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第一章
4.動き出した運命
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朝から他の組との会合と個人的な仕事を一件片付けた拳人はエレベーターを降りると煙草に火をつけ大きく息を吐いた。
オフィス街はこの時間は行き交う人が多い。一緒にエレベーターから降りてきた人達が気まずそうに拳人の横を通り過ぎる。
本人にその気は無いが、一般人にはないオーラが出ている。ただ今拳人の頭の中は水玉のネクタイのご利益を噛みしめているただの占いバカなのだが、俄か顔が整っているのと先代譲りの目つきの悪さが加わりなんともいえない威圧感がある。
ヤクザの跡取り息子に生まれていいのか悪いのかなんとも言い難い。
穏健派として知られるようになった若林組だが、今は亡き祖父が舵を切ったのが始まりらしい。それまでは何代にも渡り制裁や報復など日常的に争いが絶えなかったらしい。
拳人の記憶にある祖父はいつも穏やかで拳人をよく肩車をしてくれたが、そんな一面があったのかと今でも信じられない。
「若……あの、」
「ヤス、此処じゃ社長……だろ?」
「失礼いたしました、社長。このまま売却物件をご覧になられますか?」
拳人の斜め後ろに立っていた黒髪のプチモヒカンのヤスが拳人の返事を待っている。
先ほど終えた個人的な仕事がこの件だ。
自分たちが住む地域のために若林組は不動産業を営んでいる。だが大々的に商売はしていない……あくまで個人経営のスタンスで行っている。その社長業務を拳人が祖父から引き継ぎ、このビルの一室が不動産事務所になっていた。
今日は前々から進めてきた売却の案件が無事に完了した。験担ぎの水玉のネクタイの賜物だ。黙って聞いていた拳人は煙草の火を消すとヤスの胸を叩く。
「……今日は金曜日だろうが。さっさと帰るぞ」
道路に停めてあった黒塗りの高級車に乗り込んだ。土曜日は若林組が設けた休日だ。この業界は曜日感覚が無い事が多いが、先代が家族を大切にするようにと休みになったとヤスは先輩から聞いていた。
皆が早く休めるように拳人は少し早く仕事を切り上げた。拳人は決して口数は多くないが心優しく、多くの組員から愛されている。
ヤスは急いで運転席に乗りこんだ。ルームミラーの拳人をちらりと確認するとすぐさま発進した。
◇
「うーん、恋愛運ですか。今心に描いている方とのことですね?」
「はい! そうなんです!……うまくいくかどうか教えてください! 」
部屋には丸いテーブルに二脚の椅子、テーブルの上にはあの小ぶりな水晶玉が置かれている。部屋には特に装飾等はなく、所々オレンジ色の照明が置かれており、薄暗い部屋に二人の声が響く。
二十代ぐらいだろうか、目の前にいる今時の若い女性は結果が待ち遠しいのか瞳をキラキラと輝かせている。晶はコホンと咳払いをし、水晶を見つめて手をかざし、ブツブツと何やら唱え始めた。客の女性には聞き取れないようで、時おり水晶玉と占い師を交互に見つめている。
しばらくすると晶は水晶玉から手を離し目の前の客をじっと見つめて語り始めた。
「分かりました……。あなたが思い描いている方は離婚歴があるようです」
「は?」
「バツイチです。でも──」
「ちょっと……そんなわけない! だって彼は……」
「あ……以前、偶然彼と姪っ子さんにお会いしませんでしたか」
「……あ」
「娘さんです。彼は嫌われたくなくて嘘をついてしまったようです。それほどあなたを大切に思っていますよ。どうするかはあなた自身です。彼を、信じてあげてください……」
「先生……ありがとうございました。私頑張ってみます。」
その後彼女は笑顔で部屋を出ていった。ドアが閉まるのを確認し、口元を覆うレースを剥ぐと晶はほっとした表情を見せる。
あれから晶は空いていた隣の部屋で占いの店をオープンさせていた。
現世の人間と幽霊の区別が付かないデメリットと、幽霊と話す事ができるメリットを活かせる占い師という仕事を思いついた時は嬉しすぎてその日はよく眠れなかった。
尚且つ一対一で、この部屋の椅子に座っていない人は幽霊だと分かるのも都合がいい。
晶は部屋の窓から先ほど帰った客を見送る。彼女は前を向きすっきりした足取りで坂道を下っていた。その後ろを今の季節に不似合いな綿入りダウンを着た中年女性が歩いている。
その女性はこちらに気付きゆっくりとお辞儀をしてまた彼女の後ろを歩き出した。
いつだって娘の幸せを祈ってるのよね母親は……。
『やるじゃない、晶。あの子の死んだ母親の協力のおかげだけどね』
振り返ると中二病婆さんが椅子に腰掛け水晶玉を覗き込んでいる。
晶が目以外を布で覆っているのは口元を見られず、側にいる幽霊達に情報をもらうためだ。幽霊は客の知らない真実を知っていたり、本人に伝えたい事があってそばにいたりする。
この仕事を始めてみて数日経ち……すぐに、占いを通じて客もそして霊も救えることに気付いた。占いの後何体かの幽霊はそのまま白く光り消えていった。きっと成仏したということだろう。
『ずいぶん頭が悪い子だと思っていたけどね。あんたが誇らしいよ。あんたがしているのは完全な占いではないけれど、人を見て聞いて……霊を見て聞いて……それを上手く伝えて折り合いをつけてあげるのはあんたしかできない救い方だ』
珍しく中二病婆さんが褒めているのがどうもくすぐったい。
「なんか怖いね……もう逝っちゃうみたい」
『んー……。ここいらで終いだね。最期の願いも叶ったし、逝かなきゃね』
そう言ってケラケラと笑い、中二病婆さんが光りに包まれた。
「ありがとね……元気で」
晶は口元のレースを引き上げ顔を隠す。笑顔で送り出す自信がなかった。
一気に寂しくなった部屋は夕日で差し込み赤く染まり始めていた。
「だから夕刻は嫌いなのに……」
オフィス街はこの時間は行き交う人が多い。一緒にエレベーターから降りてきた人達が気まずそうに拳人の横を通り過ぎる。
本人にその気は無いが、一般人にはないオーラが出ている。ただ今拳人の頭の中は水玉のネクタイのご利益を噛みしめているただの占いバカなのだが、俄か顔が整っているのと先代譲りの目つきの悪さが加わりなんともいえない威圧感がある。
ヤクザの跡取り息子に生まれていいのか悪いのかなんとも言い難い。
穏健派として知られるようになった若林組だが、今は亡き祖父が舵を切ったのが始まりらしい。それまでは何代にも渡り制裁や報復など日常的に争いが絶えなかったらしい。
拳人の記憶にある祖父はいつも穏やかで拳人をよく肩車をしてくれたが、そんな一面があったのかと今でも信じられない。
「若……あの、」
「ヤス、此処じゃ社長……だろ?」
「失礼いたしました、社長。このまま売却物件をご覧になられますか?」
拳人の斜め後ろに立っていた黒髪のプチモヒカンのヤスが拳人の返事を待っている。
先ほど終えた個人的な仕事がこの件だ。
自分たちが住む地域のために若林組は不動産業を営んでいる。だが大々的に商売はしていない……あくまで個人経営のスタンスで行っている。その社長業務を拳人が祖父から引き継ぎ、このビルの一室が不動産事務所になっていた。
今日は前々から進めてきた売却の案件が無事に完了した。験担ぎの水玉のネクタイの賜物だ。黙って聞いていた拳人は煙草の火を消すとヤスの胸を叩く。
「……今日は金曜日だろうが。さっさと帰るぞ」
道路に停めてあった黒塗りの高級車に乗り込んだ。土曜日は若林組が設けた休日だ。この業界は曜日感覚が無い事が多いが、先代が家族を大切にするようにと休みになったとヤスは先輩から聞いていた。
皆が早く休めるように拳人は少し早く仕事を切り上げた。拳人は決して口数は多くないが心優しく、多くの組員から愛されている。
ヤスは急いで運転席に乗りこんだ。ルームミラーの拳人をちらりと確認するとすぐさま発進した。
◇
「うーん、恋愛運ですか。今心に描いている方とのことですね?」
「はい! そうなんです!……うまくいくかどうか教えてください! 」
部屋には丸いテーブルに二脚の椅子、テーブルの上にはあの小ぶりな水晶玉が置かれている。部屋には特に装飾等はなく、所々オレンジ色の照明が置かれており、薄暗い部屋に二人の声が響く。
二十代ぐらいだろうか、目の前にいる今時の若い女性は結果が待ち遠しいのか瞳をキラキラと輝かせている。晶はコホンと咳払いをし、水晶を見つめて手をかざし、ブツブツと何やら唱え始めた。客の女性には聞き取れないようで、時おり水晶玉と占い師を交互に見つめている。
しばらくすると晶は水晶玉から手を離し目の前の客をじっと見つめて語り始めた。
「分かりました……。あなたが思い描いている方は離婚歴があるようです」
「は?」
「バツイチです。でも──」
「ちょっと……そんなわけない! だって彼は……」
「あ……以前、偶然彼と姪っ子さんにお会いしませんでしたか」
「……あ」
「娘さんです。彼は嫌われたくなくて嘘をついてしまったようです。それほどあなたを大切に思っていますよ。どうするかはあなた自身です。彼を、信じてあげてください……」
「先生……ありがとうございました。私頑張ってみます。」
その後彼女は笑顔で部屋を出ていった。ドアが閉まるのを確認し、口元を覆うレースを剥ぐと晶はほっとした表情を見せる。
あれから晶は空いていた隣の部屋で占いの店をオープンさせていた。
現世の人間と幽霊の区別が付かないデメリットと、幽霊と話す事ができるメリットを活かせる占い師という仕事を思いついた時は嬉しすぎてその日はよく眠れなかった。
尚且つ一対一で、この部屋の椅子に座っていない人は幽霊だと分かるのも都合がいい。
晶は部屋の窓から先ほど帰った客を見送る。彼女は前を向きすっきりした足取りで坂道を下っていた。その後ろを今の季節に不似合いな綿入りダウンを着た中年女性が歩いている。
その女性はこちらに気付きゆっくりとお辞儀をしてまた彼女の後ろを歩き出した。
いつだって娘の幸せを祈ってるのよね母親は……。
『やるじゃない、晶。あの子の死んだ母親の協力のおかげだけどね』
振り返ると中二病婆さんが椅子に腰掛け水晶玉を覗き込んでいる。
晶が目以外を布で覆っているのは口元を見られず、側にいる幽霊達に情報をもらうためだ。幽霊は客の知らない真実を知っていたり、本人に伝えたい事があってそばにいたりする。
この仕事を始めてみて数日経ち……すぐに、占いを通じて客もそして霊も救えることに気付いた。占いの後何体かの幽霊はそのまま白く光り消えていった。きっと成仏したということだろう。
『ずいぶん頭が悪い子だと思っていたけどね。あんたが誇らしいよ。あんたがしているのは完全な占いではないけれど、人を見て聞いて……霊を見て聞いて……それを上手く伝えて折り合いをつけてあげるのはあんたしかできない救い方だ』
珍しく中二病婆さんが褒めているのがどうもくすぐったい。
「なんか怖いね……もう逝っちゃうみたい」
『んー……。ここいらで終いだね。最期の願いも叶ったし、逝かなきゃね』
そう言ってケラケラと笑い、中二病婆さんが光りに包まれた。
「ありがとね……元気で」
晶は口元のレースを引き上げ顔を隠す。笑顔で送り出す自信がなかった。
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