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第一章 

34.狂犬が欲しいもの

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「ええ、もちろんですよ。期待していただいて結構です……えぇ、ではまた──」

 電話を切ると黒革のソファーに腰掛けた。前髪をくるくると指に巻きつけ遊ばせる。

「とりあえず、順調だな」

 俺が船越組を継いで約二年……右も左も分からない小童だった俺がここまでの力を付けれたのは全てのお陰だ。
 今回の事も奴の力が大いに役に立っている。

「組長、車の準備ができました」

 ドアが開き部屋の外にいる側近の男が太一に声をかけた。

「わかった、行こう」

 ドアに向かって歩き出した太一が突然立ち止まる。真っ直ぐ視線を向けたまま呟く。視線の先には壁しかない。

「……今度も上手くやってくれ」

 そう言うと太一は部屋を出て行った。側近の男は太一の言葉に疑問を抱いたが、そのまま太一の後を追った。

 太一はその様子を面白そうに微笑みながらエレベーターに乗り込んだ。



 高層ビルのネオンが一望できるガラス張りの部屋ではクラシックの音楽が響いている。

 白のインテリアで統一されたこの部屋は薄暗く、灯りといえば白いソファーのそばに置かれたサイドランプのみで部屋の窓からの夜景が壁一面の絵画のように見える。

 突然音楽が停止されしんとした空気に包まれた。
 オーディオのリモコンを他所に放り投げると太一はチョコレートを一粒口に含み、至福の表情を浮かべている。そのままソファーへと身を投げると大きく背伸びをした。

 突然電子音とともに玄関のロックが解除される音がする。
 時計の針はきっかり零時を指していた。

「入れ」

 太一が声かけると通路の奥から女が現れた。

 スウェットにキャップ姿の女は決してこちらの方を向こうとしない。極力人と目を合わそうとしないこの女の癖は今に始まったことじゃない。太一は横になったまま進捗状況を聞く。

「……予定通り警察が若林組をマークしているようです」

 太一は面白そうに笑うとチョコレートを頭上に投げて口でキャッチした。

「そうか……ふっ、若林はさぞかし驚いたろうねぇ」

 太一はご機嫌なようで身体をよじり腹を抱えて笑っている。太一の異様な喜びようを見ても顔色一つ変えず女は黙っている。

「……写真を撮っていた情報屋も消した方がいいのでは?」

 太一は首を傾げて考える。どこが子供じみた動作に女の眉が微かに動く。

「バレないように動いてたつもりだけど……すごくない? そいつ、こっちに引っ張れないかなぁ」

 あの晩、数時間前に急遽段取りをした会食をまさか情報屋に嗅ぎつかれるとは夢にも思わなかった。
 追っ手から逃げるため非常階段から飛び降りたらしいが、その翌日負傷した情報屋はどこを探してもいなかった。うちの組の捜索網から漏れていることはないはずだ。

 太一は突然現れた情報屋に興味が湧いてきていた。

「ちゃんとあの後尾行したんでしょう? アジトの場所メールしておいてねー」

 ひらひらと手を振るとそれが合図かのように女は消えた。
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