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第一章 

30.取引現場

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『頼む! 頼れるのは晶ちゃんだけなんだっ!』

「イヤだってば」

『取引現場が分かったのに何もしねぇなんて出来るか? 出来ねぇよな!? なっ?』

「いや、俄然出来るけど」

 銀角がソファーで寛いでいる晶の前を右に左に行ったり来たりしている。幽霊がテレビを横切る度に画面が荒れ砂嵐のようになり、せっかくのドラマの面白みが台無しだ。電磁波と霊気は反発し合うようだ。

 同じく隣でドラマに夢中のマルが銀角の動きに合わせて画面が見えるように動く。
こうしていると生きているようだ。

「もう、銀さん、一回だけの約束でしょ。私だって長生きしたいし」

 晶は台所でコーヒーを入れるため立ち上がる。銀角が諦めきれないようでその後を追う。

『晶ちゃん、友達だろ!? よしみだと思って、な』

 無視していると銀さんが幽霊らしく先回りして晶に向かって手を合わせている。幽霊に拝まれるとなんかイヤな気持ちになる。

「はいはい、取り憑かないでねー除霊するよ」

 そっけなくいうと銀角は大げさに傷ついたアピールをしている。

『姉ちゃん、トモのためになるし──あぁん!』

 銀角が突然マルの顔を殴る。若干喜びの声をあげたマルは鼻をさすりながら晶に耳打ちする。 

『イテテ、姉ちゃん今恩を売っとけば死んだ時助けてくれるぜ』

「死んだ時に助けるより、死ぬ前に助けてほしいんですけどね」

 ちらりと銀角を見ると珍しく肩を落としている。晶は昔から困った人を見るとどうもほっておけない性格だ。捨て猫をよく拾ってきては母親に叱られていた事を思い出す。

 うーん……言い過ぎたかな、でもなあ……。

「ま……写真撮って届けるだけだし、仕事の合間に出来なくもないっていうか……危なかったらすぐやめるから」 

『本当か? よっしゃもちろんだ! よしよし!』 

 宝くじが当たったように喜ぶ姿に思わず笑みがこぼれた。


 次の日お昼前で混み合う商店街に晶はいた。路地の壁にもたれ掛かり人目を避けるように立つ。平日にもかかわらず親子連れの買い物客であふれかえっている。広場ではイベントが行われているようで歩行者天国になっており、道いっぱいに人々が集まり各々買い物を楽しんでいるようだ。

 晶は目を細めて遠くを見ると一緒に来た銀角を振り返る。

「ねぇ本当にあの人を撮るの?」

『あぁ、金目のものと引き換えに情報を売ってるって話だ。最近羽振りがやたら良くなってる……船越組に飼われてるのはコイツだろう』

「……そうは、見えないけど」

 先程銀角に教えられた標的はどこからどうみても五十過ぎの平凡な主婦のようだ。今は道で出会った女性と井戸端会議をしている。

『チッチッチッ、いけねぇな先入観は。こうして溶け込むのがプロなんだ』

 なぜギラついたスーツを着てヤクザ色を出すアンタがドヤ顔なんだと突っ込みたくなるのを我慢してもう一度標的を見る。

『いいか、コイツは通常通りなら昼間に顧客と接触するらしいんだ。必ず今日動きがあるはずだそこを押さえたい』

「……ちょっと近づいてくるわ」

『気をつけろ』

 頷くと晶は近くの店を物色している振りをして標的を見る。

 なるほどね──。

 古びたサンダルに
 空いた前かごに 
 ハンドルに掛けられた袋……

 路地へ戻ると銀角が座り込んで待っていた。何かを考え込むように晶が腕を組む。

『どうした?』

「銀さん……標的は自転車から離れずに情報を渡す気だわ」

『へ?』 

「あんなボロボロのサンダル履いて歩きまわったりするとも思えないわ、なんかあったら逃げ切れないもの。きっと自転車は手放さない。あ、それに前かごに何も入っていないのに右ハンドルに袋を掛けてるの、あれを通りすがりに渡そうとしてるんじゃない? 不自然だもの……」  

 晶が気になった点を並べていくとその様子を唖然とした表情で見つめる。

『占い、霊力、じゃねぇよな。探偵みてぇだな』

「この仕事をしてるからかしらね? なんとなく……まぁ今回当たるかわからないけどね」

『どうだろうな、見てみろ……カメラ用意だ』

 路地から標的を見ていると井戸端会議が終了した。標的は次に八百屋に近づくとそばを通りかかった若くきれいな女が立ち止まる。

『ビンゴ!』

 晶が慌てて二人の様子を写真に収める。

 標的がハンドルに掛けていた袋を女に渡すと、その女もまた持っていた紙袋を手渡し笑顔で別れた。自然な流れで取引は終わったようで、周りにいる人達に上手く混じっていた。あえて混雑した中で待ち合わせたのだろう。

 二人の間には会話はなかったようだが、一体今度は何が手渡されたのだろう……。

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