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第一章 

43.死の恐怖

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 太一は晶の顔を見ると嬉しそうに微笑む。  その横には背の高い人影があった……。恐らく田崎だろう。幽霊が光を受けると薄く見えるようになるらしい。

 黙ったままでいると手下の男に銃口を強く押し付けられる。

「おっと、こいつは殺しちゃダメだよ? 背中のコイツは別だけど」

 太一は晶が背中に乗せたジェイを指差す。
 手下の男が晶をひっぺがすとジェイが地面に倒れこむ。晶は庇おうとすぐさま覆い被さる。

『おい! マズイぞ、死にてぇのか! 晶ちゃん頼むから──!』

 いつのまにか隣にいた銀角が怒鳴る。
 晶も逃げたい、こんな所で死にたくない。銃を持った男が晶を足で蹴飛ばすと横たわるジェイに向けて銃を構えた。

「あ……やめて!」

──パシュ パシュ!

 続けて二発、ジェイの胸に打ち込まれる。

 まるでスローモーションで見ているかのように血だらけのジェイの体が揺れ、何事もなかったかのように静かに横たわった。

「いや、いや──う、うぅ……」

 晶は嗚咽を飲み込む。太一を睨みつけると変な顔でこちらを見下ろす。

「……お前、女か? 待て、その瞳は──占いの先生か……?」

 目の前で人が死ぬを見るのは初めてだった。血だらけのジェイの顔に触れると真っ青で、こうやって見るとまだ若い。袖口で血で汚れた顔を拭いてやる。晶は涙が止まらない。

「ごめ、んなさい」

『謝るんはまだ早い。こっからや』

晶が顔を見上げると遺体のそばで死んだはずのジェイが胡座をかいていた。さっきは片言で気づかなかったが、関西弁で話し掛けられた。

「へ?」

『ジェイ……死んでからの事言われてもな、まさかとは思ったがアイツがを持ってるってことか?』

『あぁ、間違いない。夢で前に見たことがある』

『……体からいつ離れられる?』 

『死んだ事ないから分からんけど、そんなにかからんはずや』

 二人の話が全く読めない晶は呆然とやり取りを聞いている。ジェイは自分の死んだ身体から出ている白い紐に繋がれている。
 太一はこの会話が聞こえているようで小さく頷いた。

「このまま誰も動くな。しばらくここで待つ」

 そういうと、銃を向けていた男が晶を立たせると壁際に追いやり再び銃口を向ける。

「……田崎、ジェイを消せ」

 太一が後ろにいた田崎に声をかけると田崎が嫌な笑顔で近づいてくる。銀角がジェイの前に立ちはだかろうとすると強面コンビがそれを制止する。

『──!? お前ら……』

『俺たちは大丈夫です。時間を稼ぎますから……』

 タケが田崎に殴りかかると田崎はひらりと身を翻し鳩尾へと一撃を食らわす。タケが苦しんでいる所にマルが後ろから田崎に飛び掛かり首を羽交い締めしようとする。

『ぬぅ──』

 田崎は嫌がるように身体を振ると体を屈め背負い投げのように放り投げる。男二人を相手に田崎は息も荒れていない。かなり武術に長けているのが素人目にも分かる。

「何者なの……あいつは」

 晶は幽霊たちの戦いを黙って見ていた。太一は晶の肩を掴み自分の方へ引き寄せる。

「まさか…………」

 太一の茶色の瞳が戸惑ったように揺れる。驚嘆の声が太一の耳に届いてしまった事に気づく。

 バンっ!

 突然大きな音が聞こえる。霊力がない男達は何の音かと周りを見渡す。太一も他の人同様に辺りを見渡している。 晶は太一との決定的な違いに気付いてしまった。

「──あなた、見えていないの?」

 太一が一瞬動揺したのも束の間、声を出して笑い出した。笑顔はキレイだが猟奇的な色を含んでいる。晶は背筋に冷たいものが走った。

「見えもして、聞こえてもいるんだな。すごいや……子猫ちゃん」

 ぞわりと全身に鳥肌が立つ。獲物を見るような目つきで晶を見ている。晶は思わず距離を取る。

 バンっ!

 また大きな音がする。これは所謂ラップ音というやつだろう。田崎の蹴りとタケのガードの時にどうやら鳴るようだ。原理は分からないけど魂と魂のぶつかり合いかも知れない。
 銀角とジェイの方を見るとまだジェイが自分の体から魂が離されないらしい。銀角が引っ張ってみるが全くびくともしないようだ。魂が抜ける前にタケやマルの身が危ない……。

 しつこく食らいつく二人に嫌気がさしたのか田崎が唸り声をあげた。

『クソ! 太一、面倒だ。消していいか?』

 田崎の疲れたような怒りを抑えた声が聞こえる。

「しょうがないね。いいよ、早く終わらせて」

 田崎は胸ポケットからナイフのような物を取り出した。それは金属というかナイフのような形をしている光の塊だった。
 晶はあのナイフをどこかで見た気がした。
 
 田崎はそのナイフで手始めにタケの太腿を切り裂く。

『ぐっ……うあぁっ!』

 タケの悲鳴が響き渡る。
 布を切るようにタケの足が裂けた。出血はないが太腿がいとも簡単に切れてしまった。辛うじて繋がってはいるがもう荷重をかけられない。

 銀角が駆け寄るとタケの手を取り何かを叫んでいる。マルや銀角も腕や背中を切られて蹲る。切られた部分がシルクのようにふわりと浮き、半透明になっている。幽体であることをまざまざと示しているようだ。田崎は苦しむ姿を楽しんでいるようでじわじわと切り刻んでいるらしい。

 人の命をなんだと思っているの……。

 皆が次々と倒れていく姿を見て晶の心が震えていく。


「やめなさいよ! 殺すことないでしょうが!」

 晶が田崎に怒鳴る。
 銃口を向けていた手下の男も、その周りにいる敵も一斉に晶を見る。突然誰もいない方を向き訳のわからないことを叫び出したので、死の恐怖でおかしくなったのかと変な目でこちらを見る。

 晶はそれどころでは無い。目の前で皆が苦しんでいる……何もできない自分に怒りがこみ上げる。

 田崎はこちらを見てわなわなと震えている。晶が自分の姿を捉えていることに気づき恍惚とした表情を浮かべている。地面に転がる三人には目もくれず晶の方へと近づく。

『あの子に手を出すな! やめろ!』

 銀角が田崎の足にしがみつくと躊躇なく銀角の肩にナイフを刺す。

『ゔぁ!』

 銀角が肩を押さえたまま地面に倒れる。

『く、組長!』
『大丈夫ですか!?』


『問題ない、お前たちもう姿を消せ!死ぬぞ!』

 マルとタケが銀角に近づき体を支える。銀角が突き放すように二人を押した。ジェイは自身が繋がれている紐を引っこ抜こうと躍起になっていたが三人の姿を見て舌打ちをする。

『銀さん、切られたらしばらく姿を消されへんくなるんや! そのまま走れ! 皆逃げろ!』

 ジェイの言葉に銀角がナイフで切られた部分を押さえると田崎を睨む。

 いつのまにか田崎は晶の目の前に立っていた。田崎は凄い形相で晶を睨み続ける。身長差がありすぎて晶は真上を見ないと顔が見えない。

 怖い……けれどもこんな奴に負けたくない……。鳥肌も立つ、唇も震える……でも晶は視線を外さない。

『……太一、この女を殺せ、すぐに俺が消してやる。……こいつは危険だ』

 太一は突然響く田崎の声に驚いたのかびくりと肩を震わせたが、すぐにいつもの調子に戻る。

「……これは僕がもらう。手を出すな」

『太一!』

「僕がいないと困るだろ? こいつは、僕のだ」

 太一は完全に晶のタイプではないが熱い視線で僕のだ、なんて言われたらさすがの晶もどう言えばいいか分からず顔がみるみる赤くなる。横からジェイが晶に冷たい視線を送っている。

『……アンタ、絶対恋愛偏差値低いやろ』

「んな……失礼ね! 私だってそう意味じゃないことぐらい分かってるわよ!」

 急に死体に向かって怒鳴り始めた晶を見て銃口を向けていた男は銃を下ろした。憐れむような男の顔に晶も苦笑いをする。

 それを言うならアンタたちの組長も一緒じゃないかと思ったが、太一の言動には気にもかけていないようなだったのでいつもの事なのだろう。

 ま、それは私も同じか。独り言多いと思われるだけよね……。

 田崎は我慢できない怒りで震えている。思い出したようにジェイを睨み付けると、ナイフを振りかざし近付く。

『くそ……やめろ……』

 ジェイがナイフを避けるようと体をよじる。

(だめだ!間に合わない!)

「やめて!」

 咄嗟に晶は田崎とジェイの体にぶつかるようにして飛び込むとナイフが晶の腹に刺さる。

「がっ……は?……」

 以前中二病婆さんに腹を殴られた時にはなんともなかったのに、今回は腹部に凄い衝撃が来た。一瞬呼吸が出来なくなりそのまま倒れこむ。自分の腹部が白く光り出すのを最後にその場に崩れ落ちた。

『晶ちゃん!!』
『姉ちゃん!!』

 銀角と強面コンビが慌てた様子で晶の周りを取り囲む。

『……おい、アホか! しっかりせぇ! こんな事するなんて』

 ジェイが信じられない様子で倒れた晶を見つめている。

『姉ちゃん、やっぱ早死だね……』

『お供え少ないし、バチが当たったんだな』

「……あんたたち当分お供え抜きね」

 言いたい放題の悪口に晶が静かに予告する。一瞬だけ痛みがあっただけで今は何ともない。強面コンビが慌てて泣きマネをし始めたので晶が睨む。時すでに遅しだ。

 晶がお腹を触るとリュックをそのまま前にかけていた事に気づく。中身を覗くと水晶玉が紫色に妖しく光っている。

 あのナイフの光と、同じだ……。どこかで見た事があると思ったのはこれだったのか。

『ぐっ……』

 目の前にいた田崎が腕を掴み苦しんでいた。ナイフを地面に落とし、ひどく苦しんでいる。よく見ると田崎の腕がささくれて割れている。なぜこうなったのか分からずぽかんと見つめていると、田崎が晶を睨む。

『俺に、何をした!? 小娘……ぐっ……』

 田崎の声を聞いて太一が周りを見渡す。

『やはり、お前は危険だ! 殺す……必ず殺す!』

 田崎の怒りが頂点に達しているようだ。あまりの剣幕に晶が後退りをする。ジェイが田崎と晶の間に入ると腕を伸ばし牽制する。いつのまにか繋がれていた紐が消えている。どうやら自由に動けるようだ。

『ナイフが持てないようじゃ、今日はもうむりやろ。ここらでやめとけば?』

 太一は大きく溜息をつくとそのまま車へと戻る。

「行こう……人が来る頃だ。またね、子猫ちゃん」 

 田崎もよろめきながら車へと乗り込んだ。その瞳は今にも晶を取って食いそうだ。

 車が工場から出て行くとあたりは静かな静寂に包まれた。いつのまにか夜明け前で薄墨で描かれたような風景が広がっている。

「はぁ……助かった」

 晶がその場に崩れ落ちると、銀角や他のみんなも床へと座り込む。みんな傷だらけになっているが表情に安堵の色が見える。生垣のそばにジェイの遺体が横たわっているのが見える。

「……あの、助けられなくて、ごめんなさい」 

『なんか色々あって忘れてたけど、死んでもうたんやな……』

遺体のまわりに皆が集まり手を合わせる。ジェイはそっと自分の屍に近づき覗き込む。どこか別人のように見える。ジェイの死に顔は血だらけだったが、どこか微笑んでいた。

『……ま、二十三年間の短い命やったけど、いい人生やったわ!』

 ジェイは立ち上がり大きく背伸びをすると微笑む。
 晶はジェイは同じ歳なのだと知り心が痛くなる。きっと、今からもっと笑ったり泣いたりいっぱい楽しい事も経験出来ただろう。晶が落ち込んでいるとジェイが笑って励ます。

『元々こっちの世界のことは知ってたし。こんなに早く来る気はなかったけど。まだこっちにやり残した事が色々あるし……まだ逝かれへん』

『ま、俺たちもいるし、なんでも言ってくれ』

 皆がジェイの肩を力強く叩く。

『なんや、死んでもめちゃ痛いやん……』

 ジェイは意外そうに笑った。

 自分の手や服についたジェイの血を見る。自分は間違いなく人の死に目に直面したのに、目の前にいるジェイは笑顔でいる。生と死の境が不明瞭になるのを感じた。自分の中でよく分からない感情が生まれている。

 生きるって、なんだろう……。

 あの時ジェイを救いたいと思った心、見捨てられず自分の命をも投げ出そうとした事、ジェイの傷を押さえ流した涙……これを忘れなければ自分は大丈夫だ。
 死ぬことは、辛いことだ。間違いない。

 血で染まった掌を晶は目に焼き付けた。

 その後急いでその場をあとにした。タケが足を切られて動けないのでマルがタケをおんぶした。いつもふざけているマルがちょっとだけカッコよく見えた。

『俺の足はもうだめなのか?』

 タケが切なそうにカーテンのように漂う自分の足を見つめている。

『三十分やわ。大体三十分経てばやられた傷も治るし、姿も消せるようになるわ』

 ジェイは死んだばかりだというのに驚くほど霊界に詳しい……なぜ知っているのか聞きたいが今はそれどこではない──逃げなくては。

 銀角たちの誘導もあって人目につかないように帰ることができたが、ジェイの遺体はそのまま工場に置いて行くしかなかった。

 仕事の休憩中に部屋に戻りテレビをつけるとジェイの遺体が発見されたとニュースで取り上げられていた。テレビ画面で見るあの場所はまるで違う場所のように見える。

 晶はコメンテーターや犯罪心理学の先生たちが情報を元に犯人像について話しているのを聞いていた。自分はその場に居て犯人も知っているのに何もできない悔しさが沸く。

 あいつらに罪を償わせなきゃ……。

 晶は拳を握りしめた。

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