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(15)少女時代への別れ・・・鮎美の視点で

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暑い、うだるような昼下がりだった。
蝉も声を潜めて休む、午後だった。

鮎美はひとり、部屋でぼんやりとしていた。
部屋の隅には、作りかけのジグソーパズルが埃をかぶっていた。

紘孝と出会う前に買い、出会った頃にはどんどんピースがはめ込まれていったパズルだが、彼と付き合いだしてからはペースが落ちてきた。
パズルよりも、彼と一緒にいるほうが比べものにならないくらい楽しかったからだ。

利一が姿を消してからは、全く進んでいなかった。

家族を失った孤独、一年先どころか1か月先さえ見とおせない不安。
彼女の心は紘孝にすがるように近付き、彼が彼女の心を支配し、そんななか、パズルは放っておかれてしまっていた。

阿蘇への一泊の旅行から帰って10日あまりが過ぎようとしていた。
あの日、鮎美は紘孝が望むなら彼女の全てを彼に委ねるつもりでいた。

街角でボランティアの大学生たちが配っていたコンドーム。
彼女はそれを受け取った時には自分に関係のないものとしてタンスの引出しにしまいこんでいたのだが、それをバッグの底に忍ばせて旅行に出かけた。

夜、鮎美はなんだか怖いという気持ちも相当にあったが、それでも紘孝がいつ来てもいいように心の準備をしていた。

結局、彼は鮎美の全てを求めてこなかった。
その代わり、愛おしむように、慈しむように抱きしめてくれた。

そして、彼女の身体を優しく愛撫してくれた。
寝間着の合わせ目から入った彼の温かい手が、彼女の胸や下腹のあたりを遠慮がちに撫でさすった時、なぜだか涙があふれてきた。

鮎美は、紘孝の優しい心を感じていた。
彼の温かさのために、それまで彼女が背負ってきた苦しみや悲しみや悩みが溶けて、涙となって目からこぼれたのかもしれなかった。

鮎美は、その涙を気付かれないようにしながら紘孝の手を受け容れ、また彼の身体におそるおそる手を伸ばした。
ふと触れた、彼の股間にあるものが固く大きくなっているのには息が止まるほど驚いたが。

そして結局その夜は、紘孝と肩を寄せ合うようにして、安らかな眠りに落ちた。

旅行から帰ってからも、紘孝とは毎日のように会っていた。

いろんな話をした。
映画も観た。
図書館近くの江津湖でボート遊びもした。
そして、人目を避けて身を寄せ合った。

鮎美は、幸せだった。

けれども、その幸せがいつまで続くかという不安があった。
紘孝の心が離れていってしまうのではないかという思いが離れなかった。

彼は、彼女の境遇を知らない。
彼女が自ら話さず、話すことを避けているからだが、もしそれを知ったなら紘孝はどんな態度に出るか・・・それを考えると怖かった。

そして、もうひとつ彼女が怖れるものがあった。
それは、純粋なきらめきに満ちた少女という時代が、いよいよ終わろうとしている事へのおののきだった。

紘孝と初めてキスをしたあの夜はまだ漠然とした畏れだったが、阿蘇から帰ってからは、明らかにはっきりとしてきた。

小学生の頃は、祖父母がいて、両親がいて、優しい兄がいて、家は裕福で、贅沢なものが毎日食べられて、洋服でも玩具でも欲しいものはなんでも買ってもらえて、お小遣いもたくさんあって、透明な匂い消しゴムでも、ハローキティのノートでも、アイドルグループのグッズでも、甘いお菓子でも、なんでも、好きなものを好きなように買えた。

他の子がうらやむような物も持っていた鮎美は、クラスでも人気者だった。
学校に持ってきてはいけない物を持ってきていると鮎美を指弾した学級委員の子のことも、今となっては懐かしかった。

目的地は阿蘇よりも近いところだけれども、バスでみんなで行く遠足は楽しかった。
男子は男性ではなくて男の子で、女子は女性ではなくて女の子だった。

鮎美はそんな小学生の頃の甘美な思い出に浸ることで、心を支えてきた。
けれども、心の拠り所は紘孝へと移っていきつつあった。

幸せな思い出から抜け出して、ひとりの女性になろうとしていた。
それが怖かった。

ひとり、不安を心に閉じこめたまま、作りかけのジグソーパズルを眺めていた。

その時、雷が鳴った。
いつの間にか部屋の中は暗くなっていた。

ぼんやりとしていた鮎美は、ハッと我に返り、洗濯物を取り込みに庭に出た。

ひんやりと涼しい風が吹き始めていた。
空には、黒い雲がのしかかっていた。

洗濯物をかごに放りこみながら、盆提灯を今日中に出さなきゃなと思った。
祖父母と両親を迎えなければならない。

利一は、一向に連絡を遣さなかった。
生きているのかどうかさえ分からなかった。
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