霊とヤクザと統計学を侮るなかれ

菅井群青

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第一章 

77.眠る晶

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 屋敷の一室に敷かれた布団の上で晶が眠っている。晶がよく休めるように離れの一室を用意していた。晶が苦しそうに呼吸をし魘されている。顔が赤く熱を持っていた。

 病院から屋敷に戻ると傷口の炎症が原因と思われる高熱が出た。抗生物質や解熱剤を熊田から処方されていたのでそれを飲ませてみたがまだ熱が下がらない。拳人は布団のそばに座り、晶の寝顔を見つめていた。

 今回があの女の仕業だということは、よほど知られたくない情報を晶が握ったか、恨みを買ったのかもしれない……。

 拳人たちが屋敷に戻るとあの晩に鉢合わせた舎弟から詳しい話を聞いた。随分と酔っていて記憶が曖昧だったがどうやら晶が女が争っている時に自分が鉢合わせてしまい……晶が自分を助けようとして刺された事を思い出した。

 自分の命より他人の命か……。

 晶の眠る顔は本当に幼くて儚くて触れると壊れてしまいそうだ。額には大粒の汗が出てきている。ここまで汗が出れば明日には熱は下がって良くなるだろう。

拳人が頰に触れようとしたときに障子が突然開いた。後ろを振り返ると小鉄……いや、佳奈が晶の着替えを抱えて立っていた。変な空気に瞬きを繰り返している。

「……お邪魔、です?」

「……待て。誤解だ」

 佳奈はそのままくるりと引き返そうとするが拳人が引き止めて中へと通す。

「今から着替えますので若はお休みください。私が今から看ますので」

 拳人が突然佳奈の腕を取ると驚いたように佳奈が拳人を見上げる。

「え? どうかしました?」

「いや、お前は女だが……もしかして小鉄の意識はあるのか?」

「え?」

 確かに確かめたことは無いが小鉄に自分が憑依している間の出来事を知られているのだろうか。佳奈はふとそこまで考えてみて、ヤスと熱い口づけをした時のことを思い出す。知られているのならこんな恥ずかしいことはない。

 ヤダヤダ、そんな訳ないじゃない!

 否定するように頭を振ると真っ赤な顔をしながら着替えの準備を始める。

「さ、さぁ、出てってくださいね、若」
「ちょ──おい……」

 佳奈に追いやられる形で拳人は部屋から出された。佳奈は汗をかいた服を着替えさせ、晶の手を優しく撫でる。

「早く良くなって……あなたにお願いしたいことがあるの」

 佳奈はこみ上げる涙を堪えて晶の汗をタオルで押さえた。





 屋敷に戻った銀角は溜め息をつく。縁側に腰掛けると晶の部屋へと視線をやる。ジェイや強面コンビも神妙な面持ちでその様子を見つめていた。晶のそばにいたいが霊力を消費して回復が遅れかもしれないと部屋の外で様子を見ていた。

『晶はよく眠る奴と思ってたけど、あれは力の代償やったんやな……あいつカバンの中に水晶玉入れて仕事してたもんな』

『ひどく、疲れるぐらいしか思ってないだろうな──特にあんな強い紫の光だ。田崎のものより強い。ジェイ、お前というやつを知ってるか? 幽霊を支配してる存在らしい』

『サン? 女か? 男か? そんな幽霊知らんけど』

 ジェイは記憶を呼び覚まそうとするが聞いたこともない。銀角はサンの話をすると三人とも驚いていた。幽霊になって長い強面コンビですらその存在を聞いたこともない。口にするのを憚れるほどの存在なのだろう。

『死んでるか生きてるかも分からん……晶ちゃんは間違いなくサンじゃない。それは分かる……ただ……さっき晶ちゃんが言っていた言葉が引っかかる』

 よ……私の元へ来い──さもなくば次はないぞ


『組長、もしかして姉ちゃんを襲ったのはサンなんじゃ……』

マルが心配そうに縁側から部屋を見つめる。銀角は眉間にしわを寄せじっと瞼を閉じる。

『恐らく、そうだろうな』

 直を使って晶を始末しようとした。サンは自分と同じ力を持った晶という存在に脅威を抱いたに違いない。

『船越は……関係あるんか? その……タケとマルと若の母親の死は……偶然じゃないんじゃ?』

『ジェイ……!?』

 マルが立ち上がる。タケがジェイの肩を掴んで引き寄せる。

『よせ……ジェイ──その話は……』

『タケ、マル、ごめん……でも、もう……知るべきや。晶の命も掛かってる──このままやったらみんなそのサンにやられてまう』

 銀角は静かにジェイの姿を捉えた。その瞳には悲しみの色が染み付いていた。銀角は強面コンビの顔を見て辛そうだった。

『お前たちは……事故じゃ、ない。殺されたんだ』

 殺された──。

 銀角の言葉にマルとタケが息を呑む。予想していなかったことではない。ただ、怖かった。マルは不安そうに震えている。その肩をタケが掴んで支える。

『お前たちは──田崎に殺された』

「田崎……っ……」

 その瞬間マルが頭を抱えて苦しみ出す。ひどく頭痛がするようだ。マルの頭の中で記憶が走馬灯のように流れていく。
 
 田崎に路地裏に追い込まれ気を失うまで殴られた……なぜ殴られたかまでは思い出せない。それまで田崎とは道ですれ違うたびに喧嘩になってやり合ってきた。

──お前のせいで……。

──なんで……。

 記憶の中の田崎が殴りながら何かを言っているが上手く聞き取れない。業務用のダストボックスに入りきらなかったゴミ袋の山で血だらけのタケが気を失っているのが見えた。


『おい、おい! マル! 大丈夫か?』

 タケが自分の体を激しく揺らしているのに気付きマルは覚醒する。銀角とジェイと目が合うとマルは涙を流し始めた。サングラスを外して握り締める。

『お、思い出した──あの日田崎に殴られてタケが……お前がゴミの山に──』

『もういい……分かったから息を吸え──マル! もういい!』

 タケがマルを抱きしめて背中を叩いてやる。ジェイの横顔は辛そうだった。ジェイの肩を銀角がそっと掴むと首を横に振った。

『小春のことは、時期が来れば話す。今は、まだ……受け入れられないだろう──』

 銀角が二人の背中を見て奥歯を噛み締めている。ジェイはズボンのポケットに手を突っ込むと俯いた。まさか田崎が二人を殺めていたとは思わなかった……船越と若林の間の怨恨が浮き彫りになった。

『サンが誰か分からないが、船越の裏には、サンがいる。それは間違いない……船越自身ががそのサンである可能性が高いがな……』

『やるしかない……晶にまだ伝えてないんやろ?』

 ジェイが拳を手で包むと気合いを入れる。見えない敵に宣戦布告をする。

『体調が回復したら話そう……それまでは──休ませてやらないとな』

 銀角は晶のいる部屋を見つめた。晶が静かに眠り続けていた。

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