上 下
21 / 28

(21)屋敷の跡

しおりを挟む
鮎美が阿蘇に移ってしまってから1週間が経とうとしていた。
中間試験が終わった翌日、紘孝は彼女が住んでいた家の跡に行った。

鮎美の家を取り囲むように建っていたミニ住宅の半分くらいは、すでに空家になっていた。
土地と建物を買い取った不動産屋が、近所にそれまでとほぼ同じ条件で転居先の住宅を用意したため、移転はスムーズに行なわれているという事だった。

敷地の真ん中にあったボロボロの鮎美の家は、早くも取り壊しの作業に取りかかっていた。

屋根に作業員が上り、屋根瓦を軒下に落とし、土埃が舞っていた。
窓や戸、襖や障子もすべて外され、外から中が見通せた。

あの夏の暑い中、扇風機の風が淀んだ空気をかき混ぜる前で汗みどろになりながら、鮎美と結ばれたあの部屋も。
あの時の記憶が生々しく浮かんでくるなか、紘孝はまた別の新しい記憶を手繰り寄せていた。

兄が土地も建物も全てを売ってしまって、みんな追い出されてしまう・・・と鮎美は紘孝に打ち明けながら泣いたのは、10月に入り秋の気配が日増しに濃くなっていきつつある日曜の午後のことだった。
 
その時、初めて紘孝は鮎美の置かれている境遇を教えられた。
彼女が自ら言わなかったとはいえ、鮎美が抱えている重いものや彼女を取り巻いている環境について知らなかった・・・いや、知ろうとしなかった自分を、紘孝は恥じた。

けれども紘孝にとっては、どうしようもできない問題だった。
ただ、肩を抱いて髪を撫で、慰め、悲しみを共有するくらいしかできなかった。

そして鮎美は、夏休みの間に紘孝と泊まったペンション風民宿のオーナーのもとに身を寄せた。
聞けば、オーナーの鈴木さんは鮎美の両親がかつて世話した事のある人で、両親が亡くなった後の彼女の事を気にかけてくれているという事だった。

鮎美は平日は阿蘇からはるばる1時間半もかけて、熊本市内の学校に通う事になった。
そして休日は農園や民宿の手伝いがあるから出て来られなくなると紘孝は告げられた。

彼女は、涙を拭いながら言った。

「学校が終わった後のちょっとした時間でもいいから、会いたい。・・・でも、もし来れたら阿蘇に来て」
「うん。僕も鮎美と一緒にいたい。このまま阿蘇について行ってもいい」

紘孝も、泣かないふりをして言った。
よく晴れた午後のことだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

全体的にどうしようもない高校生日記

天平 楓
青春
ある年の春、高校生になった僕、金沢籘華(かなざわとうか)は念願の玉津高校に入学することができた。そこで出会ったのは中学時代からの友人北見奏輝と喜多方楓の二人。喜多方のどうしようもない性格に奔放されつつも、北見の秘められた性格、そして自身では気づくことのなかった能力に気づいていき…。  ブラックジョーク要素が含まれていますが、決して特定の民族並びに集団を侮蔑、攻撃、または礼賛する意図はありません。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

秘密基地には妖精がいる。

塵芥ゴミ
青春
これは僕が体験したとある夏休みの話。

真夏の温泉物語

矢木羽研
青春
山奥の温泉にのんびり浸かっていた俺の前に現れた謎の少女は何者……?ちょっとエッチ(R15)で切ない、真夏の白昼夢。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

処理中です...