霊とヤクザと統計学を侮るなかれ

菅井群青

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第一章 

84.犯人は……

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「ほう──ではこの写真の日時のアリバイを確認したいと」

 高人が顎に手を当てて目の前の写真を見ている。画像の粗い写真が五枚ほど目の前に置かれている。殺人事件の犯人の写真らしいが異なる人物が写っている。共通点といえば全身黒づくめということぐらいだ。どこかの監視カメラの映像を探し出してきたらしい。
 
 山形は仏頂面でじっと前に座る高人を見ている。木村がそんな二人を交互に見て様子を伺う。

「組長……ご子息にお聞きしたいのですが。あなたがこの件に関わっているとは私共も……」

「やだな、この組の主人は私ですよ。もう忘れちゃいましたか?」

 高人が写真を手に取ると山形が高人の動きにびくりと反応している。先ほどの悪態ついた態度が消え、見るからに萎んでしまった山形をヤスも不審そうな目で見る。

 先ほどの勢いはどこへ行ってしまったのだろうか……まるで借りてきた猫状態だ。

 高人は終始ご満悦のようで笑顔を絶やさない。何人かの足音が座敷へと近づいてくる。拳人が戻ってきたようだ。拳人が障子を開けると高人が居る事に驚いた様子だったが大股で近づきその高人の隣に座る。

「お待たせしました……」

 拳人が加わった事で山形はほっとしたのかようやくいつもの調子で話し出す。役者が揃い隣の部屋にいる晶たちは固唾を飲んで見守っていた。

『……山形が高人に弱みを握られてるな』

 銀角が腕を組むと嬉しそうにその様子を見つめている。高人の笑顔は銀角によく似ている。晶は思わずつられて笑う。

 晶が座敷の方へ目をやると木村がアリバイを形式通りに聞き取り終わったところだ。拳人の予定をヤスが滞りなく伝えると木村がメモに書き留めている。
 山形がさりげなく胸ポケットに手をやると一枚の写真を取り出した。人物が写ったものらしいがこちらからは見ることができない。銀角とジェイがそのまま座敷へと入っていき拳人たちの背後から写真を覗き見る。

「先ほどの写真とは違うんですが、こいつが工場跡の殺人事件の容疑者です……見覚えはありませんか?」

「──犯人で間違いないんですか?」

 拳人の声は落ち着いていた。ヤスと高人は黙って写真を見ている。高人は「見たこともないですね。あぁ、腹が減った」と言って席を立つ。山形は高人が出ていくのを確認すると拳人に顔を近づけ探るように話し始める。

「死亡推定時間から間違い無いでしょう。実は犯人が履いている靴ですが……じつは限定のものだったんです。その靴は──女性ものでした。犯人は、女ですよ、女。よくよく考えれば第一、第二の事件も歓楽街だ。女が頻繁に出入りしててもおかしくありませんよねぇ?」

 山形が写真を取り上げると嬉しそうに笑う。拳人の視線が写真に向いている事を確認すると頷いた。

「木村、帰るぞ」

 山形は腰が痛いのか囃子をかけながら立ち上がる。障子に手をかけたまま振り返ると山形は笑った。

「女には興味がない堅物とお聞きしていましたが……とお知り合いのようだ。今度その女性を紹介いただきたいですな」

「なんの話だ」

 山形警部は振り返ると自身の頬を指差してほくそ笑む。

「熱いキッス……若いというのはいいですな──ではまた」

 拳人が頰を押さえると二人は座敷を出て行った。拳人は袖口で頰を擦ると怒りをあらわにする。頬に薄っすらとまだ愛の口紅の跡が残っていたようだ。

 銀角が難しそうな顔をしてこちらを見ている。嫌な予感がして座敷に入ると晶は写真を盗み見た。

 これは……。

 道を歩く自分の写真だった。

 あのスニーカーは季節外れだったが限定品と店員が勧めてきた事を思い出す。ジェイの殺害事件の日、血で汚れて捨ててしまった。 
 あの日工場跡から帰るときにどこかの監視カメラを見落としていたのだろう。

 拳人は持ってきたおしぼりで口紅のついた頰を丁寧に拭き取っていた。真っ赤な口紅が滲み思ったよりしつこいようだ。先程山形にやり込まれてしまったのが悔しいのか背中から怒りの炎が見える。

 拳人は……例の恋人の所へ行っていたのね。

 晶は切ない気持ちになるが、視線を他所に向け気持ちを切り替えた。

「晶、あの写真は……お前だな?」

 振り返ると拳人が晶を見据えていた。とある事情でジェイを助けに行ったが間に合わず、自分の目の前で死なせてしまった事を伝えた。幽霊の事は──話せなかった。 

 拳人が晶に向ける視線は明らかに嫌疑の視線だった。この状況で霊のことを話す勇気はなかった。

「ジェイが弔われていたのは、お前がやったのか?」

 晶がコクンと頷くと拳人は写真を裏向きに伏せる。

「お前を、信じていいのか? 俺たちの仲間、だと」

 拳人の瞳は言葉と裏腹に確信しているようだった。晶は大きく一度頷いた。

「船越はジェイの仇ですから……」
「わかった、もう下がっていい」

「はい、失礼します」

 ヤスは車に乗り込むと晶を乗せて宿泊所へと向かう。運転席のヤスの表情は固い。晶も分かっている……最初にジェイの遺品を届けた時に伝えるべき事だった。だけれど……あの時は拳人の正体を知り混乱していた。

 ヤスは晶が分からなかった。水晶玉の話も100%信じたというわけではなかった。金銭目的ならいつまでも大切に持ち歩くということはしないだろう。なぜ、いつまでも持ち歩いているのか……。
 それに……ジェイの死に目に立ち会ったということは船越組と接触したということだ。その事で晶は殺されかけたのだろう。しかし、なぜそこまでして晶を殺そうとしているのかが分からなかった。

 晶が何かを掴んでいるのか? 晶には謎が多い──。

 目の前の信号が青になるとヤスはアクセルを踏み込んだ。
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