それでもサンタはやってくる

まみはらまさゆき

文字の大きさ
上 下
8 / 12

(8)上幕の内弁当110個の衝撃

しおりを挟む
社屋の入口前に横付けされた保冷車の前で、ハジメちゃんは少し途方に暮れたように佇んでいた。
土曜日でも稼働している一部の現場を見て回ってたまたま帰ってきたところの社長と管理部長が、半開きになった保冷車の扉を不思議そうに覗き込んでいた。

「やぁ、いつもありがとうございます」

雄次はハジメちゃんに声をかけた。
社長と管理部長が、揃って彼を見た。

なにか様子がおかしい。
ハジメちゃんも、何やら困惑した様子だ。

「・・・どうしましたか? お弁当の配達・・・ですよね?」
「はい。上幕の内弁当・ペットボトルのお茶付き・110人前です」
「・・・?」

雄次は、ハジメちゃんが何を言っているのか、理解しようとしたができなかった。
いや・・・「11人前」を景気よく「110人前」だと言ったのでは・・・?

困惑しつつも、ハジメちゃんは扉を開けた。
いつもだったらポリ袋みっつを取り出してくれるのだが、今回は曖昧に笑いながら巨大な紙包みを指さした。

「え・・・冗談でしょ? 11個では・・・?」
「いや、ユウジさん、確かにご注文は110個でしたよ」

ハジメちゃんは、伝票を差し出した。
ひったくるように目を通すと、たしかに彼の名前と、「上幕の内弁当 ペット茶付 110」という理解し難い文字列と、「合計 132,000円・ オンライン値引 11,000円・ まとめ買い割引 5,500円・ ご請求額合計 115,500円(8%税込 8,556円)」という理解不能な文字列が印字されている。

注文を間違えた! しかも注文後のチェックすらしていなかった!
彼を殊更ことさら焦らせたのは、社長と管理部長がその現場を見てしまった事だ。

(たかが弁当くらいで注文をミスるような、ダメ社員だと思われてしまう!)

しかし社長は、「ふうん?」と首を傾げながら、管理部長を促して社屋に入って行ってしまった。
あとに残されたユウジは、とっさの判断でハジメちゃんにお願いした。

「頼む! 頼まれてくれ! お願いだ! ここには11個だけ下ろしてくれ!」
「えええ・・・でも、残りはどうするんです?」
「残りは・・・そうだな・・・ええと・・・そうだ!」

ひとつ、ひらめいた。

「今日は、『たからばこ』のクリスマス炊き出しだろ?」
「たぶんそうですが、どうしましたか?」
「残りの分は、そっちに寄付するから持って行ってくれ! 高良さんには、ハジメちゃんが運ぶ間に電話して事情を話しておくから!」
「ああ、そういう事にしますか。わかりました!」
「あと、もうひとつだけ、お願いがある・・・」
「なんです? お世話になったユウジさんの頼みだったら、大抵の事は聞いてあげますよ」
「領収書を・・・分割して、11個分で作り直してくれないかな」
「なぁんだ、そういう事かぁ。分かりました・・・でも、なんだか忘れそうだから、うちの事務所にもそれ伝えといてくださいよ」

メモ帳代わりのスマホに入力しながら、ハジメちゃんは答えた。
そして入力が終わると、彼に意外な事を言った。

「事務所と言えば、先週から、奈美さんが来てるけど、なんかあったんですか?」
「へっ? それ、どういう事?」
「えっ・・・? ユウジさん知らないんですか? 奈美さん、『たからばこ』を辞めちゃったって。んで、うちに転職してきたんですけど・・・」
「それ、知らない! だいたい俺たち、別れたんだ!」
「ええ? あんなに仲良かったのに。絶対結婚するって思ってたのに」

ハジメちゃんは心底残念そうな顔をしたが、雄次はそれどころではない。
110引く11イコール99個の弁当の始末と、その代金の事と、そして奈美の事・・・それは多分に彼との関係が影響していると考えればなおの事だった。

「まだ配達始まったばかりだろ? もう、こっちはいいから、気にせずに行ってくれないかな」

彼と奈美が別れたことに多少のショックを受けたふうのハジメちゃんを追い払うように車に乗せると、雄次は高良さんのケータイに電話した。
(今頃忙しくしてるだろうなぁ・・・出てくれるかなぁ・・・)そんな彼の心配など無用だったようで、高良社長はすぐに電話に出た。

「よぉ、ユウジくん! 元気にしてたか?」
「はい・・・それより、ちょっとお話し、いいですか?」
「ちょっとだけならな! 今日は『クリスマス炊き出し』の日って知ってるだろ?」
「はい、それで、幕の内弁当99個を寄付しようと思うんですが。急で申し訳ないですが」
「なにぃ? 弁当99個だと? 大歓迎だよ! この原料高騰の折だ、例年より見劣りする炊き出しになってしまってるんだ! 助かるよ!」

拍子抜けするくらい話はまとまり、電話を切った。
奈美が「たからばこ」を辞めた事など話題にも上らなかったし、雄次の方からそれを訊くなどできもしなかった。

電話の後、スマホで注文履歴を今更ながら確認した。
確かに、110個注文しており、未読メールの中にも注文確認のメールがあった。

恐る恐るカード会社のサイトにログインすると、年明けの1月はじめに身の毛もよだつほどの請求予定金額が表示されていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

危険な残業

詩織
恋愛
いつも残業の多い奈津美。そこにある人が現れいつもの残業でなくなる

迷子の神絵師を助けたら、妙に懐かれてしまった私の日常と生活について

コタツの上
現代文学
雨中の迷子・駅前の酔っぱらい・律儀な客――形を変えて何度も出会った迂闊な女、羽鳥湊咲。いつも目元の隈が消えない彼女は、なぜか私の傍では上手く眠れると言う。 湊咲の秘密と、流れる季節と、美味しい食事の中で。 不器用に近づいていく私たちの日常は、少しずつ変わっていく。 “きっと他の誰かでもよかった。でも、あなただった。”

歌集化囚 死守詩集

百々 五十六
現代文学
日々生活していくうちに思い付いた短歌を掲載する歌集です。

僕を待つ君、君を迎えにくる彼、そして僕と彼の話

石河 翠
現代文学
すぐに迷子になってしまうお嬢さん育ちの綾乃さん。 僕は彼女を迎えにいくと、必ず商店街のとある喫茶店に寄る羽目になる。そこでコーヒーを飲みながら、おしゃべりをするのが綾乃さんの至福の時間なのだ。コーヒーを飲み終わる頃になると、必ず「彼」が彼女を迎えに現れて……。 扉絵は、遥彼方さんのイラストをお借りしています。 この作品は、小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。

振られた私

詩織
恋愛
告白をして振られた。 そして再会。 毎日が気まづい。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

ホムンクルス

ふみ
現代文学
目覚めると記憶を失っていた主人公。 恋人を名乗る少女と暮らし始め、忘れた愛と記憶を取り戻していく。 しかし全てを思い出した時、彼女は彼女でなくなってしまう――。

処理中です...