霊とヤクザと統計学を侮るなかれ

菅井群青

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第一章 

58.殺し屋

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 メゾンの部屋のゴミ袋の中に店の看板に貼られていた営業時間の紙が入っていた。もう、メゾンはここへ帰ってこないと言っているようで辛くなる。ゴミ袋のそばで固まる拳人の背中を見たヤスは声を掛けられなかった。悲しみが溢れているその背中に触れられなかった。


 ガタンッ


 突然ドアが開くとそこには首元にナイフを突きつけられた小鉄が立っていた──。隣に立つ女はどこかで見覚えがある。

「──!?」

「……っ、すみません、若」

 小鉄が喉元に当てられたままのナイフのせいで声が籠っている。今は黒のスーツに髪を下ろしているがあの写真の女に間違い無いようだ。女は部屋をぐるりと見渡すと対して驚きもせず口角を上げてほくそ笑む。

「ちょっと遅かったみたいね、残念だわ……」

 直は二人に視線を戻すと旧友に会ったかのように微笑む。ナイフを手にしているとも思えない表情だ。

「はじめまして。その顔は私の事知ってるみたいね? 若と……ヤスさんね。このキレイな首筋の子は小鉄君かしら、首の皮が薄いのかしら? すぐに血が吹き出しそうね──」

 直が小鉄の首を恍惚とした表情で見つめる。刃先が皮膚をなぞると薄っすらと赤い線が入り微かに出血する。

「やめろ、手を出すな」

 拳人の言葉にピクリと刃先の動きを止めると視線を戻す。

「うちの組長の子猫……どこにやったのかしら? 連れ戻すように言われたのだけれど」

 直の言葉に拳人の眉がピクリと動く。どうやら逃げたのは船越組も予期せぬ事だったのだと知り、ヤスと拳人は目配せをする。

「簡単には教えるわけにはいかねぇな……そいつを殺したら教えない」

 ヤスの声が部屋に響くと直はくすくすと笑い出す。自分の手にあるナイフに今気づいたような素振りを見せた。

「期待を裏切るようで悪いけど、あの方の命令なしには殺せないわ。どんなに殺したくてもね……。ねぇ、一つだけ教えてくれない?──子猫ちゃんに騙されていたとしても若はあの子を許せるの?」


「……アイツはそんなヤツじゃない」

 拳人は眉間にしわを寄せじっと耐えている。絶対違う。人殺しをする人間とつるむような奴じゃない。

「……そう? 次に子猫を見つけたら殺すかもしれないわ。私、猫は嫌いなのよ……今日始末出来ればよかったのに──」

 小鉄の首に長い爪で引っ掻き傷をつける。小鉄の視界にはナイフか爪か分からず背筋を伸ばし恐怖に耐えている。

「やめろ!」

「アンタ……いい反応するのね。気をつけなさい。大切なものを守れないわよ」

 直が嬉しそうにヤスを見ると突然小鉄を解放して、ヤスに向けて小鉄を蹴り飛ばす。小鉄の膝が崩れると前倒しになる。ヤスが受け止めるとその隙に拳人が直の刃物を撥ねようとする。

 拳人の動きを読んでいた直はすぐさま刃物を拳人の方へ突きつけるとじりじりと後ろへと下がる。

「あ、私が忘れないでね」

直は玄関のドアを掴むと笑顔で出て行く。ヤスが急いで追うがあっという間に直は消えてしまった。拳人は奥歯を噛み締めるとドアを拳で殴る。

 あの女は間違いなくメゾンを連れ戻しに来たと装って始末する気だったに違いない。例の千里眼で身の危険を感じたのか分からないがどうやらメゾンは身を隠したらしい。

 あの女が言っていた言葉を思い出す──。あれは、本気だろう。去り際に言った「忘れないで」はその意味だ。

 次に子猫を見つけたら殺すかもしれないわ……。



 ヤスは小鉄の身体を起こすと首の傷を確認する。幸い跡は残らない程度に薄く切られていた。

「あ……あぁっ」
「大丈夫だ、大丈夫──」

 ヤスが小鉄の首にハンカチを当てるとビクリと身体を震わせたがすぐに落ち着きを取り戻す。さすがの小鉄も顔色が悪い。拳人は壁にもたれ掛かると大きく息をついた。
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