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第一章
7.若の恋煩い
しおりを挟む本日、晴天なり──。
まだ太陽も上りきっておらず、この時間帯は過ごしやすく、鳥も囀る清々しい朝。若林組の朝は早い。
ヤスはこの日も給仕係としての務めを果たすべくピンクのエプロンに袖を通していた。
「ヤス、この小皿でしめぇだ。持って行きな」
「ありがとございます」
いつもの様に若の朝食のお膳を受け取ると中庭が一望できる縁側を通り十二畳ほどの和室へ向かう。若は中庭が見えるこの部屋が気に入っている為、ここで食事を摂ることが多い。中庭を臨めるこの部屋でゆっくり新聞を見るのが朝の過ごし方だ。
部屋に入ると机に膳を置き、おひつやお茶の準備などをこなしていく。
若林組でお世話になり、はや十五年……若の身の回りのお世話を任せてもらえるぐらいまでになった。先代に拾って頂かなければ今頃どうなっていたか分からない。現在は組の一員としていられる事に誇りを持っている。
「──よし、お呼びしろ」
部屋の外にいる小鉄に声をかける。
小鉄は二十代半ばの若手だが、年齢の割には古風な考えをしていることが多くこちらも驚かされることが多い。
小鉄は短めの髪を赤茶色に染めている。やや中性的な顔の為若くみられることが多い。左耳のダイヤのピアスがお気に入りらしく常に付けている。身長は百八十五センチのヤスより十五センチほど低い。 縁があってヤスは弟分として小鉄をそばに置き面倒を見ている。
ヤスが茶碗に白米をよそっているタイミングで若が障子を開ける。
「おはようございます、若」
「おう、おはようさん」
「新聞はこちらに置いておきますので、どうぞ」
ヤスはエプロンを外して、部屋の隅へと下がる。
うちの若……若林組の次期組長の若林拳人は二十五歳という年齢ながら若林組をまとめあげている。
茶色の短い髪をワックスで遊ばせ、黒のスーツを着こなす。どことなく狼のような雰囲気があると言われることが多い。切れ長の目にすっと通った鼻筋が色気を感じる。
銀縁の眼鏡がより仕事のできる男度を上げている。
当然周りの女が放って置かないはずなのだが、残念なことにうちの若は女が苦手で寄り付きもしない。クールで素っ気ないけどそれがまたいいのよね! と女どもは言うが……あれは恥ずかしくてどうしたらいいか分からないだけだと俺は知っている。
表情が昔から乏しいため誤解されることが多いが、今回は良い方に勘違いをしてくれているのでこのまま墓場まで持って行くつもりでいる。そんな不器用な若だが、人情を大切にして若林組や地域の治安を守っている。
もちろん、近隣の組の中にはうちのようなスタイルの組を疎ましく思い排除しようとしたり、色々と物騒な事をしようとする輩がいるが、うちの若が上手くやり込めているようで最近は落ち着いている。
組として存続させるために個人の名義で不動産建築業や飲食業などを経営しており、若林組は地域に根付き愛される存在になったのは若のおかげといっても過言ではない。
「ごちそうさん」
「若。こちらの新聞をどうぞ──」
若はこの新聞を毎日ご覧になるのが日課だ。まだ手を付けられていなかったので当然のように読まれるものだと思っていたが、若の反応は全く違った。
「あぁ……もう今度から用意しなくてもいい」
これには俺も小鉄も驚いた。もう何年も一日も欠かさず目を通していたのに……。
あの新聞紙を破った日からどうも様子がおかしい。小鉄と俺は顔を見合わせた。
「用がある時は携帯に連絡しろ。事務所には午後に顔を出すと伝えておいてくれ」
用件だけを伝えると若はそそくさと部屋を出て行ってしまった。
──やはりあの件か?
二人は言葉にせずとも同じことを考えていた。
新聞の一件の日……心配になった俺たちは若の部屋の前で隠れて様子を見ていた。しばらくすると引き篭もったお部屋から聞こえてきたのは切なそうに別れを偲ぶ若の声だった。
「突然終わっちまうとはな……」
「……?!」
「──っ」
うっかり声が出そうになる小鉄の口元を押さえて二人は拳人の部屋から離れる。
どうにかバレなかったようだが先ほどの様子で俺たちは確信した。若に想い人がいる事を、そして恐らくそれは許されない恋なのだろうと……。不器用とはいえ容姿端麗で純情な若をここまで悲しませる女なんて普通の女とは思えない。
ヤスは腕を組み何かを考えているようだった。
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