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第一章 

98.隠蔽

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 いつもは夜景が見える高層ビルのマンションも打ちつける雨飛沫によってぼやけて見える。幾筋もの雨の通り道が窓に一つの地図を描いているようだ。

 薄暗い部屋の中数え切れないほどのチョコレートの包み紙がソファーの周りに落ちている。
 その中心に胡座をかいて座る太一は口の周りについた茶色い汚れを気にするような素振りはない。俯いたたまま動かない太一の背中は酷く小さく見える。

『……もう時間だ。貴様が一番分かっているはずだ』

 突然聞こえる低い声に太一の肩は震えた。
太一は満面の笑みで声のした方を振り返る。

「そうだね、そろそろだね。さぁて、出掛けようか……」

 田崎は太一をじっと見つめたまま動かなかった。太一がその前を通り過ぎるとすっとお辞儀をした。






「警部! 大変ですよ!」

 デスクに足を乗せそのまま大口を開けて寝ていた山形は椅子からひっくり返りそうになり背もたれに掴まる。

「……なんだ? 騒がしい奴だな」

 貴重な幸せのひと時を邪魔されたのか山形は木村の興奮し紅潮した顔を見ようともしない。

「若林組の組長の妻と、船越組の現組長の母親が同時期に亡くなっているんです。しかも、たった三日差ですよ! おかしいでしょ」

 あの時代は二つの組の争いが絶えなかった。そんな時に大きく捜査しないなんて不自然だ。

「さらに、さらにですよ。若林組の妻が死んだ日を調べてみると、若林組の組員が交通事故で死亡しています。これが捜査資料です」

 木村の手からファイルを奪い取ると勢いよくページを捲る。交通事故は男二人が車の中で仮眠中にサイドブレーキが外れ坂道を下り、フェンスを突き破り道路に転落し死亡とある。
 随分と前の資料で事細かには書かれていないが遺体には多くの殴打痕や打撲痕が残されていたらしい。生前に傷のようだが車ごと突っ込んだにしては不自然なほど雑な捜査であることに間違いない。

「……若林組と船越組の姐さん達の死因はなんだ?」

 木村が別のファイルを捲る。指で文章をなぞると直ぐに指が止まる。

「若林小春は──通り魔による刺殺、船越陽子は──病死……とありますね」

 死亡鑑定書には確かに心不全とあるが、この年齢では珍しい。山形は持っていたペンをくるりと回すとふとあることに気づく。

「木村……この前の担当刑事は調べたか?」

「あ、佐倉警部補ですね。随分前に依願退職したようですね。随分若くて期待のホープだったって豊田さんが言ってました。今は東京にいるのかどうかも分からないようで──」

 古株の豊田さんの話なら間違い無いだろう。順風満帆だった若い警官が何故を辞めていったのか。

「……そうか。もしかしたらもう生きてないかもな」

 山形は持っていた捜査資料の束を木村に押し付けると担当刑事の判を指で叩く。

 木村は次々とファイルを捲ると青ざめていく。すべての担当刑事の欄や、監査の欄に佐倉の判が押されていた──。

 山形はこめかみを叩くと頭を整理し始めた。木村に黙って調べ始めた田崎だが、妹がいた。ただ、この妹もまた失踪していた。調べれば調べるほど謎ばかりだ。

「こんなに大勢が消えたり死んだりしてるって言うのに……なぜ、佐倉は隠蔽したんだ? 一体、あの日何があったんだ?」

 考え過ぎて苛立った山形は頭を無茶苦茶に掻き毟った。木村はその様子を心配そうに見つめていた。
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