冬の夕暮れに君のもとへ

まみはらまさゆき

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(13)水めぐり

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紘孝は鮎美と列車に乗っていた。
豊肥本線のディーゼルカーは阿蘇の外輪山に一箇所だけ開いた切れ目の谷に向かって、急坂を喘ぎながら登っていた。

谷の底には、川が流れるのが見えた。
晴れあがった空には夏雲が湧き、線路に沿うように伸びる道路には阿蘇やくじゅうへ向かう車が数珠つなぎになって渋滞していた。

列車の中も、座席に座れず立ったままの乗客が多かった。

梅雨は明け、真夏となっていた。
夏休みのその日、紘孝は鮎美に誘われて阿蘇に行った。

ちょうど彼の両親は北海道に旅行に出ていて、その意味でも都合が良かった。

夜は、鮎美の知り合いが経営するというペンションに泊まる事になっていた。
同じ部屋に泊まるという事を鮎美から聞かされたとき、それはそれだけ彼が信頼されているのか、あるいは暗に新たな関係に進もうというサインを示されているのか、正直言って悩んだ。

旅行を始めてからもその事が頭に浮かぶたびに、あれこれ想像してしまい、胸が異常に高く鳴った。

散々悩んだ末に、どうなろうと成り行きにまかせる事にして、夕方そこに着くまではそのことは考えずに楽しい旅行に集中しようと思っていた。
けれど、やはり、どうしても夜の事を考えてしまうのだった。

梅雨の終わりの夜、自分でも思いがけない衝動に駆られて鮎美と唇を合わせて以来、進展らしい進展はなかった。
せいぜい、肩や腰に手を回すか、人目につかないところで頬を寄せたり、彼女の胸の膨らみにそっと掌を添えるくらいだった。

彼は自分でも、臆病だなと思った。
けれどそんな時、彼以上に臆病になっている鮎美の心理が伝わってきて、彼女を大切にしたいと思う気持ちが何よりも先立ってしまい、それ以上の事はできなかった。

・・・
 
列車は坂を登りきり、立野の駅に到着した。
立野は阿蘇五岳を挟んで北側に広がる阿蘇谷と南側に広がる南郷谷が合わさってひとつになるところである。

乗ってきた列車は立野からさらにスイッチバックで高度を稼いで阿蘇谷へ向かうが、紘孝たちの目的地は南側の南郷谷である。
立野駅からは小型のレールバスに乗り換えた。

レールバスは深い谷を渡った。
長いトンネルをくぐると、南郷谷の雄大な光景が車窓に広がった。

谷とはいうが、阿蘇谷も南郷谷も外輪山と火口丘の間の浅い谷であり、田畑や雑木林の広がる平原の向こうに見える外輪山は山脈のようであり、火口丘はどっしりと構える独立峰のようでもある。

南郷谷は清冽な地下水が至るところで湧き出す事でも知られている。
レールバスを乗ったり降りたりしながら、名水巡りをした。

湧水の中には、集落の片隅の木陰に井戸を大きくしたような趣で静かに湧き出すものもあった。
その小さな池の淵には石組みと石段があり、近所の人の日常生活に溶け込んでいるようだった。

そうかと思えば白川水源のように、広葉樹の林の中に澄みきった水をたたえる広い池もあった。
青い水の底の白い砂には光の綾が踊り、ところどころ湧水により砂が吹き上がっているのが池の淵からも見えた。

観光客がひっきりなしに訪れ、国道から水源に向かう遊歩道沿いには茶店や食堂もあった。
紘孝と鮎美は、その中の一軒で昼食をとった。

南郷谷の湧水はどこに行っても緑の木陰と蝉の声がしていたが、最後に回った高森のトンネル公園は様子が違った。
そこはもともと外輪山を貫くトンネルとして作られたものの、地下水脈を破ってしまい、絶える事なく噴き出る地下水により工事が中断され、打ち捨てられたところを親水公園として整備したものだった。

午後の日に焼かれた外からコンクリートで固められたトンネルに入ると、首筋や腕を抜ける冷気に思わず心までひやりとした。
トンネルは中央に水路が走り、奥で今なお湧き出す水を流していた。

色とりどりの七夕飾りが天井から吊り下げられ、ライトアップされているのは、幻想的でさえあった。
水をめぐり、夕方前に二人はペンションに着いた。
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