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第一章 

104.助けて

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「ええ。私達も向かいます……組長もお気をつけて」 

 晶は電話を切るなり屋敷を飛び出す。情報を掻き集めてくれた幽霊組員たちに一礼すると手を振り送り出してくれた。こんな若い小娘をよく信じてくれたと感謝する。

 幽霊たちが最後に拳人たちを目撃した位置から目的地まではかなり近い。すっかり夜も更けて暗闇に包まれた。拉致されてから随分と時間が経っている。秋風で肌寒い中、小鉄と共に車に乗り込むとすぐさま発進させた。

 石田という男は最近利回り度外視の空き店舗を複数購入したらしい。誰も買いたがらない立ち退いた後のボーリング場、パチンコ店、カラオケボックスだった。どれも石田が望んで購入しそうもない物件ばかりだ。

 組長は金への執着が強い石田らしくない動きに不審に思い晶に連絡が入った。晶はすぐさま幽霊たちにその店舗に行ってもらうとその中でカラオケボックスに近付けられない部屋があったと報告を受けた。晶は組長に連絡をしてカラオケボックスが可能性が高いことを電話で伝えた。

 組長が石田の生きた情報をどこで知ったのか分からないが、今はそこに二人が監禁されていると信じるしかない。

 運転席の小鉄を見るとハンドルを持つ手が震えていた。赤信号に捕まるとイライラを隠せないようで一人ならば信号無視をしてしまいそうだ。晶はそっと小鉄の手に自分の手を重ねる。

「……小鉄さん、二人は大丈夫です。簡単にやられませんから」

 ハッとしたような顔で晶を見ると右手で額を覆う。切羽詰まって冷静さを欠いている事に自分でも気付いていなかったようだ。

「悪い……おかげで落ち着いた」

 小鉄は大きく深呼吸をしていると青信号になる。もう手は震えていなかった。

 二人は県道の境にある山道にさみしく佇むカラオケボックスに到着した。新しく高速道路ができたことによって一気に交通量が減ってしまったのだろう……ここまで来るまでにもすれ違う車も少なかった。少し前までは利用客も多かったが移り変わる時代の波から逃れることができなかったようだ。
 雑草が生い茂った駐車場には黒塗りの高級車やスポーツカーが消えかけの白いラインを無視してあらゆる方向を向いて停車している。

 間違いない、ここだ。

 二人の緊張は一気に高まる。少し離れたところに車を停め建物へと近付く。ジェイが二人を引き止める。

『待て……俺が見てくるからお前らそこで待っとけ』

「分かった。気をつけて」

 小鉄にその旨を伝え壁に身を隠し様子を伺う。壁をすり抜けてジェイが戻ってくるとその表情が固い。

『一階の人間は全員伸びてる。組長や若たちの姿は無かったわ……二階にいてるのかもな。あと、田崎の手下が銀角さんたちを捕らえてるみたいや……こっちや』

「大丈夫みたいです、行きましょう」

 晶たちは店の中へと突入する。確かに足元にスーツを着込んだ男たちや軽そうな服の若者が気を失っている。確か組長は一人で動いていたはずだ……この人数と戦ったのだろうか……恐ろしい強さだ。彰とジェイは顔を見合わした。

「組長……強いね」
『噂じゃすごかったらしいけどな……若もその血を継いでるって話や』

 小鉄が床に倒れる男たちを踏まないように歩く。

「すごい……陶芸家は勿体無いな──おっと……悪い」

 意識がある奴を小鉄は頭を蹴り沈めていく。その姿を見て小鉄がヤクザだった事を思い出す。奥へ進むと色とりどりのドアがたくさんある。随分と昔に建てられたカラオケボックスらしい。

 ジェイの誘導で103と書かれた個室のドアを開けた。

「な……人間? まさか、結界をどうして──」

 中にいた男が晶と目が合うと後退りする。三人の黒ずくめの男たちが大きく目を開く。

 黄色いスポンジやスプリングが露出しているソファーのそばに銀角たちが羽交い締めにされている。マルとタケは軽症のようだが銀角は意識が朦朧としているのか晶たちが来たことにも気付かない。床をじっと見つめている。側頭部から額の部分が切られてささくれの部分が透明になり体がぼんやりと白い光に包まれている……何度も見てきた成仏の時の光だ。

 消えちゃう、銀さんが逝っちゃう──。

「ぎ、銀さん! マルさん、タケさん!」

 晶は冷水を浴びたように全身に鳥肌が立った。

 小鉄は何も無い部屋で固まる晶を不思議そうに見つめている。小鉄にはボロボロの個室で晶が一人叫んでいるようにしか見えない。

敵は三人……ジェイ一人では厳しいかもしれない。一番近くにいた男がジェイに殴りかかる。

『……ッ、オラッ』

 ジェイが男の首元にラリアットを食らわせるとそのまま数発拳を打ち込む。その一発が顎に入り男は静かになった。晶は全て見えているので咄嗟に壁際に寄る。幽霊と分かっていてもつい当たりそうになると避けてしまう。
 突然部屋に鳴り響く音や突然揺れ動くソファーに小鉄が驚いている。

「ポ、ポルターガイストか?」

 残された敵はかなり体格がいい。生前筋肉を鍛えていたようだ。ジェイの背後から襲いかかると腹に膝蹴りを入れ、ジェイの体が浮かぶ。

『ぐっ……!』

「……ッ!ジェイ!」

 ジェイが蹲ったところを拳で何度も殴り付ける。ジェイが苦しそうに顔を歪ませる。

『へへ、どうした? 威勢がいいのは最初だけか?』

 男がジェイが反撃できないと知ってか言葉で貶める。晶は男の頭を何度も叩くが幽体に触れることができない。同じく強面コンビも足を切られて立ち上がることもできない。
 晶の視線が自分に向いていることに気づいた男が嬉しそうな顔をした。

『へえ? あんた、見えてんだな。……そこでじっとしてな、こいつが殴り殺されるのを楽しみなよ。ヒヒヒ……』

 男の気味の悪い笑みに虫唾が走る。頭のどこかで何かが切れた。
   
 守りたい──今度は絶対に……。

 リュックの中から水晶玉を取り出すと、水晶玉が晶の手の中で紫に光る。先ほどと違って光が水晶玉から漏れ出している。まるで太陽の表面のようだ。ただの紫色だった光が黒が混じったような炎になった。

 ジェイを傷めつけていた男がその光を見るなり顔色を変えて慌てて晶たちから離れる。マルたちを押さえつけていただけの男は一目散に姿を消した。 
 残された筋肉隆々の男は周りを見渡し動揺している。 

『あんた、それ……サン様と同じ……いや、もっと大きい……』  

 聞き覚えのある名に晶はその男に水晶玉を近付ける。男の顔が恐怖に慄き奥歯が当たるほどガタガタと震えだした。

晶は冷静だった。その手を男の腕に近づける──水晶玉から立ち昇る光が男の手の甲に触れただけで手の甲がぱっくりと裂けた。

『うわぁ、ああ……い、命だけは……』

 これで当分姿を消すことはできなくなった。 晶は水晶玉を近付ける。男の顔に紫の光が照らされる。

「……魂を消されたく無い──わよね?」

 晶の怒気を含んだ笑みに男は黙って頷いた。
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