込みをいれ、ライトを点けると床一面に美しい流れる川や花が浮かび上がる。
 展示会でも大好評でテレビにも取り上げられたほどの作品だ。

「ね? スゴイでしょ!題名はね──」

 結衣の手にある物は……デザイン家具の名匠、白川龍樹しらかわたつきの代表作──影花かげばなだった。
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