それでもサンタはやってくる

まみはらまさゆき

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(11)炊き出し会場で起きた奇跡

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炊き出しの手伝いに来たのだから、いつまでも落ち込んでばかりもいられない。
日暮れの頃になると、炊き出しを求める人が公園のそこかしこに増えてきた。

雄次は彼の退職後に新卒で入ったダイキという青年と組んで、「パトロール」の腕章を付け赤い誘導灯を手に会場整理に回る。
まだ準備中の炊き出しに並ぶ列をきちんと整え、小競り合いがケンカに発展する前に仲裁する。

炊き出しの列は、みっつ。
豚汁とおにぎりの列、豚汁うどんの列、そして上幕の内弁当の列。

夕方になり気温が急激に下がってきたせいか、上幕の内弁当の列はそれほど伸びていない。
取り合いになるのではないかと心配した雄次は、拍子抜けした。

ダイキは普通の大卒の青年に見えるが、ヘルプマークを身に付けている。
聞けば、小学生の時に電車にはねられて片足の膝から下を失い、義足を付けているという。

「そうなんだ・・・そうは見えなかった」
「もうこの義足も、僕の体の一部になっちゃってますからね。普通に歩く分には、それほど苦労はないですよ。でも万が一のためのお守りにヘルプマーク付けてるんです」

それでも、彼を気遣いながら歩いて回る事にした。
公園の中を見回して、ダイキはため息をついた。

「それにしても、いっぱい集まりましたねぇ・・・こんなちっちゃい街に、食べるにも困ってる人がこんなにいるなんて」

しかし集まったみんながみんな、本当の意味で困窮しているわけでもなさそうだ。
困ってもいないのにちゃっかりタダ飯にありつこうとするさもしい根性の連中も混じっているのではないか・・・?

いつだったか、雄次はその疑問を多少の怒りとともに高良さんにぶつけた事がある。
しかし高良さんは、彼をたしなめた。

「本当に豊かだったら、誰もここには来やしないよ。ここに来るって事は、やはり何かしらの不足を覚えているはずだ。実際、みんな食べるものを受け取った後は幸せそうだろ・・・それだけ、この国全体が貧しくなってるって事なんだよ」

実際、そうなのかもしれない。
この炊き出しで1食分でも浮かして、他の日の食事をわずかでもいいものにしようとしている人も、多いのかもしれない。

実際に雄次自身が、スーパーに行くと割引シールの貼られた弁当や惣菜を選んでしまうではないか。
そんなもの気にせずに、値段なんてものも気にせずに、買い物がしたいなぁと思う。

もう、西の空の残照も消えかかろうとする頃になった。
炊き出しが開始され、公園のざわめきが大きくなる。

熱々のうどんや豚汁の丼を持った人びとが、テーブルやベンチや縁石などでふうふう美味しそうに食べ始めた。
上幕の内弁当は、そのまま持ち帰る人もいるようだ。

公園はどんどん暗くなるが、より多くの人びとが集まり、熱気すら感じる。
いくつもの仮設の照明が人びとを照らし、地面には影が交錯する。

照明の電源は、何台もの可搬式の発電機だ。
「たからばこ」では災害時の非常用に、据え置き型だけでなく可搬式の発電機も常備している。

雄次が「たからばこ」に入った頃はガソリン式の発電機が主流だったが、更新するタイミングでカセットボンベ式のものに置き換えられてきた。
そちらの方が音が静かで排ガスもそれほど気にならず、なにより運転が簡単だ。

ガソリン式だったら素人には危険なガソリンを補充してやる必要があったが、カセットボンベ式だったらボンベを交換するだけで済むから楽だし早い。
そのボンベの交換も、雄次たちが他のスタッフと共同で行なう。

ゴミ箱は公園のあちこちに設置されているが、きちんとルールを守ってごみ捨てがされるかと言えばそうではない。
いろんな人が集まるから、ゴミ箱でないところにポイ捨てされたり、ゴミ箱が満杯になったりもする。

そういうのを片付けたりして回るのも、雄次たちの仕事のひとつだ。
他に、困っている人を案内したり、話しかけられたら相手になったり。

忙しいし、神経も使うし、正直しんどい。
けれどもすべてが終わった後に訪れる、充実感・・・それを信じて歩き回る。

スマホをかざして、気軽に写真や動画を撮る者が近年増えてきたように思う。
たとえばイベントの高揚感を記録に収めたいという者もいるかもしれないが、中には悪意を持って撮る者もいるかもしれない。

パッと見て、両者の区別はつかない。
けれどいずれにしても、会場に集う人の顔が第三者のカメラに収まることは好ましい事ではない。

だから見つけ次第、注意して回るが大抵の者はバツが悪そうにスマホを引っ込める。
「パトロール」の腕章と、赤い誘導灯が、なんだか精神的な防具のように思えて心強い。

「すみませ~ん、撮影は遠慮してもらえますか?」
「ん? なんですか? ここは市民のための公園ですよね? 何しようが勝手じゃないですか?」

モサい姿格好の3人組の若者が、薄笑いしながら返してきた。
やっぱりこの手の面倒な連中は、どこにでもいる。

「公園でも、写される人にはそれぞれ肖像権がありますからね」
「ああ? あなたたちこそ、公共の公園で一般市民を締め出して、勝手な事してますよね。自分の権利ばっか主張しないでもらえますか?」
「でも、ちゃんと市の公園課の許可は取ってありますからね」

しっかりと主張すべきは主張し、半歩前に出る。
雄次と対峙する男の両脇には、それぞれスマホとリングライトの明かりを持った男たち。

ひょっとしたら、バズり狙いのYouTuberの真似事なのかもしれない。
だからわざと無理筋の因縁を付けて、挑発しようとしているのか。

「公園の水道も使ってますよね」
「それも許可を取ってありますが」
「でもさ、公園みたいな市民のための場で、こういう人たちを集めて、治安が悪くなりますよね」
「何をっ!」

反論しようとするダイキを、雄次は手で押し留める。
彼らのペースに飲まれてはいけない・・・努めて心を落ち着かせて、問いかける。

「ええと・・・『こういう人たち』って、具体的にどういう人達なんでしょうね。動画撮っているんでしょ? 堂々と自分の思う事を言っちゃってくださいよ」
「だから・・・治安を悪くするような・・・」
「治安が悪いって具体的なデータでもあるんでしょうかね? だいたい、人が集まればどんなイベントでもおかしな事をする人間は出てくるもんですよ。だから私たちは責任を持ってパトロールしているんですよ」
「・・・近所迷惑でもあるし」
「もちろん、近隣も私たちの仲間がパトロールしているし、ゴミの片づけだってしている」

そこで連中はスマホもライトも引っ込めて、捨てゼリフすら残さず群衆の中に消えていってしまった。
それを見届けてからダイキと一緒に振り向くと、そこには今いる建設会社の社長が管理部長と一緒に立っていた。

「・・・お疲れ様です」
「やぁ、本当にお疲れさん。それにしても大賑わいだな。探したぞ」
「社長、どうしてここに・・・?」
「部長から聞いたよ。弁当をどうしたのかの話も、君がうちに来る前にいた会社の話も、その会社の炊き出しのイベントの話も」
「・・・ありがとうございます」

何がどう「ありがとう」なのか自分でも分からなかったが、とりあえず頭を下げる。
そんな彼に、管理部長は言った。

「今回の弁当代な、ここへの寄付の分も含めて全部会社に付けていいぞ。経費で落とすから」
「えっ?」

一瞬、何を言われたのか分からなかった。
社長は言った。

「君が失敗したのは確かに失敗したのだけれども、君はそれをいい方向へ、社会の役に立つ方向へ持っていった。そして君が前にこんな社会の役に立つ職場にいた事も、今回知った」
「・・・」
「それにクリスマスも近い。こんな『い事』を、私たちにも手伝わせてもらおうと思ってね」
「ありがとうございます」

社長の厚意が身にしみた。
しかし、それだけではなかった。

「会社としても、社会貢献の一環として、これから定期的に君がいた会社・・・『たからばこ』だったかな、そこに微力かもしれないけど支援させてもらうよ。こんど、ここの社長の高良さんに会ってその話をしてみたい」
「ありがとうございます!」
「それに、『勉強会』に参加する経営者にも働きかけてもみるつもりだよ」
「あ、ありがとうございますっ!」

雄次は深々と頭を下げた。
なんだか涙があふれてきて、その頭をなかなか上げられない。

「社長、急がないと、時間が・・・」

管理部長が社長を促し、雄次が頭をようやく上げた頃には群衆の中に紛れていくところだった。
その時、テントの辺りが騒がしくなった。

最初はまた揉め事が起きたのかと思ったが、どうやら歓声が上がっているようだった。

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