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(3)告白してキスして胸まで触った
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ラジオ体操のために・・・いや、七海に会うためにラジオ体操の場所である集会所に行った。
まだ6時半だというのに早くもセミが鳴き始めていたが、山の樹々や棚田を渡って来る風はまだ冷気を残し、道端の雑草にも棚田の稲の葉にも丸い朝露が光っている。
グランドゴルフ場も兼ねた集会所の広場には、優太と七海を除くと集落の唯一の未成年者である4人きょうだいの他に数名の高齢者だけ。
優太はラジオを持ってきた地区会長らしい男性から珍しそうに声をかけられた。
「あんたは横山さんのところのお孫さんね」
「・・・はい」
「夏休み?」
「はい・・・」
横から年配の女性が割って入ってきた。
「蔵原さんのところにもお孫さんがいたけど・・・はて、今朝は来ないね」
きっと七海のことだろう。
今朝に限ってこないということはあるのだろうか・・・?
七海が来ないまま時間となり、ラジオ体操が始まった。
不安に思いながらの体操は身が入らず、幽霊のダンスのようになってしまったかもしれない。
しかし体操第一が終わりふと振り向くと、やはり七海は来ていた。
前日の服装は他所行きだったのだろう、今朝はピンクのTシャツ、ベージュのハーフパンツにスニーカーの彼女。
「おはようございます」
彼女は笑いながら首を傾げ、軽く手を振ってみせた。
・・・昨日T字路のところで別れる時もそうだったけど、この仕草が可愛いんだよ!
わざと優太は七海の傍に移動した。
七海もまた微笑を彼に向けて見せた。
その後は張り切って体操し、少し汗ばむほどになった優太。
一方で七海はきれいなダンスのように体を動かす。
ふと、明け方の夢で見た彼女の裸が思い出され、股間に血液が集まりはじめるのを感じて邪念を飛ばすため余計に体操に集中した。
それを見て七海は軽く笑った。
「なんだか、カンフーみたいですね」
「え、そう?」
優太は調子に乗ってわざとカンフーを意識。
4人きょうだいの末っ子の男の子がそれを見て爆笑しつつ優太を指さし、一番上の姉が「失礼でしょ、やめなさい」とその頭をはたく。
体操の帰り、T字路でLINEの交換をし、そして午後の再会を約束して別れた。
彼女はまた笑いながら、軽く手を振った。
祖母の家に戻ったあとは、早く昼が来ないかなぁと気もそぞろ。
朝食後のWeb講座の受講も、内容がなかなか頭に入らない。
その後の宿題も、数学の難しい問題にぶち当たってしまったこともあって広げっぱなしで手つかず。
どうせ七海からは「一緒に夏休みの宿題でもしましょうよ」と言われていたから、今やらないでもいいかの気分。
昼食のあと13時になるまでが異様に長く感じられ、イナカだから時間の流れがゆっくりになっているんじゃなかろうかと本気で疑ったり。
それでもようやく迎えた12時55分過ぎ・・・彼は家を出た。
祖母は訊いた。
「どこへ行くの? また図書館?」
「いいや、図書館でなくても居場所を見つけたんだ」
「・・・? いってらっしゃい・・・ご飯までには帰ってきてね」
T字路から先、道なりに・・・しかしそちらは集落から外れた方になる。
道の両側には昔は棚田が広がっていたのだろうが、とうの昔に放棄されて荒れ果てて森や林に還ろうとしているところもあった。
道の両側から背丈よりも高い雑草や灌木が迫り、離れた林から蝉の声がせわしく聞こえてくる。
草いきれの中からはギーチョ、ギーチョとなにかの虫の声がして、本当にこの先にあの子が祖父と住んでいるという家があるのだろうかと不安になった。
(自分はなにかモノノケの類にたぶらかされようとしているのではないか・・・?)
しかしそういえばラジオ体操の会場で近所の婆ちゃんが「蔵原さんのところにもお孫さん・・・」とか言ってたな・・・ということは少なくとも蔵原という名前を持った人間ではあるはずだ。
道沿いに並ぶ電柱だけが、その先に民家かなにか人間の営みがあることを証明していた。
そして大きく右に曲がった先に、突然白い建物が現れた。
いや、白いというのは真昼の太陽の光を浴びてその反射が眩しかっただけで、実際にはコンクリート打ち放しの建物だった。
文明からも見放されたような道の果てに現れた近代建築。
窓は大きく、庭の芝生も青々としていて、知らない人に「海の見えるおしゃれなカフェ」と言えば信じてもらえそうな建物。
本当に七海の祖父の家なんだろうかと思ったが、しかし七海らしいと言えば七海らしい家だとも思った。
そこだけ黒御影石の広い玄関ポーチに立って3度深呼吸してからインターホンを押そうとすると、先に中から錠が外れる音がして、七海がドアを開けて顔を見せた。
「いらっしゃい」
部屋着だろうか、朝とはまた違った黒と紺のチェック模様の前開きワンピース。
炎天下から来たためか、ドアの向こうは暗く見え、彼女もそんな格好だから色白の笑顔が余計に眩しく見える。
「遠慮しないで、入ってください」
言われるままに広い玄関に入ると、正面には巨大な洋画。
右を向けば靴箱の上にも中くらいの洋画。
思わず訊いた。
「コレクション・・・? お祖父さんの」
「いいえ」
七海は笑った。
その笑顔からこぼれる声もコロコロと可愛い。
「私のお祖父さん、洋画家なの。クラハラジュンイチって、知らない?」
「・・・知らない」
初めて聞く名前だが、その方面では有名なのだろう。
また七海は笑った。
「かもしれないですね。で、お祖父さんはイオンのカルチャーセンターとか、夏の間は高校の美術部とかの指導で午後は家を空けてるの。半分ボランティアみたいなものですけど」
「へぇ・・・」
「とりあえず、上がってください」
促されるままに靴を脱ぎ、きれいに揃えてあったスリッパに足を入れる。
案内されたのは、広いリビングだった。
外向きの壁が一面の窓になっていて、芝生の向こうに青い海と白い雲が見えた。
外に対して横向きに置かれたソファはよくあるフカフカのものでなく固かったが、テーブルに向かって勉強するにはちょうど良い座り心地。
「デンマーク製よ。肘掛けを倒せばベッドにもなるの」
ベッドという単語に反応しついつい七海絡みのエッチなことを考えてしまい、邪念を払うように咳払いをして早速宿題を広げる。
彼女は「飲み物持ってきます」とキッチンに行ってしまい、優太は再びエッチな想念が心のうちに湧いてきてソファのクッションカバーを撫でてみたりする。
そこへ七海がお盆に飲み物の入ったグラスを載せて戻ってきたので、慌てて姿勢を正す。
飲み物は、カルピスオレンジだった。
「あれ? ちょっと味が違うような・・・美味しい」
「少しだけブランデーを混ぜてあるの。・・・だいじょうぶ、ただの香り付けに酔ったりしない程度」
言いながら七海もグラスに少し口をつけ、自分のノートを広げた。
その手もともきれいで思わず見とれてしまい、ハッとして目をそらす優太。
彼女はなにか英語の作文をしているようで、英和辞典だけでなく和英辞典もめくりながら、レポート用紙に書き出している。
時おり顎に手を当ててなにか考え事をするが、その横顔も美しくてチラチラと見てしまう。
七海は優太に見られていることにも気付かないように、集中している。
・・・が、何度目かに彼女は優太の方へ顔を向け、目が合った。
「どうしましたか?」
「いや、別に・・・」
頭が熱くなるのを感じながら、宿題の問題集に向き合う。
七海は可笑しそうに柔らかく笑い、言った。
「もし勉強に飽きたら、テレビでも観ましょうか。Netflixにアマプラ・・・もちろん普通のテレビ番組も観れますよ」
「いや、全然飽きてないです・・・でも問題が難しくて分からなくて」
「え、どれですか? 見せてもらってもいいですか?」
午前中から解けずにいる問題。
七海は問題集を自分の手元に引き寄せて覗き込むが、ポニーテールに結ったうなじから首筋にかけての肌が色っぽい。
ますます頭が熱くなったので気を散らすように一緒に問題集を覗き込むが、顔が近付くかたちとなってしまい変な汗までかきだした。
そんな優太に気付いているのかいないのか、七海は少し考えてから彼に解法を教えながら問題を解きはじめた。
教わりながら、それでも横目でチラチラ彼女の横顔や首筋を見てしまう。
「・・・で、ここにこれを代入したら・・・やってみて」
「・・・ええと、ここにこれを入れるの?」
「そうそう」
自分の口から出た「入れる」という単語に、脳の数学部分とは別の領域が反応してしまう。
(・・・ああ、どうすればいいんだ、自分!)
思わず独りごとが口から漏れてしまった。
「落ち着け・・・落ち着け・・・」
「そうそう、落ち着いて解けば、なんてことない問題ですよ、これは」
「いやそうじゃなくて・・・」
「・・・?」
七海はにっこり微笑んだ。
半ば破れかぶれな気分になりながらも、ようやくその問題は解けた。
「よかったですね、解けて」
「ありがとう・・・でも七海さん、詳しいですね。ひょっとして、理系?」
「いいえ、私は文系クラス。でも数学も好きなんです」
「そうなんですね・・・僕って数学苦手なのに理系だから」
「へぇ・・・不思議ですね」
七海は手に口を当ててクスクス笑った。
優太はとにかく頭を冷やそうと、ブランデー入りのカルピスオレンジを飲み干し、溶けて丸くなった氷をガリガリと噛む。
それからふたりはそれぞれの宿題に戻ったが、優太は何度か七海に教えを請うた。
もちろん彼女と物理的にも心理的にも近付きたいという下心からだったが、嫌な顔をせずに、むしろ喜んで教えてくれた。
その度ごとに、優太は悶々としたものが心のなかから噴き上がってくるのを抑えるのに必死。
このままでは自分がおかしくなってしまいそうで、そこで出したひとつの結論。
(いっそのこと、告白してしまおう・・・溜まった思いを吐き出して楽になろう)
しかし清楚なお嬢様の七海は恋愛とかに疎いかもしれない、そんな彼女を驚かせてしまいそうでそれが怖くもあったが。
そしてテレビの出番もなく迎えた、夕方5時。
あっという間な気分だったが、そろそろ帰らなければならなかった。
優太はそれまでの16年、告白なんてしたことがなかった。
それまで好きな子はいたけれど、振られるのが怖くて・・・振られたら自分自身が全否定されそうで、告白してこなかった。
けれども七海に対しては『好き』の度合いが何桁も違っていたし、振られる振られないを考える以前のところまで追い詰められていた。
いやむしろ彼女に止めを刺してもらった方が楽になるのではないかとも考えた。
そしてそれまでの人生最大の勇気を振り絞って、玄関での別れ際に彼女に告げた。
「七海さん、好きです・・・付き合ってください」
・・・それで彼女から出てきた答えが、その言葉。
「はい・・・私、処女じゃないけど、それでも良ければ」
優太は激しく混乱しながら、七海と両手を・・・指と指を絡ませながら合わせた。
ふと見ると、彼女は目を閉じ、唇を差し出すように顎を少し上げていた。
(これは・・・)
彼はそれの意味するところは分かったが、なにぶん初めてのことで具体的にどうアクションすれば良いかとまでは分からない。
彼女はうっすらと目を開けて微笑んで、彼を促した。
「キスしてもらっても、いいですか」
再び目を閉じた七海の唇に、自分の唇を重ね合わせた。
柔らかい感触だけが印象的で、自分がどんな気分でいるか、そんなことを意識する余裕すらなかった。
唇を離した優太に、七海は目を開けてまた微笑んでみせた。
そして、彼の右手を取って、彼女自身の左胸にそっと当てた。
(・・・!)
「・・・私の胸の鼓動、分かりますか?」
完全にのぼせてしまい、頭もクラクラしてきた優太。
そのくせ右手のひらは彼女の質量感のある胸の膨らみを包み込み、ほとんど本能的に円く撫でさすった。
全身を軽く震わせ、目を閉じる七海。
本当にどうしたら良いのか分からなくなってしまい、優太は彼女から離れた。
七海から見たら彼は狼狽しているように見えたかもしれない。
そんな彼に優しく微笑みながら、七海は訊いた。
「明日も、来てくれますか」
「・・・はい」
「では、今日はお別れですね」
「はい・・・」
靴を履き、玄関を出る優太に、七海はまた微笑んで軽く手を振った。
まだ6時半だというのに早くもセミが鳴き始めていたが、山の樹々や棚田を渡って来る風はまだ冷気を残し、道端の雑草にも棚田の稲の葉にも丸い朝露が光っている。
グランドゴルフ場も兼ねた集会所の広場には、優太と七海を除くと集落の唯一の未成年者である4人きょうだいの他に数名の高齢者だけ。
優太はラジオを持ってきた地区会長らしい男性から珍しそうに声をかけられた。
「あんたは横山さんのところのお孫さんね」
「・・・はい」
「夏休み?」
「はい・・・」
横から年配の女性が割って入ってきた。
「蔵原さんのところにもお孫さんがいたけど・・・はて、今朝は来ないね」
きっと七海のことだろう。
今朝に限ってこないということはあるのだろうか・・・?
七海が来ないまま時間となり、ラジオ体操が始まった。
不安に思いながらの体操は身が入らず、幽霊のダンスのようになってしまったかもしれない。
しかし体操第一が終わりふと振り向くと、やはり七海は来ていた。
前日の服装は他所行きだったのだろう、今朝はピンクのTシャツ、ベージュのハーフパンツにスニーカーの彼女。
「おはようございます」
彼女は笑いながら首を傾げ、軽く手を振ってみせた。
・・・昨日T字路のところで別れる時もそうだったけど、この仕草が可愛いんだよ!
わざと優太は七海の傍に移動した。
七海もまた微笑を彼に向けて見せた。
その後は張り切って体操し、少し汗ばむほどになった優太。
一方で七海はきれいなダンスのように体を動かす。
ふと、明け方の夢で見た彼女の裸が思い出され、股間に血液が集まりはじめるのを感じて邪念を飛ばすため余計に体操に集中した。
それを見て七海は軽く笑った。
「なんだか、カンフーみたいですね」
「え、そう?」
優太は調子に乗ってわざとカンフーを意識。
4人きょうだいの末っ子の男の子がそれを見て爆笑しつつ優太を指さし、一番上の姉が「失礼でしょ、やめなさい」とその頭をはたく。
体操の帰り、T字路でLINEの交換をし、そして午後の再会を約束して別れた。
彼女はまた笑いながら、軽く手を振った。
祖母の家に戻ったあとは、早く昼が来ないかなぁと気もそぞろ。
朝食後のWeb講座の受講も、内容がなかなか頭に入らない。
その後の宿題も、数学の難しい問題にぶち当たってしまったこともあって広げっぱなしで手つかず。
どうせ七海からは「一緒に夏休みの宿題でもしましょうよ」と言われていたから、今やらないでもいいかの気分。
昼食のあと13時になるまでが異様に長く感じられ、イナカだから時間の流れがゆっくりになっているんじゃなかろうかと本気で疑ったり。
それでもようやく迎えた12時55分過ぎ・・・彼は家を出た。
祖母は訊いた。
「どこへ行くの? また図書館?」
「いいや、図書館でなくても居場所を見つけたんだ」
「・・・? いってらっしゃい・・・ご飯までには帰ってきてね」
T字路から先、道なりに・・・しかしそちらは集落から外れた方になる。
道の両側には昔は棚田が広がっていたのだろうが、とうの昔に放棄されて荒れ果てて森や林に還ろうとしているところもあった。
道の両側から背丈よりも高い雑草や灌木が迫り、離れた林から蝉の声がせわしく聞こえてくる。
草いきれの中からはギーチョ、ギーチョとなにかの虫の声がして、本当にこの先にあの子が祖父と住んでいるという家があるのだろうかと不安になった。
(自分はなにかモノノケの類にたぶらかされようとしているのではないか・・・?)
しかしそういえばラジオ体操の会場で近所の婆ちゃんが「蔵原さんのところにもお孫さん・・・」とか言ってたな・・・ということは少なくとも蔵原という名前を持った人間ではあるはずだ。
道沿いに並ぶ電柱だけが、その先に民家かなにか人間の営みがあることを証明していた。
そして大きく右に曲がった先に、突然白い建物が現れた。
いや、白いというのは真昼の太陽の光を浴びてその反射が眩しかっただけで、実際にはコンクリート打ち放しの建物だった。
文明からも見放されたような道の果てに現れた近代建築。
窓は大きく、庭の芝生も青々としていて、知らない人に「海の見えるおしゃれなカフェ」と言えば信じてもらえそうな建物。
本当に七海の祖父の家なんだろうかと思ったが、しかし七海らしいと言えば七海らしい家だとも思った。
そこだけ黒御影石の広い玄関ポーチに立って3度深呼吸してからインターホンを押そうとすると、先に中から錠が外れる音がして、七海がドアを開けて顔を見せた。
「いらっしゃい」
部屋着だろうか、朝とはまた違った黒と紺のチェック模様の前開きワンピース。
炎天下から来たためか、ドアの向こうは暗く見え、彼女もそんな格好だから色白の笑顔が余計に眩しく見える。
「遠慮しないで、入ってください」
言われるままに広い玄関に入ると、正面には巨大な洋画。
右を向けば靴箱の上にも中くらいの洋画。
思わず訊いた。
「コレクション・・・? お祖父さんの」
「いいえ」
七海は笑った。
その笑顔からこぼれる声もコロコロと可愛い。
「私のお祖父さん、洋画家なの。クラハラジュンイチって、知らない?」
「・・・知らない」
初めて聞く名前だが、その方面では有名なのだろう。
また七海は笑った。
「かもしれないですね。で、お祖父さんはイオンのカルチャーセンターとか、夏の間は高校の美術部とかの指導で午後は家を空けてるの。半分ボランティアみたいなものですけど」
「へぇ・・・」
「とりあえず、上がってください」
促されるままに靴を脱ぎ、きれいに揃えてあったスリッパに足を入れる。
案内されたのは、広いリビングだった。
外向きの壁が一面の窓になっていて、芝生の向こうに青い海と白い雲が見えた。
外に対して横向きに置かれたソファはよくあるフカフカのものでなく固かったが、テーブルに向かって勉強するにはちょうど良い座り心地。
「デンマーク製よ。肘掛けを倒せばベッドにもなるの」
ベッドという単語に反応しついつい七海絡みのエッチなことを考えてしまい、邪念を払うように咳払いをして早速宿題を広げる。
彼女は「飲み物持ってきます」とキッチンに行ってしまい、優太は再びエッチな想念が心のうちに湧いてきてソファのクッションカバーを撫でてみたりする。
そこへ七海がお盆に飲み物の入ったグラスを載せて戻ってきたので、慌てて姿勢を正す。
飲み物は、カルピスオレンジだった。
「あれ? ちょっと味が違うような・・・美味しい」
「少しだけブランデーを混ぜてあるの。・・・だいじょうぶ、ただの香り付けに酔ったりしない程度」
言いながら七海もグラスに少し口をつけ、自分のノートを広げた。
その手もともきれいで思わず見とれてしまい、ハッとして目をそらす優太。
彼女はなにか英語の作文をしているようで、英和辞典だけでなく和英辞典もめくりながら、レポート用紙に書き出している。
時おり顎に手を当ててなにか考え事をするが、その横顔も美しくてチラチラと見てしまう。
七海は優太に見られていることにも気付かないように、集中している。
・・・が、何度目かに彼女は優太の方へ顔を向け、目が合った。
「どうしましたか?」
「いや、別に・・・」
頭が熱くなるのを感じながら、宿題の問題集に向き合う。
七海は可笑しそうに柔らかく笑い、言った。
「もし勉強に飽きたら、テレビでも観ましょうか。Netflixにアマプラ・・・もちろん普通のテレビ番組も観れますよ」
「いや、全然飽きてないです・・・でも問題が難しくて分からなくて」
「え、どれですか? 見せてもらってもいいですか?」
午前中から解けずにいる問題。
七海は問題集を自分の手元に引き寄せて覗き込むが、ポニーテールに結ったうなじから首筋にかけての肌が色っぽい。
ますます頭が熱くなったので気を散らすように一緒に問題集を覗き込むが、顔が近付くかたちとなってしまい変な汗までかきだした。
そんな優太に気付いているのかいないのか、七海は少し考えてから彼に解法を教えながら問題を解きはじめた。
教わりながら、それでも横目でチラチラ彼女の横顔や首筋を見てしまう。
「・・・で、ここにこれを代入したら・・・やってみて」
「・・・ええと、ここにこれを入れるの?」
「そうそう」
自分の口から出た「入れる」という単語に、脳の数学部分とは別の領域が反応してしまう。
(・・・ああ、どうすればいいんだ、自分!)
思わず独りごとが口から漏れてしまった。
「落ち着け・・・落ち着け・・・」
「そうそう、落ち着いて解けば、なんてことない問題ですよ、これは」
「いやそうじゃなくて・・・」
「・・・?」
七海はにっこり微笑んだ。
半ば破れかぶれな気分になりながらも、ようやくその問題は解けた。
「よかったですね、解けて」
「ありがとう・・・でも七海さん、詳しいですね。ひょっとして、理系?」
「いいえ、私は文系クラス。でも数学も好きなんです」
「そうなんですね・・・僕って数学苦手なのに理系だから」
「へぇ・・・不思議ですね」
七海は手に口を当ててクスクス笑った。
優太はとにかく頭を冷やそうと、ブランデー入りのカルピスオレンジを飲み干し、溶けて丸くなった氷をガリガリと噛む。
それからふたりはそれぞれの宿題に戻ったが、優太は何度か七海に教えを請うた。
もちろん彼女と物理的にも心理的にも近付きたいという下心からだったが、嫌な顔をせずに、むしろ喜んで教えてくれた。
その度ごとに、優太は悶々としたものが心のなかから噴き上がってくるのを抑えるのに必死。
このままでは自分がおかしくなってしまいそうで、そこで出したひとつの結論。
(いっそのこと、告白してしまおう・・・溜まった思いを吐き出して楽になろう)
しかし清楚なお嬢様の七海は恋愛とかに疎いかもしれない、そんな彼女を驚かせてしまいそうでそれが怖くもあったが。
そしてテレビの出番もなく迎えた、夕方5時。
あっという間な気分だったが、そろそろ帰らなければならなかった。
優太はそれまでの16年、告白なんてしたことがなかった。
それまで好きな子はいたけれど、振られるのが怖くて・・・振られたら自分自身が全否定されそうで、告白してこなかった。
けれども七海に対しては『好き』の度合いが何桁も違っていたし、振られる振られないを考える以前のところまで追い詰められていた。
いやむしろ彼女に止めを刺してもらった方が楽になるのではないかとも考えた。
そしてそれまでの人生最大の勇気を振り絞って、玄関での別れ際に彼女に告げた。
「七海さん、好きです・・・付き合ってください」
・・・それで彼女から出てきた答えが、その言葉。
「はい・・・私、処女じゃないけど、それでも良ければ」
優太は激しく混乱しながら、七海と両手を・・・指と指を絡ませながら合わせた。
ふと見ると、彼女は目を閉じ、唇を差し出すように顎を少し上げていた。
(これは・・・)
彼はそれの意味するところは分かったが、なにぶん初めてのことで具体的にどうアクションすれば良いかとまでは分からない。
彼女はうっすらと目を開けて微笑んで、彼を促した。
「キスしてもらっても、いいですか」
再び目を閉じた七海の唇に、自分の唇を重ね合わせた。
柔らかい感触だけが印象的で、自分がどんな気分でいるか、そんなことを意識する余裕すらなかった。
唇を離した優太に、七海は目を開けてまた微笑んでみせた。
そして、彼の右手を取って、彼女自身の左胸にそっと当てた。
(・・・!)
「・・・私の胸の鼓動、分かりますか?」
完全にのぼせてしまい、頭もクラクラしてきた優太。
そのくせ右手のひらは彼女の質量感のある胸の膨らみを包み込み、ほとんど本能的に円く撫でさすった。
全身を軽く震わせ、目を閉じる七海。
本当にどうしたら良いのか分からなくなってしまい、優太は彼女から離れた。
七海から見たら彼は狼狽しているように見えたかもしれない。
そんな彼に優しく微笑みながら、七海は訊いた。
「明日も、来てくれますか」
「・・・はい」
「では、今日はお別れですね」
「はい・・・」
靴を履き、玄関を出る優太に、七海はまた微笑んで軽く手を振った。
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