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(3)最低最悪の会社から全力で離脱
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社内には、不平不満が渦巻いていた。
古株でベテランの社員ほど、いかに先代社長が人格者だったかを懐かしんで語った。
みんな給与も以前よりカットされ、さらに常務の思いつきの「罰ゲーム的評価」で何かにつけて「罰金」を徴収されていた。
「罰」は恣意的なものも、多かった。
「人格者」の先代の頃は、そんな事など思いもしなかった、仕事もやりがいがあった、などと口を揃えて語っていた。
その「人格者」が育てた息子がハチャメチャ社長で、さらにその息子が人でなし常務というのも、雄次にはブラックな皮肉に思えた。
それはそれとして、みんな不平不満を口にしながらも会社にしがみ付いているのが雄次には不思議というか非合理に思えた。
「会社を去ったら先代に申し訳ない」という忠誠心だったり、「他に行くところがない」という事情を抱えていたり、理由は人それぞれだったけれど。
しかし、職探しのために彼はハローワークに通った。
そして1年くらい通った末に、5つ目の働き口となるその企業の求人を見つけた。
株式会社だが、様々な視点から福祉事業をやっているという。
そこの、総務的事務員。
学歴不問というあたりに、国立大学卒という彼のプライドが少しばかりブレーキを掛けた。
一方で求められる経験等としてワード・エクセル・パワーポイントが挙げられていて、彼はそれらには自信があったから思い直して応募。
それからすぐに面接に呼ばれることになった。
しかし彼の周囲の反応は、芳しくなかった。
友人・知人・親族の中には聞きかじり程度にその会社を知っている者がいたが、一様に「障害者ビジネス」「貧困ビジネス」・・・そんな目でその事業を見ていた。
確かに、障害者の就労支援や生活困窮者の住宅支援などを業務の柱としていて、そのキーワードから検索で引っ張られてくる情報は一般的にネガティブなものも多かった。
けれどもそれまで「これは」と思うような求人に対して履歴書を送ってきても、「お祈り」されるだけの状態が続いていた。
とにかく当時の現状から抜け出したいという一心から、面接のために事務所を訪れた。
面接は、事務所の隅をパーテーションで囲っただけの応接テーブルでやや高齢の社長と一対一で。
とても障害者や困窮者を食いものにするような人には見えない社長は一通り事務的な質問をしてから、改めて彼の履歴書を眺めて、言った。
「今までだいぶ苦労してきとるみたいやね。お疲れさん」
雄次は、ハッとして社長の顔をまじまじと見つめた。
久々に聞く、彼の境遇に対する労いの言葉だった。
ずっと長い間、彼の置かれた状況は、彼自身に原因のある「自業自得」「身から出た錆」的な言われ方を周囲からはされてきた。
だから彼自信が洗脳されるように「悪いのは自分が至らなかったからだ」などと自分を責め、追い詰められるような思いもしてきた。
そんな彼にとって、社長の言葉は心にしみた。
その社長の眼差しは柔和で温かく見えたが、それが涙で滲んできてしまった。
泣くまい、泣くまいと自分に言い聞かせ、涙をこらえる。
社長は「泣いてもいいんだよ」とでも言いたげに、微笑しながら頷いていた。
この社長だったら、もし不採用でも心からの「お祈り」をしてくれそうだ・・・そんなことまで考えてしまった。
けれどもその場で出た結論は「とりあえず採用」というもので、面接は「いつから働けるか」という話に移っていった。
そして最後は、社長がどれだけ熱意を持って「多様なひとがともに助け合い、ともに働く」ことを「ビジネス」という切り口で実現できるか、チャレンジしている・・・そんな熱い想いを語られた。
「試用期間は、3ヶ月だね。君がどれだけ僕らの理想を汲んでくれるか、こちらとしては未知数だから、そこは留意して欲しい。・・・でも、よほどのことがない限り、そのまま継続して働いてもらうつもりだよ」
正直なところ、面接終盤に理想論を語られた頃から、この社長にはどこか胡散臭さも感じ始めていたのは事実だ。
3ヶ月という試用期間の間に、もしこの社長が尻尾を見せたら彼の方こそこの会社を去ろう・・・涙が乾く頃から、一転してそう思い始めてもいた。
なにしろ、フィクションの世界でもなかなかお目にかかれないような崇高な理想だ。
なにか裏があるのではないか・・・氷河期の中でなにかと誤魔化され、騙され、欺かれ続けてきた彼は、どうしても斜に構えてしまうのだった。
古株でベテランの社員ほど、いかに先代社長が人格者だったかを懐かしんで語った。
みんな給与も以前よりカットされ、さらに常務の思いつきの「罰ゲーム的評価」で何かにつけて「罰金」を徴収されていた。
「罰」は恣意的なものも、多かった。
「人格者」の先代の頃は、そんな事など思いもしなかった、仕事もやりがいがあった、などと口を揃えて語っていた。
その「人格者」が育てた息子がハチャメチャ社長で、さらにその息子が人でなし常務というのも、雄次にはブラックな皮肉に思えた。
それはそれとして、みんな不平不満を口にしながらも会社にしがみ付いているのが雄次には不思議というか非合理に思えた。
「会社を去ったら先代に申し訳ない」という忠誠心だったり、「他に行くところがない」という事情を抱えていたり、理由は人それぞれだったけれど。
しかし、職探しのために彼はハローワークに通った。
そして1年くらい通った末に、5つ目の働き口となるその企業の求人を見つけた。
株式会社だが、様々な視点から福祉事業をやっているという。
そこの、総務的事務員。
学歴不問というあたりに、国立大学卒という彼のプライドが少しばかりブレーキを掛けた。
一方で求められる経験等としてワード・エクセル・パワーポイントが挙げられていて、彼はそれらには自信があったから思い直して応募。
それからすぐに面接に呼ばれることになった。
しかし彼の周囲の反応は、芳しくなかった。
友人・知人・親族の中には聞きかじり程度にその会社を知っている者がいたが、一様に「障害者ビジネス」「貧困ビジネス」・・・そんな目でその事業を見ていた。
確かに、障害者の就労支援や生活困窮者の住宅支援などを業務の柱としていて、そのキーワードから検索で引っ張られてくる情報は一般的にネガティブなものも多かった。
けれどもそれまで「これは」と思うような求人に対して履歴書を送ってきても、「お祈り」されるだけの状態が続いていた。
とにかく当時の現状から抜け出したいという一心から、面接のために事務所を訪れた。
面接は、事務所の隅をパーテーションで囲っただけの応接テーブルでやや高齢の社長と一対一で。
とても障害者や困窮者を食いものにするような人には見えない社長は一通り事務的な質問をしてから、改めて彼の履歴書を眺めて、言った。
「今までだいぶ苦労してきとるみたいやね。お疲れさん」
雄次は、ハッとして社長の顔をまじまじと見つめた。
久々に聞く、彼の境遇に対する労いの言葉だった。
ずっと長い間、彼の置かれた状況は、彼自身に原因のある「自業自得」「身から出た錆」的な言われ方を周囲からはされてきた。
だから彼自信が洗脳されるように「悪いのは自分が至らなかったからだ」などと自分を責め、追い詰められるような思いもしてきた。
そんな彼にとって、社長の言葉は心にしみた。
その社長の眼差しは柔和で温かく見えたが、それが涙で滲んできてしまった。
泣くまい、泣くまいと自分に言い聞かせ、涙をこらえる。
社長は「泣いてもいいんだよ」とでも言いたげに、微笑しながら頷いていた。
この社長だったら、もし不採用でも心からの「お祈り」をしてくれそうだ・・・そんなことまで考えてしまった。
けれどもその場で出た結論は「とりあえず採用」というもので、面接は「いつから働けるか」という話に移っていった。
そして最後は、社長がどれだけ熱意を持って「多様なひとがともに助け合い、ともに働く」ことを「ビジネス」という切り口で実現できるか、チャレンジしている・・・そんな熱い想いを語られた。
「試用期間は、3ヶ月だね。君がどれだけ僕らの理想を汲んでくれるか、こちらとしては未知数だから、そこは留意して欲しい。・・・でも、よほどのことがない限り、そのまま継続して働いてもらうつもりだよ」
正直なところ、面接終盤に理想論を語られた頃から、この社長にはどこか胡散臭さも感じ始めていたのは事実だ。
3ヶ月という試用期間の間に、もしこの社長が尻尾を見せたら彼の方こそこの会社を去ろう・・・涙が乾く頃から、一転してそう思い始めてもいた。
なにしろ、フィクションの世界でもなかなかお目にかかれないような崇高な理想だ。
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