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第一章
23.若林組
しおりを挟む『よし、とりあえずこれでいい。ってかもっと字が角張れねぇのか?』
「無茶言わないでよ、私だって好きでこんな字してないわよ……丸字の人間の方が人当たりがいいって話知らないの?」
晶は銀角を睨むと自分の丸字で可愛らしい文字を見る。確かにこんな丸くて女だと分かりやすい字で果たしてこの写真を信じてくれるのか怪しいものだ。
「これでよしっと……」
出来上がった紙を便箋に詰めるとテーブルに置く。
「これを郵便で送るのよね?」
『いや、一刻を争う話だしな……ばれねぇように投函するしかねぇな』
銀角は疲れているのか大きくため息をつく。手紙の内容はたしかに組にとってはあまりよくない事は晶でも分かった。先代としては気が気じゃないだろう。
「お孫さんって、あの真面目そうな人でしょ? 一度ここにも来たじゃない?」
『あ? あぁ……』
晶はまた黒のパーカーを羽織るとポケットに便箋を突っ込んだ。鏡で自分の姿を確認するとキャップを目深めに被る。昨日と全く同じ服装だが投函するだけなので緊張は幾分かマシだ。
意外に心臓に毛が生えているもんだなと自分でも驚く。霊力がついたときに度胸もついてきたのかもしれない。
ふと脳裏に昨日見た光景が浮かぶ。
甘い声で寄り添う女と切ない顔でみつめるトモの姿……胸に少し痛みが走る。
あれからもう何日もトモはここに来ていない。友達になったあの日からこんなに間隔が空いたことはなかった。偶然かもしれないがあの女のところに通っているのかもしれない。妄想して勝手に落ち込む晶に銀角が呆れたように声をかける。
『なぁに、昨日のようなことはないから安心しろ。うちの組はヤクザって言ってもマイルドだしな。マイスィートホームってやつだ』
銀角は晶が怖くて尻込みしていると勘違いしているようだ。晶は心配かけないように微笑みかけると立ち上がる。
「さぁ、案内してちょうだい! さっさと終わらせるわ」
晶は勢いよく玄関を飛び出した。
◇
「ふぇー、でか」
目の前に立派な門構えのお屋敷がある。屋敷の周りは土壁や大きな岩で壁で覆われており監視カメラが何台か設置されている。セキュリティがしっかり行き届いているようだが、こちらからでは屋敷の全貌は見えない。
「この都会にこの屋敷って……銀さん悪いことばっかりしてたんじゃないの?」
『俺の親父が建てたからわかんねぇけど、三百坪はあるな。若い舎弟の住まいもあるし池もあるぞ』
さらっという辺りがもう金持ちの雰囲気で晶はおもわず銀角を凝視する。どう見ても金持ちには見えないがやはり別世界の人間なんだと再確認する。
電信柱から覗くと木製の門扉のすぐそばに小さな郵便受けがあるのが見えた。
『あの郵便受けがそれだ。門扉の向こうに見張り番がいる場合もあるから静かに入れるんだぞ』
「……オッケー」
真夜中の時間帯ということもあって気味が悪いほどに辺りは静まり返っている。晶は足首を回すと大きく息を吐いた。
監視カメラもあるので素早く近づいて投函し立ち去るしかない。監視カメラの解析度は分からないが顔は分からない程度なのだろう。晶はキャップを深く被り直すと若林組の正門へと近付いていく。あたかも通行人であるような感じで近づき郵便受けに腕を伸ばした。
ストン──。
よし! やった! 成功だ!
大きな音もなく便箋が中に入っていく様子が見えた。晶は来た道を折り返そうと踵を返した。
え……?
その時真正面から突然車のハイライトが目に刺さる。あまりの眩しさに驚くまもなく目をつぶると車から誰かが降りてくる気配がした。
「てめぇ、何者だ……」
低くて内臓に響くような声が聞こえると足が何かに絡まったみたいに動けない。
『まずい、逃げろ! 走れ!!』
銀角が叫ぶと金縛りが解けるように足が動いた。慌てて晶は逆方向に走り出した。
「──待て!」
数人追ってくる足音がする。先程のハイライトで目がチカチカして前がよく見えない。沼地を進んでいるようで足元が取られそうになるがここで捕まってしまってはまずい。
後方から男達の声が聞こえていたが途中からは自分の心臓の音でかき消されていた。曲がり角を曲がると晶は手摺を使いすばやく隣の塀の向こう側へ飛び越えて身を潜める。
『静かにしてろよ……』
銀角が壁から顔を出し追っ手を確認する。
幸いなことにこの家の住人は不在らしい。
体に当たる葉がちくちくと体に刺さるがここは耐えるしかない……。しばらくすると辺りが静寂に包まれ始める。
『……もう誰もいねぇよ、向こうに行ったな』
ようやくまともに呼吸ができる。酸素が美味しい。
「危なかった……どこがマイスィートホームよ! ゴリゴリのバリバリじゃん! 銀さん!」
晶の言葉に銀角はクククと声を出して笑う。晶の反応が面白いようだ。笑い事ではない。
『ふ……どんな犬でもいざという時は果敢に立ち向かうもんだ……あいつらもそうだ』
「はぁ……あのヤクザ慣れた感じで凄んでましたけどね……」
『それにしても──晶ちゃんじゃなかったら捕まっちまってたな、こんなバカでかい塀なんて登れねぇよ』
銀角が目の前の壁に手を伸ばす。
銀角が手を伸ばしても届かないほどの高さで追っ手もまさかこれを飛び越えたとは思わないだろう。くノ一にでもなった気持ちになる。自分の人生でこんな泥棒紛いなことをするとは、本当に人生というのは予測不能だ。
『そろそろ行くぞ』
暗闇の中足早にその場を離れた。どうにかやり遂げた達成感と安堵感や高揚感……複雑な気持ちで晶はその日はなかなか眠れなかった。
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