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(24)鮎美とカヨ・・・もう一度鮎美目線で

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鮎美が自転車に乗って待ち合わせ場所の駅に着いた時には、立野からのレールバスは高森へ向けて出発しようとしていた。
無人駅の待合室の前にぽつんと佇むカヨは、鮎美を見つけると手を上げて知らせた。

「ごめん」

カヨは言った。

「どうしたと? 学校も休んどったのに」

鮎美が訊くと、カヨは下を向いた。

「話があるんなら、うちに来ん? 新しい家を見せてあげるよ」

けれどもカヨは顔を上げずに黙っていた。
憔悴しきった顔、そして目にはうっすらと涙が浮かんでいた。

仕方なく、待合室で話をする事にした。
次の立野行きまで30分あまり時間があり、待合室には他に誰もいなかった。

夕暮れが近く微風があり、寒々とした待合室で鮎美はカヨと隣り合って座った。
カヨは、涙を堪えながら鼻声で言った。

妊娠している、と。

病院でそのように診察を受けたと言うと、両手で顔を覆った。

「相手は・・・前に話してた彼氏?」

鮎美は軽いショックを隠しながら訊いた。
カヨが、紘孝の通う高校の生徒と付き合っているという事は前にも聞いていた。

「・・・うん」
「で、どうするの?」
「彼は、堕ろせって」
「カヨは?」
「私も、それしかないと思う。けど・・・けど、怖い。手術なんて、したくない。中絶なんて、怖い。・・・赤ちゃんを、殺したくない・・・」

鮎美は、丸まったカヨの背中を撫でながら話を聞いてやるしかなかった。
その話は、受け止める鮎美にとって重い話であったが、投げかけるカヨにとっては、もっと重く、辛く、悲しい話だろう。

カヨは、ポツリ、ポツリと話していった。

彼氏と付き合い出した頃は、嬉しかったし、毎日が楽しかった。
甘えられる相手がいるというだけで、心が溶けていくような安心感があった。

初めてホテルに行った時も、とうとう大人になれたんだという半ば誇らしい気持ちと、彼氏と肌と肌を触れ合わせる事の歓びに身を任せていた。
けれどもそれから後は、会う度に彼氏はカヨの体を求めてきた。

彼女にとって気が進まない時も、強引に迫られて、押し切られた。
カヨは避妊してくれと頼んだ。

けれど答えは、いつも「俺、ナマがいい」だけだった。
それでもと頼み込むと、「そんな事を言うのは俺を愛していないからなのか、なら別れようか」と脅された。

けれども、彼女を求める時以外の彼はやはり優しく、やはり捨てられたくない、と追いすがる気持ちがはたらいて、結局言いなりになってしまった。

その彼氏は妊娠の事実を知らされると、それまでの優しい態度を翻し、彼女を慰めようとも労ろうともせずに、むしろ避妊をしなかった自分の事は棚に上げて、妊娠してしまった彼女を責め、あとは手術のおカネの事ばかり口にするばかりだった。

傷付いたカヨは、いざとなったら彼女を助けてくれると微かに思っていた彼氏の本当の姿を見るような気がして、さらに心の傷を深く抉られるような苦しみを味わった、と。

おそらくカヨは、重いものをひとりで背負って、しかし堪えきれなくなって、友達の鮎美のところに来たのだろう。
鮎美は、ただただ親身になってカヨの話を聞いていた。

聞きながら、ふと、彼女自身の身体の変調についての疑いの気持ちが浮かんできた。
大丈夫、きっと大丈夫と思いながら、自分を騙し、騙しつづけてきた、問題が。

鮎美は、カヨの話が終わってしばらくの沈黙の後、その事を口にした。

カヨは、顔を上げた。
血相を変えて、険しい目で鮎美を見た。

「あゆ、あんた、それ・・・あゆも妊娠したんじゃないの?」
「でも・・・気分が悪くなったりとか、すっぱいものが食べたくなったりとか、全然ないから」
「悪いこと言わない。早く病院に行って診てもらった方がいい。私がついてってあげるから」

待合室はいつの間にか暗くなり、蛍光灯の冷たい明かりが二人を照らしていた。
窓の外には、晩秋の透徹した夕空を背景に外輪山のシルエットが浮かんでいた。

遠くから、立野行きのレールバスの警笛が聞こえてきた。
カヨは、決心しなさい、と言うようにぐっと鮎美の手を握り締めた。
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