74 / 116
第一章
74.覚醒
しおりを挟むどこかで嗅いだことのある匂いがする。ああ、そうだ。この匂いは──大嫌いな別れの匂いだ。
晶が目覚めるとそこは病室の一室だった。自分の腕に刺さる点滴の管が視界に入るとようやく何故ここにいるのかを思い出す。
生きて、たのね……。
起き上がろうとすると腹部に鈍い痛みがする。体を起こすのを諦めるとそのまま周りを見渡す。意識を取り戻した晶に気付きジェイがすぐに駆け寄ってきた。
『晶! おい、大丈夫か? 分かるんか? 声出せるんか?』
意識がなかったからだろうか、ジェイの声が響く。エコーが掛かったように聞こえて脳が震えるようだ。
「……っ、頭に、響く。元気よ……」
晶の声にジェイは眉間にしわを寄せる。ほっとしたようで険しい顔がみるみる穏やかになっていく……。晶の声を聞けて緊張の糸が緩んだ。
『守られへんくて、ごめん……』
ジェイが泣くまいと耐えているのが分かって晶は首を横に振る。
「私は大丈夫だから。ジェイ──」
『ん? なんや……』
「助けてくれて、ありがとね」
気怠い腕を挙げて晶の手がジェイの頭を掠める。撫でられたと気付いたジェイの顔はみるみる真っ赤になる。それを隠すように俯いたジェイは何も言わなかった。
その後意識がない間の出来事をジェイから聞く。随分拳人たちに迷惑をかけてしまっていたようだ。
「みんなは?」
『あの二人はお化け退治と見張り役や銀角さんは知らん』
病院には地縛霊や浮遊霊がたくさんいて晶にもちょっかいをかけようとするのでマルがずっと追い払い続けているらしい。タケは宿泊所に待機中だそうだ。
ジェイが『またちょっかいかけたらしばいたる……』とぶつぶつ言いながら壁や窓……ベッドの下などを点検している。晶の意識のない間苦労をかけたらしい。
病院ほど幽霊が多い場所はないだろう。今も看護師の幽霊が晶の意識が戻った事を知らせようと枕元のナースコールを押すが透けてしまい辛そうに顔を歪めている。晶は「ありがとう」と声をかけると真っ青な顔をした看護師は優しく微笑んだ。
病室のドアが開くと拳人とヤスが入ってきた。晶が目を覚ましているのに気付くと慌てて駆け寄る。
「晶! 大丈夫か?」
拳人の大声には頭痛もエコーも無かった。幽霊の声だけにこの症状が出ているようだ。
拳人がベッドに駆け寄ると心配そうに晶の顔を見つめる。拳人の顔を見て晶は正直泣きそうになった。必死で奥歯を噛み締めて堪える。
ヤスがナースコールを押すと看護師が駆けつけ、すぐに熊田も姿を現した。熊田は晶の元気そうな様子に安心したようだ。晶にいくつか問診をすると丁寧に記入していく。
「うん、バイタルも異常ないね。もう大丈夫だろう──拳人、お前この子に危ないことさせるなよ」
どうやら拳人と親交があるようだ。熊のような風貌で無精髭が似合う医師だった。名札にはKUMADAと書かれている。これ以上ぴったりな名はないだろう。
明日以降の消毒の説明を終えると熊田が晶の肩に手を置き、優しげな表情で見下ろしている。肩に触れた肉厚の手の感触は本物のクマのようだ。
「ゆっくりするんだ、いいね?」
「あ、はい。ありがとうございます」
満足そうに微笑むと熊田は点滴を外すように指示をし、病室を後にした。拳人がパイプ椅子に座るとヤスが拳人に何かを耳打ちすると病室をあとにした。
「「…………」」
沈黙が病室を支配する。
晶はちらりと拳人に目をやるが拳人は少し俯いたまま黙り込んでいた。
き、気まずい……えっと、えっと──。
「あ、あの……若、ご迷惑を──」
「悪かった」
晶の声を遮るように拳人が声を出した。拳人が顔を上げると眉間にしわを寄せている。晶と目が合うと申し訳なさそうに視線を逸らした。
「俺の、せいで──俺があの女のことを調べさせたからだろう?」
道で気を失っていた舎弟が女に襲われたと言っていた。ナイフの使い手で女の殺し屋は直しか思い当たらない。
「いえ、そんな……身の危険があるのは承知してますから……若のせいでは……」
再び沈黙が続く……。二人の様子を見ていたジェイは気まずさに耐えかねて晶に声を掛ける。
『あー、ちょっと、マルの加勢に行ってくるわ。さっきそこの芝生で捕まってたの見えたし』
晶は小さく頷くとジェイは窓の外の幽霊に喧嘩を売られそのまま怒号と共に消えた。
「──目が覚めて、あ、生きてたんだって思いました。あの時死ぬんだって思ってたので……目が覚めて病院にいて驚きました。ありがとう、ございました」
晶は目が覚めた時の事を話し始めた。本当に生きていたよかった。体が殺されて魂が抜けたのかと思った。
「……晶、お前は──死が怖くないのか? それとも……死にたいのか?」
「え……」
拳人の語尾に怒りが含んでいるのに気付く。死にかけていたのに晶があまりに淡々としていて拳人は怒っていた。
晶は死を恐れてもない。嘆いてもいない。どこか客観的な物の言い方に拳人は引っかかった。
「お前は高い所から飛ぶし、どこか死んでから第二の人生が始まると勘違いしていないか? 死ねば、終わりなんだぞ? 自分の命を、なんだと思ってる!」
拳人が声を荒げる。
晶はそんなつもりで言ったのではなかった。命を軽視しているつもりなどなかった。
いや、そう思っていた。幽霊と一緒に生活することで少し生死の境界が曖昧になってるのは否めなかった。
私……なんかおかしくなってきてるのかな……。
すれ違うヤスを無視して拳人は部屋を出て行った。
「若? どちらに……どうしたんだ?」
ヤスが拳人の様子に驚く。晶は眉下げて苦笑いを浮かべていた。
「……命を軽視するなと怒られてしまいました」
「母親の命日にお前が殺されかけたんだ……無理もない。お前の傷口を押さえて必死で助けようとしたんだぞ? 屋敷に帰ろうともしないし……お前の容体が安定するまでは寝ようともなさらなかった」
「そう、だったんです、ね……私ちゃんとお礼も言えていなくて……」
ヤスは晶の肩に触れる。それだけで大丈夫だと言ってもらえているようで晶は涙腺が緩みそうになる。
「ところで……晶、一つ聞きたいんだが……」
ヤスが晶の黒のリュックを取り出した。その中からあるものを取り出して晶に見せる。その眼光は鋭い。
「これを、どこで手に入れた?」
ヤスの手にはあの水晶玉が握られていた。
10
お気に入りに追加
67
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
古屋さんバイト辞めるって
四宮 あか
ライト文芸
ライト文芸大賞で奨励賞いただきました~。
読んでくださりありがとうございました。
「古屋さんバイト辞めるって」
おしゃれで、明るくて、話しも面白くて、仕事もすぐに覚えた。これからバイトの中心人物にだんだんなっていくのかな? と思った古屋さんはバイトをやめるらしい。
学部は違うけれど同じ大学に通っているからって理由で、石井ミクは古屋さんにバイトを辞めないように説得してと店長に頼まれてしまった。
バイト先でちょろっとしか話したことがないのに、辞めないように説得を頼まれたことで困ってしまった私は……
こういう嫌なタイプが貴方の職場にもいることがあるのではないでしょうか?
表紙の画像はフリー素材サイトの
https://activephotostyle.biz/さまからお借りしました。
心の落とし物
緋色刹那
ライト文芸
・完結済み(2024/10/12)。また書きたくなったら、番外編として投稿するかも
・第4回、第5回ライト文芸大賞にて奨励賞をいただきました!!✌︎('ω'✌︎ )✌︎('ω'✌︎ )
〈本作の楽しみ方〉
本作は読む喫茶店です。順に読んでもいいし、興味を持ったタイトルや季節から読んでもオッケーです。
知らない人、知らない設定が出てきて不安になるかもしれませんが、喫茶店の常連さんのようなものなので、雰囲気を楽しんでください(一応説明↓)。
〈あらすじ〉
〈心の落とし物〉はありませんか?
どこかに失くした物、ずっと探している人、過去の後悔、忘れていた夢。
あなたは忘れているつもりでも、心があなたの代わりに探し続けているかもしれません……。
喫茶店LAMP(ランプ)の店長、添野由良(そえのゆら)は、人の未練が具現化した幻〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉と、それを探す生き霊〈探し人(さがしびと)〉に気づきやすい体質。
ある夏の日、由良は店の前を何度も通る男性に目を止め、声をかける。男性は数年前に移転した古本屋を探していて……。
懐かしくも切ない、過去の未練に魅せられる。
〈主人公と作中用語〉
・添野由良(そえのゆら)
洋燈町にある喫茶店LAMP(ランプ)の店長。〈心の落とし物〉や〈探し人〉に気づきやすい体質。
・〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉
人の未練が具現化した幻。あるいは、未練そのもの。
・〈探し人(さがしびと)〉
〈心の落とし物〉を探す生き霊で、落とし主。当人に代わって、〈心の落とし物〉を探している。
・〈未練溜まり(みれんだまり)〉
忘れられた〈心の落とし物〉が行き着く場所。
・〈分け御霊(わけみたま)〉
生者の後悔や未練が物に宿り、具現化した者。込められた念が強ければ強いほど、人のように自由意志を持つ。いわゆる付喪神に近い。
鬼の御宿の嫁入り狐
梅野小吹
キャラ文芸
▼2025.2月 書籍 第2巻発売中!
【第6回キャラ文芸大賞/あやかし賞 受賞作】
鬼の一族が棲まう隠れ里には、三つの尾を持つ妖狐の少女が暮らしている。
彼女──縁(より)は、腹部に火傷を負った状態で倒れているところを旅籠屋の次男・琥珀(こはく)によって助けられ、彼が縁を「自分の嫁にする」と宣言したことがきっかけで、羅刹と呼ばれる鬼の一家と共に暮らすようになった。
優しい一家に愛されてすくすくと大きくなった彼女は、天真爛漫な愛らしい乙女へと成長したものの、年頃になるにつれて共に育った琥珀や家族との種族差に疎外感を覚えるようになっていく。
「私だけ、どうして、鬼じゃないんだろう……」
劣等感を抱き、自分が鬼の家族にとって本当に必要な存在なのかと不安を覚える縁。
そんな憂いを抱える中、彼女の元に現れたのは、縁を〝花嫁〟と呼ぶ美しい妖狐の青年で……?
育ててくれた鬼の家族。
自分と同じ妖狐の一族。
腹部に残る火傷痕。
人々が語る『狐の嫁入り』──。
空の隙間から雨が降る時、小さな体に傷を宿して、鬼に嫁入りした少女の話。
お茶をしましょう、若菜さん。〜強面自衛官、スイーツと君の笑顔を守ります〜
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
陸上自衛隊衛生科所属の安達四季陸曹長は、見た目がどうもヤのつく人ににていて怖い。
「だって顔に大きな傷があるんだもん!」
体力徽章もレンジャー徽章も持った看護官は、鬼神のように荒野を走る。
実は怖いのは顔だけで、本当はとても優しくて怒鳴ったりイライラしたりしない自衛官。
寺の住職になった方が良いのでは?そう思うくらいに懐が大きく、上官からも部下からも慕われ頼りにされている。
スイーツ大好き、奥さん大好きな安達陸曹長の若かりし日々を振り返るお話です。
※フィクションです。
※カクヨム、小説家になろうにも公開しています。
『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作

虚弱なヤクザの駆け込み寺
菅井群青
恋愛
突然ドアが開いたとおもったらヤクザが抱えられてやってきた。
「今すぐ立てるようにしろ、さもなければ──」
「脅してる場合ですか?」
ギックリ腰ばかりを繰り返すヤクザの組長と、治療の相性が良かったために気に入られ、ヤクザ御用達の鍼灸院と化してしまった院に軟禁されてしまった女の話。
※なろう、カクヨムでも投稿
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる