4 / 36
4.未来のあなた
しおりを挟む結衣のことを先輩と呼ぶのは一人しかいない。
目の前の男は素早くテーブルの上のシーリングのリモコンを押すと、目の前に眩い光に照らされた別世界が広がっていた。明らかに高級マンションの一室だ。結衣が呆然と眺めているといつのまにかドアの側に牧田が立ち、こちらを見下ろしていた。牧田の顔を恐る恐る見ると数時間前と随分と変わっている。茶色の髪のウェーブが消えて黒髪でスタイリッシュな短髪になり、いつのまに生えたのだろうか顎からもみあげにかけてヒゲが生えて大人の男になっている……。
「えっと……はじめまして」
数時間でここまで変化するとは考えにくい。結衣が数秒で叩き出した答えはこの男は牧田ではない、ということだった。もしくは血縁者かもしれない……。結衣も空腹でおかしくなっているのだろう。台所が高級マンションになっていることをすっかりどこか頭の片隅に置いて考えていた。
目の前の牧田は特に驚きもせずじっと結衣を見つめている。
「……俺、牧田康太ですよ」
ですよね、と心の中で呟くがどうにも納得いかない。摩訶不思議な事が自分の身に起こっているが少し夢かもしれないという思い始めていた。現に目の前の牧田は夏にも関わらずダッフルコートにマフラーをつけている。
「そちらは平成何年の何月ですか?」
牧田はなぜこんなに冷静でいられるのか不思議で仕方がない。相変わらず表情が乏しい為、感情を読む事ができない。
「平成三十年の九月です。すみません、もしかして……もしかしてなんだけど、未来の牧田君ですか?」
結衣が年号をいうと牧田の瞳が一瞬揺らいだ。何かを考えるようなそぶりを見せるとそのままコクリと頷いた。どうやらこの牧田は三十一歳になった牧田康太らしい。
五年後の牧田の部屋へとなぜか繋がった──。
結衣が恐る恐るドアの向こうに手を伸ばしてみるとガラスのようなものがあり向こう側には行けなくなっていた。防弾ガラスのような厚みのあるガラスだが声だけはそこにいるように聞き取れる。自分の掌の痕がついているのを自分の服の裾で拭き取るのを牧田が見ていた。
「うそ……なんで──」
拭き終えた結衣が顔を上げると信じられないものを見た、あの笑わない牧田が結衣を見て優しく微笑んでいた。
引きつった笑いでもなく、初めて見る自然な笑みに結衣はあんぐりと口を開けて驚く。結衣の顔を見て牧田も驚いているようで一瞬息を飲む。
「そうやって笑えるんですね……笑顔の方が何倍も似合ってますよ?」
結衣の反応に「あぁ、そうか」といいそのまま真顔に戻ってしまった。勿体ないと思ったが、少し嬉しかった。少なくとも五年後の彼はデザイナーとして成功し、自然な笑顔で笑う事ができるようになっていると知れた。
「すぐにでも本人に言いたいけどそれは無理でしょうね、信じてもらえなさそう……牧田くん絶対眉間にシワ寄せるな……」
「どちらにしても言うことは出来ないですよ、嘘みたいに声が出なくなりますから」
牧田はマフラーとコートを脱ぐとドアの前であぐらを組んだ。こうしてガラス張りに向かい合って座るのは緊張する。よりによってなぜ気の抜けた部屋着を選んでしまったのか……。結衣は落ち着かない様子でジャージの布地を摩った。
「先輩──◇@&〓∞◉×✳︎☆!~\$……なんて言ったか聞こえますか?」
「いや、全く……どういうことですか?」
どうやら過去と未来が繋がるときちんと安全装置が働くらしい。神様がチェックしているらしくて知るとダメなものは別の言語で掻き消され、見てはいけないものはモザイクが入るらしい。
そしてこのドアの存在を第三者に知らせたりする事は出来ない。かなりガード硬いな、神様と感心するが、今更ながら疑問が湧く。
「なんで牧田くんそんなに詳しいんですか?」
「……以前同じことを経験しまして」
詳しいことは話せないのだろう。深く聞いても無駄だろう。変な間が空いてしまったが、部屋の時計を見て思いのほか時間が経っていることに気付く。もう晩御飯どころか就寝している時間だ。
「──まぁ、五年後の牧田くんに会えてよかったです……じゃあ元気で頑張ってくださいね。さような──」
「だめだ!」
(はい? だめ? 何が?)
突然牧田が結衣に詰め寄るがガラスがあり牧田はガラスに手を当て悔しそうな顔をした。五年経ち牧田の眉間にはシワと精悍な顔立ちが掛け合い男らしさが増している。まるで別人のような雰囲気に圧倒されてしまう。
「先輩、このドアは自然に封鎖されるまで、毎日会い続ける必要があります。未来と過去のパワーが融合し、そしてそれをこのドアへと──」
突然の牧田の熱弁に結衣は相槌も忘れて聞き入る。結衣の知っている牧田はオタクでもないし中二病でもなかった。人は見かけによらないけど、経験者(?)が言うのなら間違い無いのだろう。たしかに牧田に延々と聞かされた時空の狭間とやらに挟まって死にたくはない。
「えっと……では、毎日会えばいいんですね?」
正直会社でも会っているのに家に帰ってまで牧田に会いたくはない。だけど、了承した時の牧田のほっとした顔を見ると嫌だとは言えなかった。
「七回、ドアを叩いてください。俺が返事をすればドアが繋がるはずですから」
「七回? 三回じゃなくてそんなに叩くんですか?」
結衣の言葉に牧田は一瞬目を泳がせたがそのままカレンダーを持ってきて日付にバツを付ける。向こうの世界はまだ11月のようだ。
「とりあえず、また明日……待ってますから」
「え? あ、はい、ではまた……」
結衣はドアをゆっくりと閉めていく。ドアが閉まるその瞬間まで牧田はじっと見送っていた。なぜ明日も会う約束をしたのに悲しげな表情をしていたのだろうか。ドアを閉めて数秒後ゆっくりドアを開けるとそこは見慣れた台所が戻っていた。未来の牧田は消えてしまった。
10
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説
初恋の呪縛
泉南佳那
恋愛
久保朱利(くぼ あかり)27歳 アパレルメーカーのプランナー
×
都築 匡(つづき きょう)27歳 デザイナー
ふたりは同じ専門学校の出身。
現在も同じアパレルメーカーで働いている。
朱利と都築は男女を超えた親友同士。
回りだけでなく、本人たちもそう思っていた。
いや、思いこもうとしていた。
互いに本心を隠して。
私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。
さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。
許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。
幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。
(ああ、もう、)
やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。
(ずるいよ……)
リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。
こんな私なんかのことを。
友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。
彼らが最後に選ぶ答えとは——?
冷たい彼と熱い私のルーティーン
希花 紀歩
恋愛
✨2021 集英社文庫 ナツイチ小説大賞 恋愛短編部門 最終候補選出作品✨
冷たくて苦手なあの人と、毎日手を繋ぐことに・・・!?
ツンデレなオフィスラブ💕
🌸春野 颯晴(はるの そうせい)
27歳
管理部IT課
冷たい男
❄️柊 羽雪 (ひいらぎ はゆき)
26歳
営業企画部広報課
熱い女
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

【完結】巻き戻りを望みましたが、それでもあなたは遠い人
白雨 音
恋愛
14歳のリリアーヌは、淡い恋をしていた。相手は家同士付き合いのある、幼馴染みのレーニエ。
だが、その年、彼はリリアーヌを庇い酷い傷を負ってしまった。その所為で、二人の運命は狂い始める。
罪悪感に苛まれるリリアーヌは、時が戻れば良いと切に願うのだった。
そして、それは現実になったのだが…短編、全6話。
切ないですが、最後はハッピーエンドです☆《完結しました》

皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる