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第一章
78.ゴーストの話
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屋敷に戻って二日経った。
晶は薬が効いてきたのか穏やかな表情を浮かべている。だが晶は一日の大半をこうして眠り続けている。
これが大いなる力の代償か? ほんまに大丈夫なんか?
ジェイはこうして眠る晶のそばに居続けている。あれから晶に話を聞くと怪しげなばあさんから水晶玉を受け継いだらしい。その水晶玉は晶の枕元のリュックの中だ。
『まさか、田崎だけじゃなくてお前も持ってるとはな……』
工場跡で田崎の腕が裂けたことを思い出した。確かにあの時晶はリュックを前向きに下げていた。カバンの中の水晶玉が田崎に触れたのだろう。
田崎のナイフよりもより強力ということか……水晶玉の力もあるが……なにより晶の霊力の高さかもしらんな。
ジェイは晶の頰に指先で触れた。
温もりを感じれない──それでも触れたかった。その頬に……。
拳人の為に死にかけた晶をジェイは不憫に思えた。
『……どこかいいんだが、無愛想な冷たい奴なんやろ?……好きやからって殺されてええんか?』
いい夢を見ているのだろうか、突然くくっと笑い出した。晶の寝顔は子供みたいに幼い。ここ数日は晶の寝顔ばかりを見ている気がする。
ギシっ
どこかで木の軋む音が聞こえた気がした。
何や何や何や? 夜中やぞ。まさか……あの女が殺しにやって来たんか?
『おい、晶──おいっ!』
晶に声をかけるが、こんな時に限って全く目覚める気配はない。深い眠りだ。
部屋の前で足音が消えた。
警備の網の目を掻い潜って例のサンが襲いにきたのかもしれない。ジェイが身構えていると障子がゆっくりと開く。
嘘やろ?
スウェット姿の拳人が晶を見下ろしていた。いつもと違って眼鏡も掛けておらず前髪がふわりと降りていて表情は読めない。
『……って、何してんねん、自分。びびらすなや! こんな夜中にこそこそすんなやー』
相手に聞こえないと分かっていても思わず愚痴りたくなる。拳人は部屋に入ると晶の額に触れる……もう片方の手を自身の額に当てた。熱が下がったことを確認するとそのまま静かに部屋を出ていった。
拳人の献身的な姿にジェイは首を傾げる。
女には興味がない男が……あ、晶を男と思っているからか……って事は、ほんまに男が好きとか? あ、でも若はメゾンが好きって言うてたか……そもそも晶がメゾンって知ってるとか?
頭の中で自問自答し先程の拳人の態度を思い出す。ジェイは面白くなさそうに畳に寝ころがった。
『知らん知らん! 生きてる人間の事なんか』
『うらめしやぁ……』
いつのまにやら佳奈が真上からジェイを見下ろしていた。両手を前に出し幽霊ポーズで現れた。本家本元だ。
『ぬぉ!』
急に現れた佳奈にジェイは体を捩り飛び上がる。『大袈裟だなぁ』とこちらを指差し大声で笑う佳奈をジェイが『シッ!』と慌てて口の前に指を当てる。
晶に目をやると相変わらず深い睡眠のようでむにゃむにゃと寝言を言っている。
ここまで起きないと体が心配になる。佳奈は自分の口を掌で押さえると小さく何度も頷いた。
『あの時は……ありがとな』
ジェイが礼を言うと佳奈ははにかんだ笑顔を見せる。
『私にはこれぐらいしか……』
あの日の晩──晶が刺された時、ジェイは晶が刺される姿をそばで見ていた。晶のそばにいて触れようとしても触れられず、晶が自分にしてくれたように傷口を押さえようとしても出来ずもどかしい気持ちだった。
『晶! クソっ! 誰か!』
みるみる生気を失っていく晶を見ることしか出来なかった。
『え、そんな──』
二人の前に突然真っ青な顔した佳奈が現れて晶の傷口を見るなり姿を消した。
その後すぐ裏口からヤスたちが飛び出してきて晶たちを発見した。皆靴も履かず迷う事なく晶に駆け寄っていた。ひどい怪我をしている事を分かっていたようだった。唖然とするジェイを置いたまま車に運び込まれていく。
心配そうに車を見送る男たちの中に佳奈は立っていた。ただ、小鉄にぴったりと重なりまるで自分の体のように小鉄の体を動かしていた。俺の視線に気づくと俺に会釈をして屋敷の奥へと消えていった。
あの時のことを思い出し自分の無力さに落ち込むと佳奈がジェイの肩を叩く。
『ジェイくんだっけ? 幽霊の先輩としてアドバイスだけど……幽霊で良いこともあるけど辛い事の方が圧倒的よ。知りたくもない事を知ったり、何かをしてやりたくてもできなくてもどかしい事もしばしば。でも心は人間の時のままで余計辛いのよね。でも辛い時にいつでもそばにいてあげれるって幽霊の良いところよ』
佳奈は自分のことを話してくれているのだろう、ジェイの視線に気付くと『やだ、年かしらね』と笑って無理に表情を明るくする。
この人の服は昭和の良い時代に流行ったもので恐らく自分よりもひと回り以上は年が離れているかもしれない……有難いな、ほんまに……。
『ジェイくんは晶のことが好きなの?』
『え? いや……死ぬ時に初めて出会ったんで、そんなことある訳ないない! 恋に落ちるロマンチックなシチュちゃうかったし』
佳奈が意外そうな顔でこちらを見ると『良かったわ──』と、どこか遠くを見ている。
『愛する人が生きているとね……見ているだけは辛いから、そうじゃないなら良かったわ』
そういうと佳奈は隣の部屋へとすり抜けていった。ジェイは胡座をかき頬杖をついた。晶の寝顔を見て大きく息を吐いた。
『……言える訳、ないやん──死んでんのに』
晶は薬が効いてきたのか穏やかな表情を浮かべている。だが晶は一日の大半をこうして眠り続けている。
これが大いなる力の代償か? ほんまに大丈夫なんか?
ジェイはこうして眠る晶のそばに居続けている。あれから晶に話を聞くと怪しげなばあさんから水晶玉を受け継いだらしい。その水晶玉は晶の枕元のリュックの中だ。
『まさか、田崎だけじゃなくてお前も持ってるとはな……』
工場跡で田崎の腕が裂けたことを思い出した。確かにあの時晶はリュックを前向きに下げていた。カバンの中の水晶玉が田崎に触れたのだろう。
田崎のナイフよりもより強力ということか……水晶玉の力もあるが……なにより晶の霊力の高さかもしらんな。
ジェイは晶の頰に指先で触れた。
温もりを感じれない──それでも触れたかった。その頬に……。
拳人の為に死にかけた晶をジェイは不憫に思えた。
『……どこかいいんだが、無愛想な冷たい奴なんやろ?……好きやからって殺されてええんか?』
いい夢を見ているのだろうか、突然くくっと笑い出した。晶の寝顔は子供みたいに幼い。ここ数日は晶の寝顔ばかりを見ている気がする。
ギシっ
どこかで木の軋む音が聞こえた気がした。
何や何や何や? 夜中やぞ。まさか……あの女が殺しにやって来たんか?
『おい、晶──おいっ!』
晶に声をかけるが、こんな時に限って全く目覚める気配はない。深い眠りだ。
部屋の前で足音が消えた。
警備の網の目を掻い潜って例のサンが襲いにきたのかもしれない。ジェイが身構えていると障子がゆっくりと開く。
嘘やろ?
スウェット姿の拳人が晶を見下ろしていた。いつもと違って眼鏡も掛けておらず前髪がふわりと降りていて表情は読めない。
『……って、何してんねん、自分。びびらすなや! こんな夜中にこそこそすんなやー』
相手に聞こえないと分かっていても思わず愚痴りたくなる。拳人は部屋に入ると晶の額に触れる……もう片方の手を自身の額に当てた。熱が下がったことを確認するとそのまま静かに部屋を出ていった。
拳人の献身的な姿にジェイは首を傾げる。
女には興味がない男が……あ、晶を男と思っているからか……って事は、ほんまに男が好きとか? あ、でも若はメゾンが好きって言うてたか……そもそも晶がメゾンって知ってるとか?
頭の中で自問自答し先程の拳人の態度を思い出す。ジェイは面白くなさそうに畳に寝ころがった。
『知らん知らん! 生きてる人間の事なんか』
『うらめしやぁ……』
いつのまにやら佳奈が真上からジェイを見下ろしていた。両手を前に出し幽霊ポーズで現れた。本家本元だ。
『ぬぉ!』
急に現れた佳奈にジェイは体を捩り飛び上がる。『大袈裟だなぁ』とこちらを指差し大声で笑う佳奈をジェイが『シッ!』と慌てて口の前に指を当てる。
晶に目をやると相変わらず深い睡眠のようでむにゃむにゃと寝言を言っている。
ここまで起きないと体が心配になる。佳奈は自分の口を掌で押さえると小さく何度も頷いた。
『あの時は……ありがとな』
ジェイが礼を言うと佳奈ははにかんだ笑顔を見せる。
『私にはこれぐらいしか……』
あの日の晩──晶が刺された時、ジェイは晶が刺される姿をそばで見ていた。晶のそばにいて触れようとしても触れられず、晶が自分にしてくれたように傷口を押さえようとしても出来ずもどかしい気持ちだった。
『晶! クソっ! 誰か!』
みるみる生気を失っていく晶を見ることしか出来なかった。
『え、そんな──』
二人の前に突然真っ青な顔した佳奈が現れて晶の傷口を見るなり姿を消した。
その後すぐ裏口からヤスたちが飛び出してきて晶たちを発見した。皆靴も履かず迷う事なく晶に駆け寄っていた。ひどい怪我をしている事を分かっていたようだった。唖然とするジェイを置いたまま車に運び込まれていく。
心配そうに車を見送る男たちの中に佳奈は立っていた。ただ、小鉄にぴったりと重なりまるで自分の体のように小鉄の体を動かしていた。俺の視線に気づくと俺に会釈をして屋敷の奥へと消えていった。
あの時のことを思い出し自分の無力さに落ち込むと佳奈がジェイの肩を叩く。
『ジェイくんだっけ? 幽霊の先輩としてアドバイスだけど……幽霊で良いこともあるけど辛い事の方が圧倒的よ。知りたくもない事を知ったり、何かをしてやりたくてもできなくてもどかしい事もしばしば。でも心は人間の時のままで余計辛いのよね。でも辛い時にいつでもそばにいてあげれるって幽霊の良いところよ』
佳奈は自分のことを話してくれているのだろう、ジェイの視線に気付くと『やだ、年かしらね』と笑って無理に表情を明るくする。
この人の服は昭和の良い時代に流行ったもので恐らく自分よりもひと回り以上は年が離れているかもしれない……有難いな、ほんまに……。
『ジェイくんは晶のことが好きなの?』
『え? いや……死ぬ時に初めて出会ったんで、そんなことある訳ないない! 恋に落ちるロマンチックなシチュちゃうかったし』
佳奈が意外そうな顔でこちらを見ると『良かったわ──』と、どこか遠くを見ている。
『愛する人が生きているとね……見ているだけは辛いから、そうじゃないなら良かったわ』
そういうと佳奈は隣の部屋へとすり抜けていった。ジェイは胡座をかき頬杖をついた。晶の寝顔を見て大きく息を吐いた。
『……言える訳、ないやん──死んでんのに』
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