霊とヤクザと統計学を侮るなかれ

菅井群青

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第一章 

85.負けない

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 晶は近くの銭湯から帰ると宿泊所の鍵を開けた。 長い間留守にしていたが一回だけ泥棒が入ったらしい。泥棒は晶の布団を盗もうとしたらしく見張りに来ていたタケが足を掴んで撃退した。 
 もちろんその後追いかけて枕元に立ったらしい。相当な恐怖だっただろう……相手はヤクザの幽霊だ。晶は有り難く布団に横になると背伸びをする。

「うー、疲れた……」

『色気がないな……』

 壁から銀角が現れた。晶の姿を見て安心したようだ。晶の横に腰掛けると葉巻に火をつける。

『随分と元気になったな……あの傷でこんなに早く回復するとはな……』

「例の紫の炎のおかげかな?」

「その件なんだが──」

 銀角は紫の光とその代償の話……都市伝説のサンと船越組の関係について、夢の中の何者かの声の話をした。晶は黙って聞いていた。紫の光については工場跡の時の田崎のナイフを見ていたので納得したようだ。

「ジェイが亡くなった晩……水晶玉が突然紫色に光り出したの。中二病婆さんが言っていたっていうのは本当だったんだ……」

『晶ちゃん、そのサンは恐らく船越だ。田崎に紫の力を授けて幽霊達を操っているんだろう。邪魔な奴らを殺し、その後で魂を消しているんだ……少し前から情報屋たちが失踪している事件も関わりがあるだろう』


「あの人が、サン……」

 工場跡でも、アパートでも田崎は太一に了解を取らなければナイフを使わなかった。下手に使えば太一の体に負担が来ることが分かっていたのだろう。

──同志よ……私の元へ来い……さもなくば次はないぞ

 あの声は、太一だったのか……。
 低く恐ろしい声だった。普段の声とはかけ離れている。まるで別人だった。

 晶はリュックから水晶玉を取り出す。晶は掌に乗せるが相変わらず透明なままだ。

「……普通だね」
『普通だな。どう使うんだ?』

 晶の気合の入ったうめき声やRPGの攻撃魔法を唱えてみたり、アニメで使われる魔法の言葉を言ってみるが変化はなかった。ただ、辱めを受けただけだ。目の前の銀角は必死で笑いを堪えている。左目から涙が落ちたのが見えて晶は頬を膨らませる。

『ふっ、ゴホゴホッ──あぁ、まぁ、また実験しよう。他の皆も呼んでくるからその時に──クククッ』

「見世物小屋じゃないよ! 二度とするもんか!」

 晶は耳まで真っ赤に染まった。晶は水晶玉をリュックに入れるとペットボトルの水を勢いよく飲んだ。その後部屋には強面コンビとジェイが現れた。マルの鼻からは鼻血が出ているが敢えて触れないでおく。

『姉ちゃんに、伝えなきゃいけないことがあるんだ……』

 タケが神妙な面持ちで語り始めた。銀角もジェイも何も言わなかった。

 マルも、タケも田崎に殺された……その事実は衝撃的だった。怒りで晶の顔がみるみる真っ赤になる。

「なんなの!? あの悪霊……最低じゃないの! 銀さん……なんでその時田崎を刑務所に放り込まなかったの!?」

『田崎は失踪したんだ……あれから誰も見ていない。幽霊になったという事は、どこかのタイミングで死んだんだろうな』

 銀角は溜息を漏らす。随分と昔の話だが、銀角はその時のことを鮮明に覚えているようだ。

「皆、船越組に殺されたのね……許せない──絶対に、罪を償わせるわ」

『晶ちゃん……怖くないのか?』

 銀角は晶がもう自分達と関わるのが嫌だと、怖いからやめたいと言うと思っていた。晶は船越組への怒りで震えている。


「怖いけど……逃げてもムダだもんね。もし、私にサンと同じ力があるんなら、やり合えるかもしれない……この水晶玉の使い方を探らなきゃ……」

 晶ちゃんは今までどんなに危険な現場でも逃げなかった、自分達を見捨てなかった。初めて会ったジェイですら小さな体で背負い、ジェイを助けようとした。

 晶ちゃんは小柄で細くて、そして──強い。

 銀角は頷くと礼を言うように晶の頬を撫でた。晶は水晶玉を再び握りしめた。掌に置かれた水晶玉は透明のままだった。




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