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第一章 

31.第一の事件

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(──なにやら外が騒がしいな……) 

 この時間にしては部屋の外が賑やかだ。拳人は布団から起きると部屋を出る。ちょうど渡り廊下を慌てて走る音が聞こえて来た。

「何事だ」

「若、お騒がせして申し訳ありません」

 ヤスが可愛い赤のエプロン姿で近づいてくる。給仕係の仕事を抜けて部屋まで駆けてきたようだ。

「構わない、どうした」

 ヤスが手に持っていた封筒を差し出す。見覚えのある白封筒だ。

「いつのまにか投函されていましたが、どうもつい先程のようです」

「なぜ分かる?」

「監視カメラを確認したところ、あの晩の男に似た黒ずくめの男が正門に近づく姿がありました……もしやと思い周りを探させましたが……」

 二人が話していると捜索していた舎弟たちが戻ってきた。表情を見る限りどうやら見つからなかったようだ。

「いい、かまわん」 

 封筒を開けると女が二人写った写真が何枚か入っている。白い紙には【会話はない】とだけ書かれていた。どうやらこの二人の女が何かを知っているという事を知らせているようだ。

「ヤス、街に詳しいやつを集めろ」

「分かりました」

 ヤスはエプロンを剥ぐと正門をくぐる。周りに睨みを効かせながらすぐに携帯電話で誰かに連絡を取り出て行った。

 投函の時間帯を変更したということは向こうもかなり警戒しているということか……。
 拳人は防犯カメラを確認をしに向かった。



 おかしい……。

 最近巷にいた情報屋の姿がない。
 これまでは会いたくなくてもどこからか顔を見せていたが、心当たりを探ってみても見つからない。

 銀角は朝の歓楽街を歩いていた。この街は様々な幽霊たちが寂しさを紛らわすためにどこからともなく引き寄せられるように集まってくる。幽霊は眠ることもないのでこの時間はただ日が暮れるのもぼうっと待つだけの時間だ。

『おい、ここによく来る黒のニット帽の男を見かけなかったか? あれだ、黒縁メガネの』

 道路の隅で転がっているランニングシャツの男に尋ねると怪訝そうな顔をしている。

『あぁアイツか、見ぃへんな最近』

『そうか……邪魔して悪かったな』

 銀角が立ち去ろうとすると何かを思い出したように男が声を上げる。

『あいつはなんかがあるとかなんとかって言うてたな、家族に金を送るとかなんとか……死んでもうてんのに夢みたいなこと言うとったけどな』

『……金?』

 男は背伸びをすると壁を背に横になったと思ったらそのまますっと消えていった。消えた情報屋の幽霊がもう縁のない物に何故今さら固執するのか分からなかった。金など、最も意味のないものだ──ましてや、家族に送るだなんて……。


 ちょうど銀角が歓楽街筋を出て大通りに出るとなにやら騒がしいサイレンとともにパトカーとセダン数台がこちらに向かってくる。古びたビルの前で停車すると慌ただしく警察官らしき奴らが降りてくる。乗用車から降りてきた一人に見覚えがある。

 あれは確か捜査一課──殺人か。

 銀角はビルの中へと様子を伺いに行く。
 スナックの一室でどうやら女が殺されたらしい。スナックの外には仕事が終わりの女達や清掃員の他、この地域に住む幽霊どもも混ざり合い大変な混雑になっていた。
 死体を見たい物好きな幽霊は壁をすり抜けて一足先に死体を見に行ったそうだが、口々にその様子を自慢げに語っている。

『きっと、怨恨ね。客がらみかしら……可哀想に……』

『でも大概死んだ後は自分の体から離れないもんだけどな』

『ショックを受けて消えちまったか?』

『殺しなら簡単に成仏はできないはずだけど、どこかに隠れているのかしらね?』

 銀角は野次馬をすり抜け店内へと入っていった。防護服を着た白ずくめの警察官や鑑識が入り乱れている。スナックのソファーには数人幽霊が居座ったままのようだ。
 
 部屋の奥に行くと黒のカクテルドレスを着た女が床に倒れていた。どうやら逃げようとしたところを背後からナイフで刺されたようだ。凶器がなく深さが分からないがきっと即死だったのだろう。銀角は女の横顔を見ると驚きの表情を見せる。

──この女は、まさか。

 死んで血の気が引き、派手な化粧をしているがあの日取引現場の若い女に間違いなかった。

 取引からまもなく殺されるとは……偶然じゃねぇな。

 以前から船越組のことを調べてはいたがここまでやるとは銀角も想定外だった。どうやら大掛かりな裏があるようで嫌な予感がする。銀角が現場を立ち去ろうとすると警官の男が袋に入れられた遺留品を調べているところだった。

 あの男、確か山形って男か……。

 その中にあった手帳をパラパラと捲ると山形はこちらが不愉快な気持ちになる程ニヤついた顔をする。

「大変なことになりそうだな」

 山形は踵を返しもう一人の男と店を出て行く。鑑識が持つ手帳を覗くと、そこにはタバコをくわえた男の写真が挟まれていた。銀角はそれを一瞥するとすぐに姿を消した。

 写真の男は……孫の拳人だった──。
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