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第一章
24.夢遊病
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「俺……その……病気で……」
「……ガンか? 見つかったのか?」
「いや、俺……夢遊病みたいなんだ……」
小鉄の顔が真っ青で震えている。
突然話があると連れて来られたのは屋敷の物置小屋だ。こここは元々人気のない場所だが、何度も周りに誰もいないか確認し突然こんなことを言い出した……。
反応が出来ない俺を見て小鉄は泣きそうになっている。恐らく不安でしょうがないんだろう……病気には無縁の奴だから。
「昨日病院にいって、夜中に胸の痛みで苦しいとか、寝て目が覚めると全く身に覚えのない事が起こってるって言ったら……ドクターが真剣な顔して夢遊病だって言ったんだ。珍しいケースだけど間違いないって……」
ヤスは目の前で真っ青になったり、興奮して赤くなったりする小鉄を見て、頭をガシガシと掻く。
──これってやっぱり佳奈のせいだよな。
小鉄の身体を借りた佳奈が俺の前に現れたのは数日前……。
突然唇を奪われ驚いたが、小鉄の身体を借りた佳奈は、姿形が違っていても佳奈だった。話し方やクセ、二人しか知らない思い出などを話していると信じざるを得ない。
佳奈との出会いは十年前……出張先の砂浜で俺は一人海を眺めていた。この頃俺は女手一つで育ててくれた母親を亡くし自分を責め続けていた。
自分で望んだ道とはいえ、たった一人の息子が任侠の世界に入ったことを母は最期まで認めてくれず、とうとうそのまま天国へと逝ってしまった。後悔と自責の念で気付けば海へと車を走らせていた。
母との幸せだった頃の思い出は、幼い頃の海水浴だった。
日も暮れ薄暗く人もまばらな中、砂浜に流れ着いた流木に腰を下ろし波打ち際を眺めていた。満ちていく潮の波に誰かが作った砂の山が崩されていく様を見て、まるで自分のようだと思った。
「今日は波が高いですね」
そんな俺に声をかけてくれたのが佳奈だった。佳奈は海の貝殻が好きでよく集めに来ていたようで、お互いの話をしていく内に共鳴し合うものを感じ、自然と惹かれ合い愛し合うようになった。一緒に居た時間は長くは無かったが共に過ごす時間は心地良く、幸せだった。
出会って一年後俺たちは結婚の約束をした。大々的に式を挙げることは出来ないが、あいつはそれでもいいと笑っていた。
そんなある日佳奈は朝方に出掛けたまま帰って来なかった。
佳奈は突然、死んだ。
高速バスに乗り事故に遭いそのまま息を引き取った。
あいつがなぜ朝からあのバスに乗っていたのかは分からずじまいだ。病院に駆けつけた時、佳奈の名前を伝えると病室ではなく冷たく暗い霊安室に案内された。
佳奈はまるで眠っているような穏やかな表情をしていた。突然のことに涙も出なかった。
「佳奈……?」
感情も溢れ出る事もなくただそこに置かれたロボットのようにするべき事をこなして佳奈を送り出した。
多くの人が亡くなり、テレビのニュースで流れるほどの大きな事故だったが、俺は詳しくは知らない。
佳奈がそばにいない──それだけがその時の俺の全てでテレビの情報は全く見ていなかった。居眠り運転の運転手がどうなったか、他の乗員乗客がどうなったかなんてどうでもよかった。
きっとあの時に俺の何かが壊れたんだと思う。組のみんなは俺の様子をおかしいとは思ってたみたいだが、好きな女とただ別れてしまったと思っているはずだ。
ただ、先代は気づいていたかも知れない。
「兄貴……聞いてる?」
「あぁ……」
昔の事を思い出していてうわの空だったらしい。心配そうにこちらを見上げていた。
「だから、俺部屋を出ようと思うんだ……兄貴に迷惑をかけちゃうし……隣の楠木の部屋にでも──」
「……いや、大丈夫だ」
「でも……」
「いいって、出なくていい!」
思わず大きな声が出てしまったが、一瞬キョトンとした表情でこちらを見たがすぐに、伏し目がちに小鉄が微笑む。
「兄貴、ありがとう。心配してくれて……」
急に小鉄がしおらしく小声になり、なんとも言えない気持ちになる。事情を伝えようにも信じてはもらえないだろう。
お前の中に、俺の女がいる──だなんて……。
「何かあったら俺が止めてやるから、心配するな」
ヤスはいつになく優しく小鉄に言い聞かせると小鉄は拾われた子犬のような目をしてこちらを見る。罪悪感というのはこういう事なのだろう、苦笑いでごまかした。
その日の晩、やはりというべきか佳奈はやって来た。俺は布団に入り小鉄が寝入るのを待っていた。佳奈が俺の布団へ移動する。生前の佳奈の体なら一つの布団でも充分だが、さすがに今は寝返りさえ打つ事が難しい。
佳奈はヤスの頰に手を当てると目を細める。
「……本当にダメなの?」
「ダメだ」
「ケチ」
「俺はこいつとキスなんて考えただけで……絶対無理だ」
口を尖らせて拗ねる癖はそのままのようでこちらに背を向ける。ヤスは佳奈の腰に手を回しこちらにぎゅっと引き寄せる。佳奈のうなじに顎を置き大きく息をつく。
「佳奈、まだ行くな……」
抱きしめる力を強めると佳奈は苦しそうな顔をする。
「うん……」
◇◇◇
「……もう朝か」
最近どうも睡眠の質が悪いせいで寝起きが辛い。顔を洗おうと布団から起き上がろうとするが自分の体が何かでぐるぐる巻きにされているような感覚がする。しかも温かい……。
恐る恐る自分の腹を見ると逞しい腕が二本見えた。
ん、んー?
心の中で小鉄はパニックに陥るが後ろを振り返る勇気はない。体をよじりなんとかヤスの腕の中を脱出する。穏やかに眠るヤスの顔を見る。今までずっと二人でこの部屋で生活していたが、ここまで間近で寝顔を見たことは無かった。
兄貴……寝顔は幼いよなぁ、まつ毛も長いし。
小鉄は我に返り兄貴を変な目で見てしまったことに衝撃を受ける。一気に顔に血が集まる感覚がする。
「……ん、あ? 起きてんのか」
兄貴が目を覚ますと大きく欠伸をする。赤面したままの俺を見ると、さっと距離を詰めると俺の額に手を置いた。
「んぁ? 熱あるじゃねえか?」
兄貴に触れられた部分を中心に熱を帯びていくような感覚がする。どうしちゃったんだ?俺──。
「今日給仕係だろ? まだ間に合うか……俺が行くからお前まだ寝てろ、な」
ヤスは大きく欠伸をすると急いで部屋を出て行った。
「……ガンか? 見つかったのか?」
「いや、俺……夢遊病みたいなんだ……」
小鉄の顔が真っ青で震えている。
突然話があると連れて来られたのは屋敷の物置小屋だ。こここは元々人気のない場所だが、何度も周りに誰もいないか確認し突然こんなことを言い出した……。
反応が出来ない俺を見て小鉄は泣きそうになっている。恐らく不安でしょうがないんだろう……病気には無縁の奴だから。
「昨日病院にいって、夜中に胸の痛みで苦しいとか、寝て目が覚めると全く身に覚えのない事が起こってるって言ったら……ドクターが真剣な顔して夢遊病だって言ったんだ。珍しいケースだけど間違いないって……」
ヤスは目の前で真っ青になったり、興奮して赤くなったりする小鉄を見て、頭をガシガシと掻く。
──これってやっぱり佳奈のせいだよな。
小鉄の身体を借りた佳奈が俺の前に現れたのは数日前……。
突然唇を奪われ驚いたが、小鉄の身体を借りた佳奈は、姿形が違っていても佳奈だった。話し方やクセ、二人しか知らない思い出などを話していると信じざるを得ない。
佳奈との出会いは十年前……出張先の砂浜で俺は一人海を眺めていた。この頃俺は女手一つで育ててくれた母親を亡くし自分を責め続けていた。
自分で望んだ道とはいえ、たった一人の息子が任侠の世界に入ったことを母は最期まで認めてくれず、とうとうそのまま天国へと逝ってしまった。後悔と自責の念で気付けば海へと車を走らせていた。
母との幸せだった頃の思い出は、幼い頃の海水浴だった。
日も暮れ薄暗く人もまばらな中、砂浜に流れ着いた流木に腰を下ろし波打ち際を眺めていた。満ちていく潮の波に誰かが作った砂の山が崩されていく様を見て、まるで自分のようだと思った。
「今日は波が高いですね」
そんな俺に声をかけてくれたのが佳奈だった。佳奈は海の貝殻が好きでよく集めに来ていたようで、お互いの話をしていく内に共鳴し合うものを感じ、自然と惹かれ合い愛し合うようになった。一緒に居た時間は長くは無かったが共に過ごす時間は心地良く、幸せだった。
出会って一年後俺たちは結婚の約束をした。大々的に式を挙げることは出来ないが、あいつはそれでもいいと笑っていた。
そんなある日佳奈は朝方に出掛けたまま帰って来なかった。
佳奈は突然、死んだ。
高速バスに乗り事故に遭いそのまま息を引き取った。
あいつがなぜ朝からあのバスに乗っていたのかは分からずじまいだ。病院に駆けつけた時、佳奈の名前を伝えると病室ではなく冷たく暗い霊安室に案内された。
佳奈はまるで眠っているような穏やかな表情をしていた。突然のことに涙も出なかった。
「佳奈……?」
感情も溢れ出る事もなくただそこに置かれたロボットのようにするべき事をこなして佳奈を送り出した。
多くの人が亡くなり、テレビのニュースで流れるほどの大きな事故だったが、俺は詳しくは知らない。
佳奈がそばにいない──それだけがその時の俺の全てでテレビの情報は全く見ていなかった。居眠り運転の運転手がどうなったか、他の乗員乗客がどうなったかなんてどうでもよかった。
きっとあの時に俺の何かが壊れたんだと思う。組のみんなは俺の様子をおかしいとは思ってたみたいだが、好きな女とただ別れてしまったと思っているはずだ。
ただ、先代は気づいていたかも知れない。
「兄貴……聞いてる?」
「あぁ……」
昔の事を思い出していてうわの空だったらしい。心配そうにこちらを見上げていた。
「だから、俺部屋を出ようと思うんだ……兄貴に迷惑をかけちゃうし……隣の楠木の部屋にでも──」
「……いや、大丈夫だ」
「でも……」
「いいって、出なくていい!」
思わず大きな声が出てしまったが、一瞬キョトンとした表情でこちらを見たがすぐに、伏し目がちに小鉄が微笑む。
「兄貴、ありがとう。心配してくれて……」
急に小鉄がしおらしく小声になり、なんとも言えない気持ちになる。事情を伝えようにも信じてはもらえないだろう。
お前の中に、俺の女がいる──だなんて……。
「何かあったら俺が止めてやるから、心配するな」
ヤスはいつになく優しく小鉄に言い聞かせると小鉄は拾われた子犬のような目をしてこちらを見る。罪悪感というのはこういう事なのだろう、苦笑いでごまかした。
その日の晩、やはりというべきか佳奈はやって来た。俺は布団に入り小鉄が寝入るのを待っていた。佳奈が俺の布団へ移動する。生前の佳奈の体なら一つの布団でも充分だが、さすがに今は寝返りさえ打つ事が難しい。
佳奈はヤスの頰に手を当てると目を細める。
「……本当にダメなの?」
「ダメだ」
「ケチ」
「俺はこいつとキスなんて考えただけで……絶対無理だ」
口を尖らせて拗ねる癖はそのままのようでこちらに背を向ける。ヤスは佳奈の腰に手を回しこちらにぎゅっと引き寄せる。佳奈のうなじに顎を置き大きく息をつく。
「佳奈、まだ行くな……」
抱きしめる力を強めると佳奈は苦しそうな顔をする。
「うん……」
◇◇◇
「……もう朝か」
最近どうも睡眠の質が悪いせいで寝起きが辛い。顔を洗おうと布団から起き上がろうとするが自分の体が何かでぐるぐる巻きにされているような感覚がする。しかも温かい……。
恐る恐る自分の腹を見ると逞しい腕が二本見えた。
ん、んー?
心の中で小鉄はパニックに陥るが後ろを振り返る勇気はない。体をよじりなんとかヤスの腕の中を脱出する。穏やかに眠るヤスの顔を見る。今までずっと二人でこの部屋で生活していたが、ここまで間近で寝顔を見たことは無かった。
兄貴……寝顔は幼いよなぁ、まつ毛も長いし。
小鉄は我に返り兄貴を変な目で見てしまったことに衝撃を受ける。一気に顔に血が集まる感覚がする。
「……ん、あ? 起きてんのか」
兄貴が目を覚ますと大きく欠伸をする。赤面したままの俺を見ると、さっと距離を詰めると俺の額に手を置いた。
「んぁ? 熱あるじゃねえか?」
兄貴に触れられた部分を中心に熱を帯びていくような感覚がする。どうしちゃったんだ?俺──。
「今日給仕係だろ? まだ間に合うか……俺が行くからお前まだ寝てろ、な」
ヤスは大きく欠伸をすると急いで部屋を出て行った。
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